憩いの場

 空湖と行動を共にする生徒は僕以外にはいないが、郁子は猫の事に恩義を感じているのか一緒に帰る事が多くなった。

 郁子も他の生徒にいじめられるようになったりしないだろうか、と心配になるが郁子はあまり話さないので心の内は分からない。

 帰り道も、僕達に気を使って遠回りになるルートなのに合わせてついて来ていた。

 なので今日は郁子の帰り道と中間のルートに調整する。いつもと違った道は新鮮だ。

 こんな近くに川が流れていたんだな。


 川の側にポツンとある建物の前にはテーブルと椅子が並んでいる。カフェだろうか?

 建物の上部には「moriya」という文字が見える。こんな店もあるんだな、と思っていると立て看板に試飲キャンペーン中と書いてある。開店したばかりらしい。


「さあ、いらっしゃい。只今キャンペーン中だよ~。おや? 君達近くの小学校の生徒だねえ。どうだい? ミルクを多くしとくよ」

 と言って小さな紙コップに入れたコーヒーを差し出す。

 ええ~? でも……、と遠慮していると、

「ああ。確かにウチは喫茶店だけど、表で試飲するだけなら大丈夫さ。おじさんも越してきたばかりでねぇ、友達いないんだよ。だから話し相手になってくれると嬉しいんだけどなぁ」

 と言ってウインクする。

 それなら……、と怖ず怖ずと椅子に座る。

 このおじさんが店のマスターのようだ。

 立派な口髭をしているが歳は若そうだ。三十代だろうか。

 人がよさそうで愛想がいい。店は開店したばかりだと言うが客商売は長そうだ。

 この町の事を知りたがるマスターと祭りの話で盛り上がる。


「おや、同じ制服だね。お友達かい?」

 マスターの示す方を見ると、そこには僕と同じクラスの、掃除当番で一緒になる健太と陽子だ。


 渋る二人をマスターは席へ促す。

 空湖は二人に笑いかけるが、陽子は健太の袖を引いて行こう、と訴える。

 だけど健太は僕と郁子がいるのを見て安心したのか、それとも逃げるように去るのが嫌だったのか、黙ったまま席に着いた。

 仕方なく陽子も健太の隣に座る。


「あれ? 友達じゃなかったかな?」

 僕達の様子を見てマスターは二つのグループを交互に見比べる。

「クラスメートだよ」

 空湖が空気を読まずに言う。

「そっか。なら良かった」

 と言って小さなケーキをテーブルに置いた。

「これはサービスだよ。遠慮なく食べてくれ」

 人数分ある。あまり仲良くない子を輪に入れてしまって悪い事をしたと思ったのだろうか。

「じゃあ……」

 頂きます、と言おうと空湖の方を見るともう無い。

 手に取った素振りもなかったのに……。


「ところで、お客さん達がウワサしてるんだけど。君達の学校で、何か事件があったんだって?」

 マスターは子供が好きそうな話題を振ろうとしたんだろうか。

 でも……、その話はマズい。

「校長先生が怪我をしたんだって」

 空湖がまた空気を読まずに言う。

 へえ、とマスターは相槌を打つが健太と陽子は訝しげに見ている。この二人は空湖の仕業だと思っているんじゃないのかな。

「そ、空ちゃんはその日ずっと僕と一緒にいたから、関係ないはずなんだけどね……」

 この空気をどうしたらいいのか分からずに、場を繕えそうな事を言ってみる。

「一緒? 何してたんだ?」

「その日は一日、お祭りに行ってたんだ」

 ふーん、と言う健太はイマイチ信用していない様子だ。

「うん。おいしかったよ」

 楽しかったと言ってるんだろう。


「ウワサには尾ひれが付くと言っても、何か変な感じだねぇ。宇宙人の仕業とか言ってる人も多いんだよ」

 マスターがコーヒーのお代わりを入れてくれる。

「うん。宇宙人がやったんだって。わたしの知り合いかも。わたしも宇宙人なんだ」

 空湖の言葉にマスターは笑う。

「へえぇ、どこから来たんだい?」

「それはまだ分かんないけど、いつか見つけるんだ」

 見つかるといいねぇ、とマスターは笑いながら話を合わせている。


 健太は訝しげに僕と空湖を見ているが、陽子はあからさまに不機嫌な顔だ。まだ祭りに行った事を疑っているのだろうか?

「あの、写真もあるよ。空ちゃんと写ってる所も。見る?」

 と言って携帯を出す。

「いらねーよ。俺、もう行くわ」

 と言って席を立ち、陽子がそれに続く。

 あ、うん。と曖昧に返事をしながら見送る僕に、マスターが耳打ちする。

「喧嘩してるの? 悪い事したかな」

 いえ、そんな事ないです、と繕いながらお礼を言って僕らも帰った。

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