第20話 『無窮の皇帝』にみんなが狂乱! 世界最初のバブル景気
フランスの文豪、アレクサンドル・デュマ(大デュマ)の小説の中に「黒いチューリップ」という作品があります。
その中に登場する青年コルネリウスは、真っ黒なチューリップの栽培に情熱を注ぐうちに政治的陰謀に巻き込まれるのですが、彼はなぜ、チューリップに執着したのでしょうか。
当時のオランダは世界中に植民地を持ち、貿易で莫大な富を世界中から掻き集めていました。
さらにハプスブルク・スペインとの戦争が落ちつき、あの恐怖の三十年戦争でも有利な立場を保ち続けました。
そんな経済大国オランダでは、ある植物が大ブームを巻き起こしていました。
色とりどりの花を咲かせるチューリップです。
ひとむかし前まで、オランダ旅行のパンフレットには必ず風車とチューリップの写真が載っていました。
風車は堤防の中の水を掻きだすため、つまりオランダの国土は元からあったのではなく、オランダ人が自分たちの力で海を埋め立て作り上げたのだという自負を象徴しています。
そしてチューリップはオランダの豊かさと経済力、そしてある戒めを表しています。
17世紀、この美しい花々をめぐってオランダでは大混乱が起こります。
いわゆる「チューリップ・バブル」です。
バブル景気とは、資産の価値が、適正な水準をはるかに超えることを言います。
1億の価値しかない土地を担保に2億の金を借りるようなことです。
経済的に豊かになったオランダの人々は、装飾品や嗜好品に高いお金を使うようになりました。
また、汗水たらして働くよりも投機で大儲けを好むようになりました。
その結果、目を付けられた商品が当時オランダの富裕層の間で流行していたチューリップの球根です。
より美しい花や奇抜な模様を付ける花の球根は高値で取引されました。
始めは大商人が取引を行っていましたが、そのうち一般庶民まで球根の売買を行い始めました。
その取引は酒場で行われました。
人々は酒を飲みながら球根の取引をして、しっかり金を稼いで一日を終えました。
酒場は自分の店で取引される球根の値段に合わせて場所代を取りました。
そのうち、球根が手に入る前からその取引を行う人も出てきました。
先物取引ですね。
具体的には、ある人が球根農家に行き、来年収穫されるはずのチューリップの球根を手形で買います。そして球根が成長する前に、それを受け取る権利を別の人に売ってしまします。
中には、作る予定のない球根を売って逃げてしまうような輩もいました。その存在しない球根を買った人は、その「球根」を取り立てる権利を別の人に売ってしまえば自分は損をしません。
すさまじい額のお金が市場に流れました。
オランダの街は、一部のお金持ちしか乗れなかったはずの馬車や馬で溢れかえり、人々は手に職を付けたり、店を出したり、船でものを運ぶことよりも、球根の売買に夢中になりました。
こんなの長続きするわけがありません。
よく考えてみて下さい。
この取引には、現物の球根も無ければ現金もないのです。
そんな商売、いつか破綻するに決まっています。
ところが、バブルの熱狂の中にいる人たちはそんな事実には気付きません。
当時のオランダでは、家1軒が300グルデンで買えたのですが、最高級のチューリップ球根である『無窮の皇帝』にはなんと10,000グルデンの値が付きました。
一獲千金を夢見て一般庶民は自分の家や家財道具を担保に金を借り、球根を買い続けました。
その頃には、大商人はとっくに球根の売買からを引いていました。
当時の投資先は、なんといっても東インドとの貿易を行う会社で、球根の取引など破綻するに決まっていると彼らは分かっていたのです。
オリバー・ストーン監督の映画「ウォールストリート」には、この時のチューリップの値段を現したグラフが登場します。
それには1634年から高騰し始めた球根の値段が1637年には急落する様子が現されています。
1637年2月3日、球根の値段は急落、人々は大混乱に陥ります。
現物も先物もほとんど売れなくなり、借金を返せなくなる人が続出。
債権者たちは裁判所に駆け込みますが、そもそもお金を持っていない人からはどうしたって取り立てられません。
ほとんどの債権がデフォルト(債務不履行)になりました。
オランダ政府は債務の10%を支払えば契約を解除できると宣言。
裁判所は先物取引で発生した借金は賭博の負債と同じだから法律で保護する必要がない、との判断を下しました。
こうして世界最初のバブル、チューリップ・バブルが終わりました。
なんともばかばかしい空騒ぎですが、この後、1719年にフランスでミシシッピバブル、1720年にイギリスで南海バブル事件が起こっている史実を考えると、人間は学習が苦手なようです。
オランダの人々はチューリップの花を見るたびに、過去の戒めにしているのかもしれません。
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