魔杖(3)


 それから、3ヶ月が過ぎただろうか。いつも通りの日々が続いたが、変化もあった。それは、ともに訓練をしていたセグウァとの実力差だった。


「はぁ……はぁ……はぁ……」

「セグゥア。大丈夫?」


 ある日、エマは疲れ果てて倒れ込んだセグゥアに水を手渡す。彼に頼まれて、今では夕方の魔法練習にも付き合っていた。


「ありがとう……しかし、君は全然疲れていないんだな」

「……そんなことないけど」


 反射的にエマは、嘘をついた。ここ最近、密かにセグウァが『弱くなった』と感じていた。しかし、今期末の魔力テストでわかった。


 自分自身の魔力が飛躍的に上がったのだと。


「ヘーゼンから言われたよ。『君とは才能ものが違うから比べるな』って」

「……」


 エマとカク・ズ。今や2人は学年で2位3位を争う魔力の持ち主だ。もしかしたら、ヘーゼンは……初めて出会った時からその潜在能力に気づいていたのだろうか。


 だから、声を掛けられたのだろうか。


「エマ。君はドネア家の令嬢。僕は単なる平民出の魔法使い。わかったよ。どんなに努力したとしても超えられない壁ってヤツがあるってことが」

「……」


 魔力の総量は人間によって決められている。その血筋がよければよいほど、魔力が高い子が生まれる可能性が高い。それが、残酷な真実である。


「……」


 そう思うと。エマの心がチクリと痛む。あの衝撃的な出会いが偶然じゃなく、必然的であったかもしれないことに。


 そんなエマの想いなど知るよしもなく。セグウァは苦しそうに心の内を吐き出す。


「俺は、なんとかそれを変えたくて努力した。そんなのふざけるなって。努力した者が努力しただけ報われる社会が本物だって。でも、それは……俺の幻想なんだな」

「……」


 なにも言えない。月日が過ぎれば過ぎるほど、セグウァは思い知らされるのだ。ドネア家の血筋を引くエマが、ヘーゼンに次ぐ魔力を保有していることは、もう疑いようがないのだから。


 セグゥアの魔力量が、努力に比例して伸びることはなく、現状だと学年10位ほどの順位にまで下がった。


 しかし。


 そんな弱音を切り裂くように。無惨な冷たい声が響く。


「当たり前のことだ」

「……っ」


 そこには。


 ヘーゼンが立っていた。


 最近は授業にも来ず、ひたすらズル休みをして魔杖製作に明け暮れていたのに。久しぶりに見た黒髪の少年は、酷く痩せかけたようにも思える。


「ど、どうしてここに?」


 エマが思わず頬を赤ながら尋ねる。


「魔杖ができた。まだ、試作段階だがね」

「……嘘」


 エマもセグゥアも耳を疑った。確かにヘーゼンは魔杖らしき枝のような棒を持っている。しかし、とてもではないが信じられなかった。国家の根幹を揺るがすような秘匿技術を数ヶ月のうちに解き明かしたなんて。


「それよりも、グチグチと泣き言が聞こえたな。慰めてでも欲しいのか知らないが、本当に情けない」

「……っ」


 憎しみの視線を気にも止めずに、ヘーゼンは自身の魔杖を縦にかざした。すると、自身の影から突風が噴き出し、エマとセグウァの横を通り過ぎる。


「成功」

「……っ」

「名は……そうだな、牙影がえいとでも呼ぶか」


 ヘーゼンは淡々とつぶやき、再び魔杖を振るう。今度は、牙影がえい左右に揺らし、自身の影から薄い紙のような影を無数に発生させた。


「いい感じだ」

「……ははっ。君はやはり、手の届くことのない天才なんだな」

「……」


 もはや、あきらめたように。乾いた笑顔を浮かべるセグゥア。そんな少年に、ヘーゼンは冷たい視線を送る。


「努力が足らないんだ」

「……違う。俺は努力した」

「そうかな? 君がやったのは所詮、エマと同等の努力だろ? 彼女は超名門ドネア家の令嬢だ。凡庸な才しか持たない君が、追いつける訳がないじゃないか」

「……」

「同じ才能ではないのは、当たり前だ。だから、人の倍努力する。足らなかったら3倍。4倍……1000倍努力する。才能があるエマと同じだけの努力をしていて、なにかが変わるほど人生は甘くはない」

「……」

「少なくとも、君は今より10倍以上は努力すべきだ。魔力量が少なくとも、素晴らしい魔法使いは幾らでもいる。僕はそう思うがね」

「……練習を続ける」


 セグゥアは立ち上がって、再び魔法を放ち始めた。


 その様子を眺めながら、去って行こうとする黒髪の少年にエマは声をかけた。


「ヘーゼン……ありがとう」

「僕は使えない者と奴隷契約はしない。それだけさ」

「……ねえ、1つだけ聞いていい?」

「ああ」

「私と初めて会った日。あなたは私を見てどう思った?」

「なんだ、そんなことか……利用価値のあるクラスメートだって思ったよ」

「……」


 エマは、予想通りの回答だったことに、下を向く。


「でも……不思議だな」

「1人で魔杖製作をしていた時。なんだか……無性に君とカク・ズに会いたくなったよ」

「……ヘーゼン」

「ほんの少しだけどね」

「……」


 そう言い残して。


 気のせいだろうか。


 少しだけ耳を赤らめた様子で。


 黒髪の少年は、背中を見せて、去って行った。

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