歓迎会(2)


 曹長たちは歓迎会というより、処刑台に立っているような表情を浮かべていた。しかし、ヘーゼンはそんな様子をまったく気にせずに笑顔を浮かべている。


「おい、早く飲め。ワインは空気に触れると味も落ちていく」

「あ、あの。気分が少し」

「まさか、飲めない理由があるのか?」

「……うわあああっ」


 チョモ曹長が突然立ち上がり、殴りかかってきた。ヘーゼンは瞬時にその拳を避け、その首を飛ばす。途端に、顔のない首から鮮血が吹き出す。コロコロとボールのように転がった首は、口を開け青ざめたバズの腕に当たる。


「魔法使いが持つ魔杖は一つではない。まあ、大抵は一つだから勘違いするのも無理はないが。チョモ曹長は死亡したので気にしなくてもいいが、君たちは覚えておきなさい」


 鮮血で染まった黒髪をナプキンで拭いながら、ヘーゼンは満面の笑顔を見せる。彼の手に持っていたのは、短く細い枝のような魔杖だった。それを振るい、瞬時にチョモ曹長の首を飛ばしたのだ。


 風柳だおりゅ。ヘーゼンが常に携えている魔杖である。振えば瞬時に鋭い風の刃を飛ばすことができる。小回りが利き持ち運びがしやすいので、威力が小さい割に重宝している。


 完全に戦意が喪失した曹長たちに近づき、ヘーゼンはなおワインを勧める。


「飲め」

「ひっ……」

「君も飲めないのか?」


 首を傾げながら尋ねると、サムュア曹長が土下座した。


「すいません、勘弁してください! 毒を入れたのは、チョモなんです! そいつが、俺たちを、そそのかして」

「毒? この酒には毒が入ってるのか? まさか」


 ヘーゼンは、さも初めて知ったかのような表情を浮かべる。


「勘違いしないで欲しいんだが、チョモ曹長は上官に向かって殴りかかろうとしたから、軍規に基づいて処罰しただけだ。反逆は死罪だからね。もし、仮にこの酒に毒が入っていることを認めれば。僕は君たちを全員死刑にしなくてはいけない……軍規に基づいて、ね?」

「……ひっ、ひっ、ひっ」


 ゼレガ曹長は、よだれを垂らしながらうめいた。


「もう一度聞く。この酒には、毒が入ってるのか?」


 鮮血に塗れた青年が静かに尋ねる。


「入って……ません」

「そうか。よかった」


 ヘーゼンはニコッと無邪気な笑顔を向ける。答えたバズ曹長も九死に一生を得たと、胸をなでおろす。


「じゃ、飲めるよな?」

「へっ?」

「毒が入ってない上官の酒だ。当然、飲めない訳がないよな?」

「ひっ……ひっ……ひっ……」


 ディケット曹長の身体からありとあらゆる体液が流れる。


「か、家族がいるんです! どうか、お許しを」

「あいにくだが、楽しい歓談は乾杯の後だ。常識だろ?」

「ひっ、ひいいいっ」

「選べ。僕のついだ酒を飲むか、逆らって僕に殺されるか」

「……お許しを。どうか、お許しを」

「家族がいるんだったよな? 万が一、このワインを飲んで不慮の事故にあうとしよう。それは帝国の軍規では殉死扱いで補償される。僕も殉死した部下には手厚く補償するつもりだ」

「……」

「だが、この酒が飲めないと言うのなら、僕に対し毒を盛ったことになる。それは、反逆罪に他ならない。もちろん、家族に補償などされないし、即、このチョモ君と同じ運命を辿ることになる」


 ヘーゼンは首を拾ってニッコリと笑う。


「……本当に殉死扱いにしてくれるのですか?」

「ああ。もちろんだよサムュア君」

「……」

「じゃ、乾杯しようか? 景気よく、一気飲みで頼むよ」

「……っ」


 4人は震えながら、杯を持つ。


「乾杯!」


 バズ、サムュア、ゼレガが杯を思いきり傾け、ディケットは震えたまま杯を動かさなかった。


「お願いします! 助けてください! 俺は死にたくない、死にたくない、死にたくーー」


 3度目の命乞いをする前に、ディケットの首がフワッと舞い、地べたへと転がる。


「貴様は兵卒失格だ。死ぬ覚悟もないのに、人を殺すなんて」


 そう吐き捨てて、ヘーゼンは嗚咽し苦しむ3人に向かって、同じワインを杯に注いで口をつけてみせた。


「安心してくれ。これは、ただのワインだ」

「げぇ……えええっ……ええっ?」


 3人の曹長は驚愕の表情をこちらに向ける。


「簡単なトリックだよ。気づかなかったか? 君たちが僕の杯に注目している時に、毒のワインと位置をすり変えたんだ。君たちは洞察力ももっと磨く必要があるな」


 ヘーゼンは毒が入ったワイン瓶を手に取り、笑う。


「……」

「返事は?」

「はい!」


 見事に全員の声が一致した。


「軍曹以下に伝えるといい。僕は軍規に則った行動を規範とする。それに反した者には容赦はしない。明日は全員にその2人の首をもって、しっかりと叩き込んでくれ……君たちの責任で」

「は、はい!」


 3人は即刻で立ち上がり、直立不動で敬礼をする。


「よろしい。では、僕は汚れを落とすため少し席を外すから、その間、遠慮せずに美味しい食事とワインを楽しんでくれ」


 ヘーゼンはそう言い残して、去って行った。



   

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