歓迎会(1)


「ここのチョモ曹長と同じ曹長は君たちか?」


 ヘーゼンは監督していた4人を見る。そのうちに一人、痩せた小柄の男が近づいてきた。


「はい」

「君。名前は?」

「ディケットです」


 痩せた小柄の男は答える。


「この訓練の目的は?」

「そりゃ、戦闘のためです」


 ディケット曹長は、軽くふて腐れたように言った。


「そうか。ならば、変更だ。全員、今から日が暮れるまで走ってもらう」

「……わかりました。ほら、お前たち。早くやれ」

「勘違いするな。君たち曹長もやるんだ」

「……はっ?」

「戦闘のために、こんな低レベルの訓練しか実施できないのだったら、走って体力向上に努めた方がマシだ。そして、走るだけならば、監督者など一人で十分だ」

「……」


 ディケットや他の曹長たちの瞳に敵意の色が入る。しかし、ヘーゼンは気にしない。


「返事は?」

「……はい」

「他の者は?」


 ヘーゼンが見渡す。曹長たちは悔しそうな表情を浮かべながらも、一応は返事をした。


「僕の見える範囲で、そことそこの木の間を30往復だ。1時間のタイムを切れ。できない者は、もう30往復追加だ。不正は許さない。発覚した場合は、このチョモ曹長と同じく、杖刑に処す」

「……っ」


 次々と厳しい指示が飛び、曹長以下全員がこちらを睨みつけるが、ヘーゼンは気にしない。無機質に開始の合図を告げて、走らせる。


 日が暮れ、訓練が終了した。下士官の大半は、1時間を切ることができた。恐らく、身体を酷使するのに慣れているのだろう。しかし、日頃、監督と称してサボっていた曹長たち、また日々の訓練を怠けていた少数の兵たちは、余分に草原を走ることになった。


「走ることは歩兵戦闘の基本だ。基本的な体力がつくまで毎日行うから、そのつもりでいてくれ。以上だ」


 そう告げて、颯爽と訓練所を去る。後ろからついてくるカク・ズが下士官たちを眺めながら口を開く。


「全員が、こっち睨んでるよ? 特に曹長のチョモってやつ」

「睨むことは軍規違反ではないから問題ない」

「……そう言うことじゃないと思うんだけどな」


 と言いつつも、それがヘーゼンの性格であることを熟知している巨漢の戦士は、それ以上なにも言わなかった。


 部屋に戻り、支給された日用品を置く。歯ブラシ、コップ。寝癖直し用のヘアブラシ。魔杖(まじよう)以外は持って来なかったので、かなり簡素な内装になった。堅めのシングルベッドに寝転びながら、隊員の名簿を眺めていると、ノック音が響いた。


「誰だ?」


 ヘーゼンは廊下にいるカク・ズに尋ねる。


「チョモ曹長だよ」

「……入ってもらえ」


 扉が開くと、小太りの中年がうすら笑みを浮かべて入ってきた。


「あの、歓迎会の準備ができたのでお誘いしようかと思いまして」

「歓迎会? とても、歓迎してるようには見えなかったが」


 ヘーゼンは、隊員名簿に目を通しながら言う。


「いや。俺らも、別にあんたと敵対しようとしてる訳じゃないんだ。少し、お互いに誤解があったと思うんだ。だから、美味しい酒と料理で親睦をさ」

「……」


 無駄だな、と口から出そうになったが、こらえる。チョモ曹長の瞳からは、ありありと敵意が見て取れた。ヘーゼンはため息をつき、起き上がる。


「……わかった。食堂でやっているのか?」

「いえ。曹長が集まってる部屋があるんで」

「わかった、ありがとう。では、そこへ行けばいいんだな?」

「へへ。ご一緒しますよ」

「ヘーゼン。俺も行こうか?」


 カク・ズが申し出ると、チョモ曹長の顔色が曇る。


「護衛なんて、必要ないって。俺たちは同じ第8小隊の仲間なんだから。まさか、仲間を疑おうってのか?」

「……はぁ」


 ヘーゼンは思わずため息をついた。こうも、あからさまなアホが曹長の地位にいるなんて。下の者を虐げて、ずいぶんと図に乗ってきたのだろうと推察した。


「いいよ。僕、一人で行こう」

「おっと。そんな物騒なものは置いてくださいよ」


 チョモ曹長はヘーゼンが魔杖まじょうを持ち出そうとしていたところを制止する。


「護衛用だ。いつ、なにがあるかわからないからな」

「だから、心配ありませんって。曹長が集まってるんで、敵襲が来ても俺たちが護ります。それとも、怖いんですか?」

「……わかった。では、行こう」


 あからさまな挑発に乗ったフリをして、ヘーゼンは、魔杖まじょうを置いて部屋の外を出た。


 チョモ曹長に案内された部屋の中に入ると、そこには曹長が5人、すでに席に座っていた。全員が嘘くさい笑みを浮かべている。


「……」


 机を見渡すと、ワインの瓶が6本ほど置かれていた。料理は肉、魚が両方豪華なものが並べられている。自慢げにチョモ曹長がワインの瓶を一つ手に取る。


「へへっ、凄いでしょ? 料理人に言って作らせたんだ」

「……ああ」

 恐らく無理矢理なんだろう。まったくもって無駄だと、ヘーゼンは思う。まあ、開かれたイベントを無下にはできないと、あきらめて席に座った。


「さっ。俺たちの気持ちです。グイッといきましょう」


 チョモ曹長がワインのコルクを抜き、ヘーゼンの杯に注ぐ。


「……」


「ほら、どうしたんですか? 毒なんて入ってませんよ。まさか、怖いってこたぁないでしょうね?」


 チョモが挑戦的な瞳を向ける。ヘーゼンは彼の瞳を見続けながら、別のワイン瓶を選び、コルクを抜いた。途端に、その場にいた全員がギョッとした表情を浮かべる。


「いや、僕だけじゃ悪いな。乾杯にしよう。全員、飲めるクチだろ? 君たちにもついであげよう」

「えっ!? いやいや、俺たちは少尉殿が飲んだ後、適当にワインを注いで飲みますよ」

「なにを遠慮している? 歓迎会なんだ。『最初は一緒に乾杯』が世間の常識だろう」


 ヘーゼンは強引にチョモ曹長の杯を取って注ぎ、他の曹長たちにも順番に注いでいく。


「では、これからよろしく。乾杯」


 端的に挨拶をして、ヘーゼンは一気に杯を傾ける。


「いいワインだな。美味しいよ……あれ、どうした? 浮かない顔をして。上官のついだ酒が飲めないのか?」

「……」

「安心してくれ。毒など入っていないよ。当たり前だ。?」

「……っ」


 漆黒の鋭い瞳で。青ざめたチョモの顔を、覗き込む。曹長たちは、顔面蒼白で杯を持つ手を震わせる。


「……ある時期、毒の研究に没頭した時期があってね。わかるんだよ。どのワインに毒が入ってるかどうかなんて……一目でね」

「ひっ」

「なーんてね? 冗談だ」


 ヘーゼンは満面の笑みを浮かべた。

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