第7話 共闘

 シエラは静に語り出す。

 「この間、言ったように我ら悪魔もそろそろ、この窮屈で退屈な世界で生き延びる事に苦痛しか感じなくなっている事はお前には伝えたな」

 クレアはコクリと頷く。

 「無論、それはあくまでも私が知り得る範囲でしか無いわけだが・・・多くの者がそれに同意して居るはずだと思う」

 「同意しているはず・・・悪魔の総意では無いのか?」

クレアは問い直す。

 「ふむ・・・そもそも、こんな状態で総意を取る方法など無いからねぇ。貴族が集まった時に互いの思念が重なり合う者ぐらいしか話が出来ぬわけだし」

 「だとすれば・・・お前が言うように人間からの解放を望む悪魔ばかりでは無いと言う事なのか?」

 「その・・・可能性はあるな。人間のやる事に同調する輩も居るだろう。悪魔だって人間と同様に千差万別だ。いや・・・そうじゃない場合も・・・考えすぎか」

 「何か言いたそうだったな・・・何だ?」

クレアは静にシエラの言葉尻に食いつく。

 「ふん・・・なかなか・・・そうだな。我もあまり考えた事は無かったが・・・器である人間を操る悪魔ってのも居るかと思ってな」

 「ほぉ・・・それは・・・貴族の中に人間じゃない者が居るかもしれないって事か?」

 「まぁ、あくまでも可能性だがね。私もそんな事が出来るのかと幾度か夢想した事もあるが・・・方法を見付けた事は無い」

 「あんたは見付けられなくても他の同胞は見付けたかもしれないか・・・まぁ、良いわ。それで・・・話は?」

 「あぁ、本題に入ろう。私は悪魔の解放を目指している。それはすなわち、貴族の命を全て、奪うという事だ」

 「なるほど・・・我々は実権を貴族から奪う。考え方を変えれば、貴族が殲滅すれば、目的は達成される」

 「まぁ・・・お前らの考え方から言えば、貴族は殲滅しなくても政治的実権を平民が握って、国を手にすれば良いだけなのだろうけどな」

 「しかし・・・貴族の力は侮れない。我々としても貴族が居なくなるのであれば、それは都合が良い」

 クレアはシエラの語る事を書き留めた。

 「それで・・・あなたは我々に何をしてくれるの?」

 「この間のように力を提供しよう」

 「なるほど・・・あれだけの魔法の力なら・・・貴族を圧倒する事も可能。だけど・・・あなた、シエラが寝ている時しか出てこれないでしょ?」

 「確かに・・・まぁ、その辺はおいおい考えるとして・・・私の考えとしてはそういう事だから」

 「解ったわ。では・・・手を結びましょう。だけど・・・そんな簡単な道程じゃないわよ。私だって、せいぜい50人前後の兵を引き連れる程度の士官ってだけだしねぇ」

 クレアは嘆息しながら告げる。

 「まぁ、これも縁だ。我もそんな簡単にいくとは思っていなかったしな。お前らがこの娘を殺してくれていたら、我の魂は解放されていたわけだし」

 「確かにそうだけど・・・それが私に力を貸す理由ってのは・・・」

 「ふん・・・まぁ、それ以外だとすれば、この娘の気持ちもかな。こやつも貴族ってものの重責に圧し潰されそうだったからな」

 「へぇ・・・思ったより優しいのね」

 「この子が生まれた時から一緒だからな。これまでの貴族もそうだったが、所詮は人間だよ。奴らだって・・・」

 「あまり聞きたくない話だわ。まぁ、貴族がどうだろうと関係は無い。だが、力は借りるわ。そして、貴族を皆、処刑する」

 「あぁ・・・そうして貰えると助かる」

 ふと、クレアは何かに気付いた。

 「だけど・・・そうなると、最後に殺すのは・・・この子ね」

 「そうなるな」

 「なんだか、情があるみたいだったけど・・・良いの?」

 「仕方がない・・・と言いたいところだが・・・貴族が抱える魔術書の中には貴族の中から悪魔を引き離す術があるかもしれない。何せ、悪魔を封じ込める術を考えたんだ。逆だって考えるだろう」

