5話 君と出会って1年、別れて半年のこの日に

 あれから半年が経った。

 先輩と一緒に過ごすことなく所謂普通の大学生をやっているとあっという間で、大学1年の授業が全て終了し、そしてそれは同時に僕が日本にいれる時間が少なくなっていることを示していた。

 そもそも僕が東京で一人暮らしをしているのは両親がアメリカに行くことになっていて、それに僕が付いて行かなかったからだ。九州でも東京でも変わらなかったから、東京に来た。

 けれども夏にあまり事業がうまくいっていないと聞いて、少しでも出費を抑えるために僕もアメリカの大学に編入することになった。編入は9月からだけど、あっちの生活に慣れるためにも1年が終わったら、すぐに日本を発つ予定だ。

「こういうとき、連絡先とか何も知っていないと、別れの言葉さえも言えないや」

 そう空港に着いて呟く。もうあと1時間ほどしたら、僕は日本を離れる。

 先輩とはあれから一度も会っていなくて、お互いの連絡先を知らないということは、これから先会うことはなくなるってことだ。

「やっぱり、少し寂しいかな」

 そうこうしていると予定していた便の搭乗が開始されたとライフデバイスが伝える。

「行くか」

 そしてナビが指し示す場所へ向かおうとして、

「守くんッ!!」

 そんな聞き覚えのある懐かしい声が周囲に響いた。

 驚いて振り返ると、そこには膝に手をついて肩で息をしている先輩の姿があった。僕の記憶よりも髪が伸びて、でも相変わらずライフデバイスはつけていなくて、でも僕の端末は沈黙せずに目的地へのナビを続けていた。

「先輩……?」

「はぁはぁ……、まったく守くんはひどい。わたしに何も言わずに行こうとするなんて。少しくらい何かあってもよかったんじゃない?」

「いや、それはそうですけど、でもどうしてここに……?」

「それは、克己くんに聞いたんだ。前言ってた喧嘩しちゃった友達が克己くんのサークルの先輩だったみたいで、仲直りして普通に話せるようになって、その流れでたまたま話を聞いて。それで急いでここに来たんだから!」

 少し怒ったように頬を膨らませ、先輩は僕に普通に話しかけてくる。こんな情報の波が飛び交うこの場所で。

「いや、それもそうなんですけど、体は大丈夫なんですか?」

「前に言ったでしょ。自分と向き合って、それでまた君に会いに来るって」


 その先輩の言葉に、これまでの半年間の全てが詰まっていた。


「君に会いに来たよ、マモルくん」


 なぜだろう。彼女の言葉を聞くと、胸が締め付けられるような思いになる。


「それに、まだ伝えてなかった言葉があったからそれを言いに来たの。ずっと伝えなくちゃいけなくて、でも伝えられなかった言葉を」


 別に何の見返りを求めていたわけでもなかった。


 ただ彼女のあの困ったみたいな無理した笑顔が過去の僕と重なって、それで嫌だっただけだったんだ。


「ありがとう。君のおかげでここまで来ることができた」

 

 無理して周りに馴染もうとして、

 無理やり笑って、

 過ごしていた昔の自分を変えたかっただけかもしれない。


 先輩は関係なくて、自分を救いたかっただけかもしれなかった。

 

 それでも、


「君とまた話がしたくて、この半年必死に自分と向き合ってた。ライフデバイスが怖かった自分と。そんなことはないはずなのに。そして、こうして誰の邪魔をすることなく、君と話せるようにはなったよ」


 彼女の言葉が、今までの僕を救ってくれたようなそんな気がして、


「あれ……」


 頬を熱い何かが伝っていくのが分かって、それを抑えることなんてできなかった。


「だからね、今度はわたしの番」


 言葉にすると一体どんな風になるんだろうか。


 やっぱり彼女と一緒にいたことが楽しくて、


 会えないのが寂しくて、


 それでまた会えて嬉しくて、


「わたしが、マモルくんの手助けをする番だね!」

 

そう言いながら満面の笑みをした彼女が一年前から比べてとてつもなく輝いて見えた。

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このつながれた世界の中で 風鈴花 @sd-ime

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