第8話 新たな部隊

 汽車は8時間後に目的地に到着した。

 狭い中に押し込められていた将兵達は疲れたように汽車を降りる。

 クレアとシエラが客車から降りてくるとそこにはレオーネが居た。

 「少尉、お疲れ様です」

 「私より、貨車に乗っていたあなたの方が疲れたんじゃない?」

 クレアは笑いながらレオーネを揶揄う。

 「生憎ですが、草わらの上は良いベッドでしたよ」

 「そう。こっちは堅い椅子しかないから横にもなれず、五月蠅い若造の話ばかり聞かされたわ」

 「拷問ですね」

 レオーネが笑う。

 『地獄』

 シエラも嫌そうにメモ帖を見せる。

 「少尉、部隊の全員を確認しました」

 軍曹がやって来た。

 「ご苦労様。すぐに駐屯地へと徒歩で移動する準備をさせて」

 「了解」

 一時として休まる時も無いままに部隊は近くの駐屯地へと移動した。

 

 大きな機械音と共に地面が振動する。

 シエラはあまりに大きな音に耳を塞ぐ。

 「へぇ・・・あれが戦車って奴ね」

 クレアは鉄の塊のような物体を見ながら驚いた顔をする。

 「少尉も初めて見ますか?」

 レオーネも驚いたように見ている。

 彼女達が見ているのは自動車を鉄板で覆い、砲や銃を搭載した兵器である。

 特にその中で無限軌道の足回りを持った物を戦車と呼んでいる。

 タイヤと違い、無限軌道は速度は遅いが、どんな地形でも進み、尚且つ大砲のような重量のある武器が搭載が出来る。

 「あれなら、魔法も防げるでしょうね」

 レオーネが感心したように告げると、隣でシエラが不満そうな顔をする。

 「魔法はやがて時代遅れになる。人々は機械や化学の力に頼る事になるだろう。もう、貴族や平民なんて言ってられる時代じゃなくなる」

 それを見たクレアが自信満々に告げる。

 「貴族の居ない世界ですか・・・本当に将来はどうなるんでしょうね?正直、何も解らないから不安ですよ」

 レオーネが笑いながら答える。

 

 クレアはそのまま、革命軍軍令部へと呼ばれた。

 「クレア少尉、君の功績は聞いている。激戦に次ぐ、激戦であった為、その功績に対しての評価を与える時間が無かったが、今回、君や君の部下の昇進などを行う。クレア少尉は中尉へと昇進だ。おめでとう」

 軍令部の大佐は彼女を前に笑いながら伝える。

 「中尉ですか。それで私の部隊は?」

 「悪いが、あれはもう、君の部隊じゃない。君は新たな部隊へと転任して貰う」

 「そうですか。では、一つ、条件を受け入れて貰えませんか?」

 「条件?」

 大佐は訝し気にクレアを見る。

 「部下を一人と・・・面倒を見ている少女の随行を許して欲しい」

 「部下に関しては問題が無いが・・・一般人の随行となると・・・」

 大佐は少女と聞いて、頭を捻る。

 「安心してください。随行画家みたいなものだと思えばよろしいですから」

 「ふむ・・・まぁ、よいだろう。君の部隊は新たに後方で揃えた自動車を主体とした即応小隊である。戦場の彼方此方へと飛ばされると思うが、頑張ってくれ」

 大佐から命令書を受け取ったクレアはそのまま、部隊が編制されている場所へと向かった。

 街の離れた場所に突貫工事で作られた整備工場。

 そこには複数台の自動車が並べられていた。その多くはガソリンが用いたエンジンを使う車両であったが、まだ、自動車が珍しい時代にこれだけの数が集められた光景は珍しかった。