 「なるほど・・・それを私に調べろと?」

 「あぁ、あんたの研究熱心さはここ数日で見せて貰った。ただのバカだったら、こんな頼みなど、そもそもしなかったよ」

 「ふん・・・褒めても何も出ないわよ」

 「まぁ・・・俺もそろそろ限界だ。頼んだぞ」

 シエラはそのまま、ベッドに座り込んだ。どうやら寝ているようだ。

 「しょ、少尉・・・何がどうなっているんですか?」

 驚きで声を発する事さえ出来なかったレオーネは手にした小銃を傍らに置いて、クレアに声を掛ける。彼女にシエラの声は聞こえていない。ただ、尋常じゃない状況にただ、怯えていたに過ぎない。そんな彼女にクレアはこの事を伝えるべきか考えるが、現状でシエラの護衛もしている事を考えると、知っていた方が都合が良い事もあるとクレアはシエラの中の悪魔との会話を彼女に話した。

 「とりあえず・・・極秘って事で・・・ただ・・・あなたも感じているでしょうけど・・・多分、貴族との戦いはこれからが本番だと思う。戦闘は過激になるわ」

 「相手が強力になると?」

 「形振り構わずになれば、兵士にだって、我々と同じような武器を与えるようになるでしょうし・・・そもそも魔法が我々が知っているレベルとは限らない。伝承などに残る魔法ならば・・・城が消し飛ぶような魔法があってもおかしくは無いのよ」

 「城が消し飛ぶ・・・威力ですか?」

 「そう・・・貴族がそれを使うようになれば・・・戦いは厳しくなる」

 クレアの言葉にレオーネは顔面蒼白になる。

 「まぁ・・・そんな簡単にそんな凄い魔法が使えるとは思えないわ。ただ、可能性として常に頭の片隅に抱くべきよ。事実、悪魔が使ったあの雷を落とす魔法。あれだって、気象を変えたのよ?そして、簡単には落ちない雷をあれだけ落とした。普通じゃないわ。あんな魔法、使われたら・・・勝ち目が無いわ」

 「た、確かに・・・雷相手じゃ」

 「雷は・・・怖くないわよ。避雷針でも立てれば良いだけだし、あの魔法、狙いはつけられないみたいだから、下手すると味方も巻き込む程度みたいだしね」

 クレアはそう告げると笑った。だが、レオーネはそれを笑えなかった。

 

 クレア達が後方へと移動を始めようとしていた頃、彼女達から遥か遠くに位置する貴族領のグレスティン大公領の主都アルゼハイーデ。

 ここには貴族軍の頭脳と呼ばれる総司令部が置かれている。

 「革命軍の用いる武器についてだが・・・我らの方でも製造が始まった。これで兵の武力における劣勢は解消されると思うが・・・問題は革命軍の活躍が民に反抗心を持たせていることだ」

 「兵を集めようとするが・・・逃げ出す始末とか・・・」

 「貴族を恐れなくなりつつあると言いますか」

 貴族達から成る参謀達はそれぞれが集めた情報を持ち合っていた。

 「民への待遇を大幅に変える必要があるのではないか?」

 「民への待遇だと?そんな事をすれば、貴族の地位が大幅に落ちるのではないか?それこそ、長らく続いた貴族支配が崩壊するぞ?」

 「だが、こうなれば、ある程度、民を優遇せねば・・・それこそ、民が全て蜂起するような事態にもなりかねない。そうなれば、傭兵だって集まらないぞ」

 貴族達の意見は紛糾するも、民への待遇を改善する事で意見が一致しようとしていた。

 それと同時に現在の貴族軍では大きな変革があった。それまで貴族の私兵のような扱いであった軍を全て、一つに集めて、一元的に指揮する事が決まった。貴族もその中で階級に従って、行動する事が求められる。

 このような事は貴族の間では屈辱的ではあったが、連戦連敗で尚且つ、貴族の死者が多数、出ている事から、誰も反対する事は無かった。そして、すぐにそれは施行され、貴族軍は新たな軍隊へと生まれ変わろうとしていた。

 「現在、最前線にある軍隊は一度、撤退させます。敵はこちらの撤退に合わせて、これまでよりも早い前進速度で侵攻するでしょうから・・・そこを新たに編成した軍にて、奴らの後方へと回り込み、各個に殲滅します。ここで大勝利を得れば、民達の気勢も挫く事が出来ますでしょう」

 参謀の一人が自らの作戦に大きな自信があった。

 「まぁ・・・我々は何があっても平民に負けるわけにはいかない。ここから、奴らに痛い目を見せて、二度と、我々に逆らわないようにしてやる」

 先ほど、平民の待遇を改善する事を論じていた口は、再び、平民を支配する事へと変わっていた。

 

