魔杖(2)


 それから、ヘーゼンは毎日、ひたすら魔杖製作に没頭した。当然、違法行為中の違法行為。バレれば退学どころじゃなく、即死刑。


 教師にも、他の生徒にもバレずに行う必要があったので、極秘でコソコソ行う必要があった。工房などは使えない。


 また、大音量を隠すために、以前ドナ鋼を採取した洞窟に簡易的な工房を構えて、没頭した。


 数万回以上の試行錯誤。


 一度、理論を形成し、実践し、駄目だったら、次の理論を形成し、実践する。これには、物理的な時間を多く取られる。


 ただ、同時に今まで通りの学院生活を送らねばならないので、授業前と授業後のすべての時間を、文字通りすべて費やした。


「まだ、懲りないの?」

「……」


 隣のエマが膝に手を当てて尋ねる。道徳の時間。いつもでは、完全に睡眠の時間なのだが、そこでもヘーゼンは魔杖製作の思考時間へと充てていた。


「……」

「ねえ、ヘーゼン」

「っと、なんだい?」

「もう。ちゃんと聞いてよ」

「す、すまない」

「……」


 慌ててヘーゼンが謝る。こんな珍しい事態が、何度も何度も続いた。あれだけ完璧な立ち振る舞いをこなしていた少年が、今や、隣で話しかけても上の空である。


「……むぅ」


 なんとなくだけど、それがエマにとっては面白くない。


 そして、どうやら、上手くはいっていないらしいことは伝わってきた。


「『まだ、懲りないの?』って言ったのよ。もう、ちゃんと聞いてよ」

「……まあ、失敗続きなのは認めるがね。魔力の強さや弱さは関係ないはずなんだ。その質にあるとみている」


 そんな風に答えながら。エマは、依然として難しそうな表情を浮かべているヘーゼンをじっと見つめる。


「……」

「ん? どうした?」

「ヘーゼンでも、できないことはあるんだなーって」

「あるよ。無数にある。特に、魔杖製作の技術など、各国の極秘技術だ。むしろ、そう簡単にはわかりはしないだろう」

「……」

「でも、久々に楽しくもあるな」

「た、楽しい?」

「ああ。できないことをできるようにすることは楽しい。学生として、この時間が与えられていることに感謝を覚えるよ」


 ヘーゼンは屈託のない笑顔で口にした。それは、今までの生活では考えられないほど、幼く見えた。まるで、1秒でも時間が惜しいと言わんばかりの、少年が何かに夢中になった時の表情。


「むぅー」


 自分と話している時に、その表情を浮かべたこと。自分がいない時の話をする時にその表情を浮かべたこと。果たして喜んでいいのか、悲しんでいいのか、なんとも複雑な気分だ。


 でも。


 普段見えないその表情を隣で眺めながら、思わずエマはつぶやく。


「珍しい」

「そうかな?」

「そうよ。なんだか追い立てられているようで。いつも、なにかに切羽詰まってるみたいだった」


 前に魔法が使えなかった時。必死だった。表面上は余裕な顔をしていたが、今と比べるとわかる。


 そんなヘーゼンは日頃の行動を思い返して、苦笑いを浮かべる。


「強くなる必要がある。それに、いつまでも弱い状態では、ここにも残れなかっただろうし、必死だな。今でも、もちろんそうだが、魔杖製作は、焦ってどうにかなる問題でもないからな」

「……」


 道徳の時間が終わり。


 授業が終わり、いつものようにヘーゼンは去って行く。朝、練習をしても会うことはない。授業にフラッと隣にいても、ろくに話さずに、フラッと去って行く。


 そんな生活が続いた。


 飽きるくらいに話していた日々が夢だったのかと思うほど、無情なほど、淡々と時間は過ぎ去って行った。あの刺激的で地獄のような日々は。


 過酷ながらの安定へと向かった。


 カク・ズとバレリアの地獄のような朝練も。セグゥアとエマの鍛錬もいつも通り。ただ、そこにヘーゼンが来ることはない。


「……」


 なんだろうと、エマは思った。


 魔法の訓練は今まで通り、いや、今まで以上に行っている。カク・ズとも仲が良くて、教師のバレリアよく笑い合う。昼食中はセグウァも入って、よく話をして、盛り上がる。


 なんの不安も不満もない学院生活。


 でも。


「あはは……」


 笑顔を見せながら。


「……」


 ただ、そこに、ぽっかりと、いるはずのヘーゼンだけがいない。


 そして。


 エマは思った。























 ああ、これが『恋しい』と言うのだ、と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る