アライさんと砂時計

言霊遊

アライさんと砂時計

「フェネック! 見てほしいのだ!」


 アライさんの手の中には、不思議な形をしたガラス細工が握られています。


「すごいよアライさん。これはどこで見つけたんだい?」

「分からないのだ! 気付いたら手の中にあったのだ!」


 アライさんはフェネックにも良く見えるように、手をなるべく前に伸ばして、その物体を眺めます。


 ガラスは円柱の中心を絞ったような形に形成されていて、中にはサンドスターの輝きが閉じ込められています。物体を太陽にかざしてみると、サンドスターの小さな粒子が七色に輝いて、とてもきれいです。


「はは~ん。アライさん、これは砂時計だね」

「すなどけい……ってなんなのだ?」


 アライさんは首を傾げます。


「砂時計っていうのはね~時間を測る道具なんだよ」

「そうなのか! フェネックは物知りなのだ!」


 アライさんは感心しました。フェネックは本当に物知りでした。アライさんが知らないことを良く知っていて、アライさんが知っていることも良く知っていました。アライさんは、そんなフェネックが大好きでした。


「地面に立てると、砂が上の溜まりから下の溜まりに落ちるんだよ。落ち切ったところで、どれぐらいの時間が経ったか分かるのさ」

「へ~そうなのか! さっそくやってみるのだ!」


 アライさんは近くにあったテーブルの上に砂時計を置きました。錆びついた古いテーブルの上で、透明な砂時計が時間を動かし始めます。

 サンドスターの輝きは中心の細くなった所をサラサラと、小さな滝のように落ちていきます。


「天の川みたいだね~」

「きれいなのだ~」


 アライさんはフェネックの瞳に反射するサンドスターの輝きを見ました。フェネックも、アライさんの瞳を見つめ返します。


「時間の大きさはどれくらいなのだ?」

「そうだね~。うんと大きいよ。時間は」

「この前あらわれたセルリアンよりも大きいのか?」

「この前? アライさん、変なことを言うんだね」


 フェネックは笑顔でアライさんを見ています。アライさんを見守るその表情は、とても穏やかです。


「……アライさんの、勘違いだったのだ。巨大セルリアンなんていないのだ」


 アライさんは何で自分が突然セルリアンの話をしたのか、よく分かりませんでした。ただそれはアライさんの足元に伸びる影のように、アライさんに付きまとっているような気がしています。

 確かに、記憶の中にセルリアンの影はありません。アライさんの覚えていることは、フェネックと一緒に過ごす日常だけでした。フェネックがいれば、アライさんはそれで全て良かったのです。二人で過ごす毎日は、とても楽しいのです。


「フェネック、時間がそんなに大きいなら、時間の端から端までを見ることはできるのか?」

「そうだね~。きっと難しいだろうね~。時間の端はね、始まりと終わりって言うんだよ」

「何だかかっこいいのだ!」

「この砂時計を見つけた時が始まりで、砂が落ち切った時が終わりだよ。砂時計に閉じ込められた時間っていうのは、本物の時間よりもうんと小さいからね。一緒に見ようよアライさん」


 フェネックが一緒に見ようと言ってくれたことが、アライさんにとっては何者にも代えがたい喜びでした。アライさん一人で見たところで、ちっとも楽しくないのです。喜びは群れで分け合え。偉大な人の教えでした。

 砂時計の中のサンドスターは、もう半分ほど下に落ちているようでした。下に落ちたサンドスターも上に溜まるサンドスターも、どちらも同じ輝きを放っています。


「砂時計が時間を閉じ込められるなら、アライさんにも時間を捕まえることはできるのか?」

 フェネックが小さく笑います。

「アライさんはすごいことを言うね~。アライさんならきっとできるよ」

 フェネックができると言えば、アライさんはできるのです。

「よ~し、やってみるのだ!」


 アライさんは時間のしっぽを探します。時間の始まりが、記憶の森の中でまぬけに姿を見せるのを待つのです。

 しかし、いくら待っても時間はしっぽを見せません。アライさんの記憶には、始まりがないのでしょうか。思い出そうとしてみても、フェネックと過ごす日常が、時間の落ちる流れに従わず、バラバラに並んでいるだけです。まるで統率の取れていない動物の群れのようでした。こんな有様では、困難も喜びも、群れで分け合うことは到底できないでしょう。


「フェネック、始まりがないのだ」

「きっとうんと昔だから、忘れてしまったのかもしれないね~」

 フェネックは涼しい顔で言いました。

「ぐぬぬ~。アライさんに不可能はないのだ!」


 アライさんは記憶の森の奥にグングンと進んでいきます。草木をかきわけ、奥へ奥へ。奥というのがどちらか分からないまま、とにかく真っすぐに進んでいきます。




 突然、視界が開けました。と同時に、アライさんの記憶の底が抜けました。浮遊感と頭痛と共に、アライさんは落ちていきます。記憶に空いた大きな穴を、サンドスターの輝きと共に落ちていきます。




 夜。巨大なセルリアン。フェネックの傍にいるアライさん。二人を隔てるのは、セルリアンの表面という境界。還元されていくフェネックの肉体。傍にいることしかできないアライさん。手を握ることも叶いません。


 朝。巨大な喪失感。フェネックの傍にいるアライさん。二人を隔てるのは、動物とフレンズという種の境界。随分と小さくなったフェネックの身体。アライさんは傍にいることしかできません。そっと、フェネックだったフェネックの、小さくなったを撫でました。もう、を握ることは、叶わないのです。


「フェネック、思い出したのだ……。始まりと終わりも……全部覚えていたのだ。嘘をついたのはアライさんだったのだ……」

「アライさん、またやってしまったねえ」


 フェネックが穏やかな笑顔でアライさんを見ます。アライさんを責める様子はありません。ただただ、フェネックはアライさんを見守ることしかできないからです。

 砂時計の中の輝きは全て落ち切っていました。アライさんの隣に、もうフェネックはいません。代わりにアライさんの膝の上には、身体を丸めて眠る一匹のけものが、スヤスヤと寝息をたてています。夢でも見ているのか、時おり身を震わせ、寂しそうに、小さく甘えるように鳴きます。アライさんはそれを見て、

「フェネック、アライさんはずっと一緒なのだ。だから、一緒に同じ夢を見るのだ」

 そう言って、砂時計を逆さにしました。砂時計の中の輝きは全て、完璧に元の姿で、砂時計の上に溜まりました。砂時計の中で、サンドスターが囁きます。


「A lieさんにどこまでもついていくよ」





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アライさんと砂時計 言霊遊 @iurei_yu

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