王子の側近になりまして。

水無瀬

01:過去の無い女と未来ある少年

第1話

さすがに、この季節にもなると夜は冷え込む。金で何でも請け負う何でも屋をしている私は野良(のら)と呼ばれ、つい先程隣国で請け負った暗殺の仕事を終えて報酬も頂き、いい加減疲れたので一休みしよう、そう思ってアルシス王国の西のハルハンテの森で野宿を決め込んだ所だった。


野良になって、仕事には綺麗も汚いも無くて、そこには金と力が存在している事を知って、私はただひたすらに、自分の腕で生き延びてきた。


あの日、全てを失ったあの日。この両手と両足と、満足に発達していない脳ミソを使って、どうやって生きていけばいいのか。


力だ。力があれば金も手に入る。単純にそう思い、山篭りをして、師匠に出会い、彼は私を野良に育て上げた。


一人でも、困らない程度に生きていけるように。殺す事、守る事、許す事、認める事。私に叩き込んで、そして彼はフラリと姿を消した。


「やっぱ木に囲まれてると安心するわ。いい夢見れそうだ。」


羽織っていたコートを掛け布団代わりにして、木の根元に横になる。虫の鳴き声、野鳥が飛ぶ音。全てが癒しになる。


「ここはどこだー!またやっちまったぁぁ!!!」


突然。その声は脳に直接響き、うとうとしていた私を覚醒させた。こんな夜更けに、森に人がいるなんて。いや待て、その前に。


声が、近い。


「うーん、確かあっちでナナメグサを採って……真っ直ぐ歩けば城下のはずなのになぁ……俺、また道間違えたのかな?」


これはあれだ、アカンやつだ。夜更けに遭難してるじゃないか。馬鹿なのか、馬鹿だよな!?普通、土地勘が無いなら、方位磁石位は持ち歩くよな!?あっちとか真っ直ぐとか、感覚で森を彷徨くなんて有り得ない。


そんな状況で眠れるわけもなく、一先ず起きて声のする方へ歩いて向かう。そんなに遠くない、むしろ半径50m以内にいる。


目を凝らし、辺りを見回す。一人、少年らしき人間の姿を目視で確認した。子供かよ!!


「おい!こんな所で遭難なんて、死ぬ気か!」


「わっ、ひと、人だ!!助かったぁ……」


「いや、まだ助けてないし。お前、何やってんだこんな森の奥で。」


月明かりに照らされて、その姿がハッキリと見える場所まで近付く。着ている服、身につけている物。明らかに、育ちがいい。裕福な家庭か、最悪王族かもしれない。


「薬草取りに来たら、また遭難しちゃったみたい?」


自分が置かれている状況を理解していない様子の彼は、まだ周囲を見渡している。


「とりあえず、こっちに来い。日が昇ったら城下町まで連れてってやるから。目の前で野垂れ死を見るのは勘弁だ。」


「ありがとう、本当に助かったよ。お姉さん、名前なんて言うの?」


「朝霧(アサギリ)だ。」


「俺は、ハナ!助けてくれてありがとう。」


ハナ、と名乗った少年はひょいひょいと草むらをかき分けてこちらに来た。背丈は私と同じか、少し高いくらいか。14.15歳といったところだろう。


「この森の夜は冷える。これ掛けて寝ろ。」


バッグからマントを取り出してハナに渡す。洗ってないから臭いかな、と一瞬躊躇ったが、寒さで死なれるよりましだ。


「ねえ、朝霧はなんでこの森にいたの?」


「私は野良だ。仕事が終わったから一休みする為に静かで安全な場所を聞いて回って、ハルハンテの森が1番近かったから寝る為にここに来た。」


「野良なんだ、じゃあきっと、俺より強いね。」


「お前、野良を知っているのか?」


「知ってるよ。俺の側近の1人も元々野良だから。」



ちょっと待て。今、側近って言った?まさかこいつ……


「もしかして……お前王族か?」


「うん、俺アルシス王国の第三王子。驚いた?なんで王子がこんな夜更けに遭難してるんだーって。」


くすくす笑いながら、マントにくるまる姿はもう子供そのもので。だけどその話が本当なら。


「馬鹿野郎!王子なら朝まで待てんわ!今すぐ城まで送る!起きろ!」


今頃、側近の人達は大慌てで探しているだろうと思ったら、朝まで待つことなんて出来ないと思った。幼い頃の自分と少し、重ね合わせた。


「1時間くらい歩く。歩けるか?」


「1時間でいいの!?なんでそんな近いところで遭難してるんだ俺は……」


とにかく森を抜けなければ。

私は荷物をまとめて方位磁石を取り出し、北にある城に向かって歩き出した。ハナはその後ろをとことこついてきて、本当に王子なのかと半信半疑に陥った。

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