 クレア達は再編成と補充を受ける為に汽車にて後方へと移送されていた。

 クレアとシエラは数少ない旅客車両に乗っている。それ以外の兵は皆、貨物車に荷物と一緒に乗り込むのが普通だった。

 シエラは黙って、本を読んでいる。

 「飽きないわね。貴族の娘はあまり勉強熱心じゃないと聞いたけど?」

 クレアは熱心に本を読みふけるシエラに尋ねる。彼女は手元にあるメモ帖に万年筆で書いて答える。

 『貴族の娘は結婚を前提に化粧や踊りなどばかりをさせられるわ』

 「あなたは違うの?」

 『結婚なんて、まだ、早いと思うし、私は強くなりたいの』

 「強くね・・・まぁ、だからあんな無謀な事をやったのね。あんた、早死にするわよ?」

 『親に決められた人生なんて歩んでいても生きているとは言えないわ』

 「面白い理屈ね。貴族にしては見所があるわ」

 『平民に褒められても嬉しくない』

 「褒められたら、素直に喜びなさい。私が他人を褒めるなんて滅多に無いんだから」

 クレアの言葉にシエラはクスリと笑った。

 「初めて笑ったところを見たわね」

 そうクレアが言うとシエラはムスッとした。

 「クレア少尉ですか?」

 突然、声を掛けてきたのは一人の将校だった。

 「えぇ・・・大尉、何か?」

 「突然、失礼。私はショターケルであります」

 彼は格下であるクレアに対して、背筋を伸ばした敬礼をする。

 「同じ列車に乗っているとお聞きして、少し話がしたいと思いまして・・・お邪魔でしょうか?」

 「いえ、大尉。どうぞ、こちらの席に」

 クレアは向かい合わせになっている座席の向かい側に大尉を案内する。

 「ありがとうございます」

 「それで・・・私みたいな一介の士官に専業軍人の大尉が何の用ですか?」

 革命軍において、士官と言っても二種類がある。軍人としての士官とクレアのように民間徴用の士官である。民間徴用の士官は特殊な能力や士官不足を補う為に特別に組み入れられたケースなどがある。クレアも医大生という事で士官扱いになった。ただし、この場合、軍人と比べて、功績を挙げても評価され難いなどがあった。クレアが未だに少尉のままなのもそのせいだった。

 「一介の士官などと言わないでください。あなたの功績は軍全体でも噂ですよ。未だに少尉のままなのは中央が怠慢だからに過ぎません。本当なら、もっと階級を上げて、大きな部隊を率いるべきなんです」

 ショターケルはクレアと同じぐらいの年齢なのに、妙に若々しい感じで話す。

 「現在、革命軍は手に入れた領土にて、新しい政治体系と税務体系にて、平民による平等な治世を目指しております。ただ、未だに戦況は予断を許さないわけで、かなり厳しい状況は続くと思います。我々はこのまま、貴族を駆逐する事が出来ますかね?」

 ショターケルの質問にクレアは少し考える。

 「まぁ、中央がどのように考えているか末端の私には解らないけど・・・このまま、貴族が黙って敗北するとは思えないわ。今は武器の優劣でこちらが優位である事が多いけど、それだって、別に最新鋭の銃器が我々だけの物では無い。貴族軍がそうした装備を整え、用兵方法なども見直した場合、現状でも数の上では優勢な貴族軍に反撃を受ける可能性が高いわ。ましてや・・・貴族の魔法攻撃だって、我々の知り得ない強力な武器があるかもしれないわけだし」

 「我々の知り得ない・・・強力な魔法?」

 「あくまでも想像よ。かつての伝承などにあるような魔法が発動されたら・・・手に負えないかも知れないって事」

 「伝承ですか・・・あれはあくまでも貴族による想像の産物だと思ってましたが」

 「それならね・・・良いのだけど」

 ふと、ショターケルはクレアの傍らで本を読む少女に目を向ける。

 「この少女は一体?」

 「戦場で拾ったのよ。戦場の恐怖で声を失ったの。身寄りも無いから保護してるわ」

 「はぁ・・・でしょうね。お子様にしては…年齢が…」

 「はぁ?」

 クレアは一瞬、ショターケルが何を言い出したかと思ったが、それがシエラがクレアの娘だと思われたのだとすぐに理解した。

 「さすがに・・・こんな大きな娘を産む年齢じゃないわよ」

 「す、すいません」

 その時、シエラがメモ帳を手に取る。

 『おばさん?』

 そう書かれていたので、クレアはシエラの頭を無言で殴った。

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