ダゴル


        *


 お前のようなクズがいて助かった。


 2カ月前、ヘーゼンは大量の借用書、告訴状、非合法の証拠を掲げながら笑った。ギャンブル・アルコール依存・家庭内暴力。一見して真面目に見えるダゴルという教師は、典型的な私生活破綻型の男だった。


「まあ、いざとなれば仕方ないが、僕は善良な人を陥れるのには罪悪感を抱えるタイプでね。その点、お前は叩けば叩くほど、ホコリが出てくる。こんな救いのない腐った世の中で助かるとは皮肉なことだ」


 ダゴルの瞳を見ようともせず。ヘーゼンは自重気味に笑う。


「お、お、お前はなんだ! いったい、なんなんだあぁぁぁぁぁぁ!?」

「はぁ……そんなに取り乱すこともないだろう? 別に報酬がない訳じゃない。僕は君の借金を少しでも返金できるようにしたいと言ってる訳だよ。ねえ、お母様」

「え、ええ」

「母様はマメなゴミでね。ギルド本部の受付をする傍ら、奴隷ギルド斡旋などの副業をコツコツと頑張って私服を肥やしていた。それで、ようやく君のようなクズに辿り着いたよ。ありがとう、お母様」

「え、ええ」


 隣には、衰弱しきった女が立っていた……この女が母親? 清々しさで溢れている黒髪の少年とは、似ても似つかない容姿をしている。それに、何かひどく怯えているような。


 とにかく、ダゴルは金という言葉に反応した。


「本当か? 俺の借金を肩代わりしてくれるとでも?」

「ある程度はね。もちろん、母様も奴隷ビジネスで溜め込んでいるとは言え、そこまでの貯蓄はない。まあ、僕の言うことを聞く限り、利子分くらいは支払ってやるよ」

「た、足りない。それだけで、不正を犯せと言うのか?」

「……調子に乗るなよ」

「ひっ」


 ヘーゼンはダゴルの薄い毛髪をガッチリと掴んで、顔を近づける。振り払おうとするが、かなりの力で無理をすると、毛根ごと抜かれてしまう。そんなコンプレックスを見透かしたように、その鋭い目はダゴルの内側まで深く抉る。


「別に嫌ならば、他を探してもいいんだ。ただし、断るならばお前には消えてもらう必要がある。この借用書、告訴状、非合法の証拠をそっくりそのまま学院の理事長室に置いといてやろうか?」

「そ、そ、そ、それだけは! 絶対にそれだけは……申し訳ない! やめてください!」

「僕がお前に支払う理由はただ一つ。お前がヘマをして学院にいられなくなるのを防ぐためだよ。僕とお前は一蓮托生だからな。それ以外にお前のようなクズに投資する価値などない」

「……」

「いいか? 借金にまみれた犯罪者に優しい社会など、どこにも存在はしない。一度落ちたら終わりだ。なんとしても、この地位にしがみつけ。お前の最大にして最後の存在価値はテナ学院の教師であると言うことだけだ。僕に逆らわなければ、お前にはそれだけは残しておいてやる」

「は、はい! わかりました! よろしくお願いします」

「クク……いい子だ。ねえ、お母様」

「えっ、ええ」


 黒髪の少年は屈託のない笑顔で笑った。


 ダゴルはその後、テナ学院で不正を行った。自身が実技の試験官になれるような手回しを全力で行い、実技の成績を改竄した。まさか、ヘーゼンが不能であるとは思わなかったが、この少年に逆らうような度胸も気力も持ち合わせてはいなかった。


 そして、無事に任務を完了したダゴルは、安心しきっていた。借金の利子も、ヘーゼンの母親が毎月キチンと支払ってくれている。互いに利害の一致した関係。むしろ、酒を浴びるように飲みながら、ヘーゼンがこのまま卒業しなければいいとすら思っていた。


         *


 しかし、まさかこんな風にヘーゼンの話題が上がるとは思ってもいなかった。


 まずい。まずいまずいまずいまずい。


「……先生。ダゴル先生!」

「は、はい! どうかしましたか?」

「さっきから呼んでいますのに。気分が悪そうですね、大丈夫ですか?」


 バレリアの声に気がついたダゴルは自身がいつのまにか、じっとりと脂汗にまみれていることに気づいた。


「……す、すいません。少し気分が悪くて。でも、大丈夫です」

「そうですか。それで、ヘーゼンという生徒は実技試験ではどうでしたか?」

「よ、よくは覚えてないな。平凡な成績だったので、特に記憶には残ってないですね。申し訳ない」

「いえ。まあ、そうですよね」

「あっ……と、申し訳ないが気分が優れないので途中退席させてもらいます」


 そう言って、ダゴルは逃げるようにその場を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る