サンドバル


           *


 言っている意味がわからずに、サンドバルは思わず聞き返してしまった。


 義父とおさん? えっ……息子? えっ?


 そんな疑問など、まったく無視で。ヘーゼンは淡々と指示を出してくる。


「さっ、立って早く死体の処理をして。僕は書類を書くから」

「……っ」


 こいつ。自分で散らかした死体を片付けさせようとしている。振り向いてヘレナを見ると、すでに彼女は泣きながら用心棒の首と手足を袋に入れている。


「ところで、義父とおさん。戸籍はあるんだよね?」

「あ、あります!」


 奴隷商という身分だが、表の戸籍は持っている。


「よかった。じゃ、これ。婚姻契約書」

「……っ、あ、あの。確認なんですけど。俺、ヘレナと結婚するんですか?」

「えっ? しないの?」

「……」


 サンドバルは、ヘレナの涙と鼻水が入り混じった顔を見る。性格は悪い。気は強い。ただ、いいけつしているだけの女と自分が結婚。


 いや、それはキツい。


「3秒以内に答えなければ殺す」

「します! しますとも! めちゃくちゃします!」


 サンドバルは頷いた。頷きまくった。この状況で、結婚しないなどと言えば、絶対に殺される。そう確信した。


「よかった。じゃ、早く書いてね」


 ヘーゼンは笑顔で2人の前に婚姻契約書を置き、またしても書類に何か書き込んでいる。サンドバルは震える手でサインをして、死体の血を放心状態で掃除しているヘレナの方に手渡す。


「でも、よかったね。義母かあさんが結婚しないって言ってたら、義父とおさんもああなってるところだったよ」

「……っ」


 よかった。


 人生最悪だけど、本当によかった。


 ヘレナも迷うことなく、書類にサインした。これで、戸籍上は2人は婚姻関係、息子がヘーゼンとなる。嫌過ぎる。嫌過ぎるのだが、もう仕方がなかった。


 だが、これで助かっーー


「じゃ、次。これ書いて」

「な、なんですかこれは?」

「奴隷契約書」


 !?


「まあ、奴隷に詳しい義父とおさんと義母かあさんには言わずもがなだと思うけど、一応、定義しておくと、奴隷は主人の命令には、絶対服従。生殺与奪及び、すべての行動権を主人が支配するということだね」

「……っ」


 言わずもがな。言わずもがな、そう言うことだ。


「いや、今日は里帰りしてよかったよ。前はさ、魔力がなかったから、義母かあさんに精神的な縛りしか加えられなかった。でも、今日は晴れて契約魔法で縛ることができる」

「はっ……くっ……」


 サンドバルは泣きじゃくっている自身の伴侶を睨みつける。とんでもないことに巻き込みやがった。とんでもないイカれ人サイコパスと関わり合いにさせられてしまった。


「いや、本当に助かった。まだ、ここにいてくれて。普通の人のだったらとっくに逃げてるとこだけど、義母かあさんは気が強いクズだからね。義父とおさんも、そんな義母かあさんを受け入れてくれて助かった」

「……っ」


 受け入れられてない。


 受け入れたけど、全然、受け入れられていない。


「勘弁してください! お願いしますお願いしますお願いします!」


 土下座した。これ以上ないくらいの土下座を。奴隷なんて嫌だ。絶対に、絶対に嫌だ。なんで自分が、なんで自分が奴隷なんかに。


「……サンドバル=ジッダ。奴隷ギルド『グンガル』の幹部。奴隷として誘拐した子どもの人数は実に100を超える」

「な、なんでそれを!?」

義母かあさんがお世話になってる職場だもん。下調べしてるに決まってるだろ」

「はぐっ……がっ……」

「そして、ヘレナ=ダリ。お前はギルド本部に従事しながら選考に漏れた者を騙し斡旋を実施」

「ひぐっ……ひぐぅ……えっ……えっ……」

「……おい」


 ヘーゼンは泣き出すヘレナの髪をガンづかみして睨む。


「泣きたいのは、義母かあさんに斡旋された奴隷たちだと思うぞ? 被害者ぶるなよ、今も、これからも、死ぬまでずっと」

「ひいぐっ……す、すいません許してくださいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 ヘレナは何度も何度も謝る。


「いや、僕は全然気にしてないよ。だって、義母かあさんが謝ったとしても、過去の犯罪行為がなくなる訳じゃないし」

「うっ……ううううっ」

「でもね。未来を夢見るのは贅沢だよ。義母かあさんも義父とおさんも、運が悪かったと思って諦めてくれ」

「……えぐっ……えぐっ……えっ、ひっ」


 サンドバルは自覚した。もう、何もかも終わったのだ。これからは、自分は奴隷。この悪魔のような主人に未来永劫、死ぬまで使役させられ続けるのだと。






















 ヘーゼンの笑顔は、あまりに綺麗過ぎて、歪んで見えた。

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