第5話 久しぶりのワープ

 old homeでは、もうあまり不思議な事が起きても、以前よりは驚かなくなり、new houseでは、父の事やold homeとの違いを深く考えないようにしていれば大丈夫な訳で、最初の頃は1日に何度も行き来していた事もあったのが、今では数日間どちらかの世界に留まっている事もある。


 片方の世界にいる時、わたしはもう片方の世界では眠っている事になっている。


 眠ってしまうと、new houseでは重病人扱いされ、わたしが目覚めるまで、つまりold homeから戻ってくるまでは、お手伝いさん達が24時間交代で、わたしのベッドの横で常に見守っているようだ。


 わたしがそのまま死んでしまうのではないかと心配する母が、そうさせている訳だが、目覚めた時に一度も、横に母がいたという記憶はない。


 new houseに数日間いるという事は、old homeでは数日間眠っているという事なのだ。old homeでは、わたしが何日眠っていようが、誰も心配などしてはいない。


 new houseの世界では、子供の頃から、何処へ行くにも運転手付きの車での移動だ。ひとりで行動する事など許されない。


 そして、そんな事をしようとしたり、調べたりしていると、また意識をなくしold homeへと行ってしまうのだ。


 ほら、などとまたnew houseで、そんな事を考えていたので、たった今、old homeへ来てしまった。


 重い重い、真綿の掛け布団を掛けられて眠っていたわたしは、ゆっくりと起き上がる。部屋の掛け時計を見るが当然のように電池が切れ動いてはいない。new houseで考え事をしていた時、お昼を食べた後だったので、昼の1時過ぎくらいだろう。今日もold homeで働いている仕事は休みではないし、数日間休んでいるという事になる。


 だけどわたしは慌てない。いや、最初の頃は、慌てて起き上がり、身支度をして職場へと向かっていた。午後から出勤しても、親が連絡する筈もないし、大遅刻の無断欠勤で、クビ、そうなるのは覚悟の上だった。


 しかし何故か、最初の頃からどんなに遅刻しても誰も何も言わないのだ。


 社会人になってから、職場は何度か変わった。その理由は、クビという事ではなく、世間一般の人と同じような理由での転職である。


 今は、小さなうどん屋さんだけれど、お昼時には行列が出来る人気の、店長が本場で修行した讃岐うどんの店で、正社員として働かせてもらっている。


 数日間の無断欠勤、大遅刻。大慌てで出勤し「申し訳ありません」と詫びを入れるも、不思議な事に、どの職場でも上司も社員も、何のこと?という顔をする。心の中でもそう思っているのは、そののあるわたしには分かる。


 わたしはnew houseにいる間は、old homeで眠っている筈なのだ。寝ている場所は家なのだけど、職場で倒れる事もしばしばあるのである。


 職場で倒れ、その後どのようにして家まで戻っているのかも分からない。そして目覚めて職場へ行くと、まるでわたしが倒れた事などなかったかのような空間がそこにある。最初は戸惑い、即仕事に戻る事が難しかったが、今ではもう慣れてしまった。


 old homeの世界は、同じ夢の続きなのだろうか。


 だけど、子供の頃はとても嫌だったold homeの世界も、働くようになってからは、new houseにいるよりは、生きている実感が強く、好きになってきた。


 給料は、その殆どを家に入れなければならないが、new houseでは母親が一日中、わたしに依存していて、自分のやりたい事も出来ない生活に比べれば、自由という名の幸せがold homeにはあるのだ。


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