 「クレア中尉だ。ここの先任は?」

 クレアの問い掛けに慌てて、駆け寄ってきたのは一人の中年男性であった。

 「トムソン曹長であります。初めまして」

 彼はクレアの前で背筋を伸ばして敬礼をする。

 「あぁ、クレア中尉です。この部隊について、教えてくれ」

 「承知しました。まずは部隊の指揮所となっているそちらの事務所に」

 小さな小屋が工場の片隅に立てられていた。

 「指揮所と言うより・・・休憩室だな」

 「すいません。街の片隅に仮設しただけなので・・・」

 曹長はそう言いながら扉を開く。

 「お前ら、中尉殿だ」

 曹長がそう怒鳴ると、中で作業をしていた数人の下士官が慌てて、敬礼をする。

 「あぁ、ご苦労。クレア中尉だ。ここに居る全員が私の部隊の下士官か?」

 「そうであります。右からレイチェル軍曹、サワ軍曹、ドーリア軍曹です」

 男二人、女一人の下士官達をクレアはじっくりと見る。

 「そうか。それで私の部隊について教えてくれ」

 「レイチェル軍曹、説明を」

 曹長に言われて、女性下士官のレイチェルが組織図を机の上に開く。

 「我々は軍令部直轄の独立部隊として設立されました。目的は自動車による高速且つ、長距離移動による遊撃的な運用であります。直接火力として、重機関銃も配備されております」

 「なるほどね。自動車は馬車に代わる道具として、生産が急がれているけど・・・それを武器として使うって事ね。私たちに装甲車などは配備されているの?」

 「装甲車でありますね。小型乗用車を改造した物が5台あります」

 「鉄板を張っただけの物?」

 「はい。鉄板で周囲を囲み、機関銃を装備させております」

 「なるほど・・・トラックは何台?」

 「全部で14台であります」

 「かなりの数ね。小隊と聞いているけど、規模が大きいわね」

 「初めて集中運用される部隊です。故障なども考えての規模かと」

 レイチェルの言葉にクレアは納得する。

 「それでは部隊編成を教えて」

 「部隊は小隊本部と3個班に重機関銃を運用する1個分隊であります」

 「重機関銃か・・・配備されたのは10ミリ機関銃じゃないの?」

 「違います。25ミリ重機関銃です」

 レイチェルの言葉にクレアは驚く。

 「25ミリって・・・機関銃のレベルじゃないわよ。どこにそんな化け物みたいな銃があったの?」

 「よく分かりませんが、どこかの倉庫にあった物をこちらに配備したそうで、多分、開発段階の代物だったのではないでしょうか?」

 「弾丸はあるの?」

 「1000発程度は用意されております」

 「なるほど・・・まぁ、構わないわ。それで車両の分配は?」

 「小隊本部に装甲車が1台とトラック2台。班と分隊には装甲車1台と3台のトラックです」

 「問題は無いわね。それで・・・すでに軍令部から命令は下っているのかしら?」

 クレアの言葉に曹長が反応する。

 「先ほど、届けられました」

 曹長は未開封の命令書をクレアに渡す。彼女はそれを受け取ると手短にあるペーパーナイフで封筒を開く。

 「ふむ・・・南部ディオール市へと向かい、そこを拠点に南部前線の後方にて遊撃戦を展開せよか」

 南部ディオール市を含むガライヤ地方は平坦な土地であった。その為、必然的に前線は長く伸び、散兵したとしてもその前線の全てをカバーする事は出来ず、敵味方にとって、最も守り難い場所であった。

 「確かに自動車の速度であれば、適した場所ではあるわね」

 「騎馬隊の役割を我々が担うわけですね」

 曹長の言葉にクレアは頷く。

 「騎馬隊よりも高い火力を有している。ある意味じゃ・・・最強じゃないかしら」

 「中尉からそのような言葉を聞けて、我らも自信が持てます」

 「まぁ、試験部隊だとは思うけどね。見た限り、自動車も貴族が所有していた物を適当に徴発しただけの物みたいだし。まだ、自動車の製造は手作りだから、生産数も整備も追いつかない状況だしね」

 クレアは自動車に関する知識は皆無に近かったが、軍令部で適当に聞いておいた話をした。

 「なるほど・・・我々の部隊にも整備を任せる兵がおりますが、元々機械工だって事で任命されているだけですからね。正直、途中で故障した時が不安です」

 曹長の不安は誰もが思っている事だ。自動車など、見た事が無い者が居てもおかしくない時代。車の運転ですら、専門の教育を受けた者でしか出来ないし、ましてや修理などは機械に精通した者以外、不可能だと思われている。そもそも、寄せ集めの自動車の多くは共通部品という概念も、規格という概念すら無いのだから、直すとなれば、かなり困難である事は間違いが無かった。

 「とにかく・・・まずはやってみる事よ。出発は翌朝。それまでに準備を完了させ、兵にはしっかりと静養させる事」

 「了解」

 クレアはそれを告げると狭い小屋を後にした。

 自動車の周囲には兵士達が群れていた。皆、初めて見る自動車に興味津々のようだ。

 「ご苦労。部隊を指揮するクレア中尉である。よろしく」

 クレアは彼等に声を掛ける。すると、全員が緊張した面持ちで敬礼をする。

 「皆、こんな所に集まって、暇そうだな?」

 クレアが笑いながら声を掛けると兵士達の緊張が僅かに解けて、笑いが微かに起きる。

 「明日の朝には出発する。しっかりと寝ておけよ。明日からこいつに揺られて移動するからな。馬車の倍は揺れるぞ?」

 クレアは悪戯っぽく言う。

 「本当でありますか。自分、馬車でも酔うんですが・・・」

 不安そうな若者がそう告げると笑いが起きる。

 「そうか。ならば、お前は荷台の一番後ろだな。後ろから吐くと良い。中で吐かれたら、酸っぱい臭いで他の奴も吐くからな」

 クレアの言葉に爆笑が生まれた。

 部隊には比較的年齢層が若い。多分、それほど、戦闘経験は多くないだろう。革命軍に志願する者は増えている。だが、その多くは兵隊に入った事の無い者ばかりだ。素人が銃を持っているだけに過ぎない事が多い。事実、革命軍にはまだ、ちゃんとした練兵施設も無いのだから仕方が無い。

 彼等を見てからクレアはレオーネとシエラの待つ場所に戻った。

 「お疲れ様です」

 レオーネが敬礼して迎える。

 「新しい部隊を見て来たわ。自動車を使う部隊よ」

 自動車と聞いて二人は顔を見合わせる。

 「自動車でありますか?」

 レオーネは不思議そうに尋ねる。

 「自動車を知らないの?」

 クレアが尋ねるとレオーネは首を横に振る。

 「い、いえ、そこら辺にあったのを見ましたから。ただ・・・あれに乗るのかと思うと・・・少し怖いと言うか」

 「怖い?レオーネにしては珍しいわね。汽車に乗るのと大差は無いわよ」

 「しかし、汽車よりも小さいですし・・・横転しそうで・・・」

 「まぁ、横転ぐらいはあるかもしれないけど・・・馬車だって横転するでしょ、その程度の物よ。とにかく、明日から、あれに乗って、移動するんだから、しっかりしなさいよ」

 クレアに言われて、レオーネとシエラは少し嫌そうな顔をしていた。

 

 翌朝、荷物を積み終えたトラックの前に兵士達が整列をする。

 「欠員無しであります」

 曹長が敬礼をしてクレアに報告をする。

 「ご苦労。これより、三日を掛けて、ディオール市に向かう。無論、途中で前線後方の遊撃任務にも就く。戦闘が始まる可能性もあるから十分に気をつけなさい」

 訓示を述べてからクレアは全員に乗車の命令を下し、自らは一台の乗用車に乗り込んだ。運転席とは別に後部座席に互いに顔を合わせる形に座席がある乗用車には窓の部分に鉄板が設置されている。

 「馬車に比べて・・・狭いですね」

 レオーネは座った姿勢しか取れない車内に少し不満そうだ。

 「トラックの荷台じゃないからね。まぁ、慣れれば、馬車の座席よりもクッションが柔らかいわよ」

 「そんなもんですかねぇ」

 『どっちでも良い』

 あまり乗り気じゃない二人を前にクレアは笑う。

 エンジンが始動して、車列は走り出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る