修練


 ヘーゼンがテナ学院に入って、10日あまりが経過した。すでに、練習用の魔杖で火の魔法がある程度使えるようになってきた。


 興味のあるのは魔杖製作で、むしろそちらに時間を使いたかった。しかし、工程を知らない以上、どうしても他とペースを合わせなければいけない。それに、一刻も早く他者の平均に実力を持っていかなくては、実力主義のこの学院では生き残ってはいけないだろう。


 ヘーゼンは魔杖を土属性のものに切り替えて、再び魔法を振るう。


「えっ、交代するの? せっかくいい感じに火の魔法ができてきたのに。いろいろ手を出すと感覚を忘れちゃうよ?」


 隣のエマがそうアドバイスしてくれる。


「そんなに感覚が違うのかい?」

「器用な人もいるけど、あまり多い属性を扱ってる魔法使いは見たことがないなー。練習用の魔杖って、自分の適正を見るためにも使われるから。実際、魔杖も高価だからそんなに多くは持ってないし」

「……なるほど」


 ヘーゼンはゆっくりと頷き、だがしかし、土の魔杖に切り替えて修練をする。


「ひ、人のアドバイスを全然聞いてないじゃない!?」

「聞いたよ。その上で、他の属性も試すことを選択した」

「はぁ……あのねぇ、複属性持ちは少ないわよー。それこそ、大師ダオスー級の人でも、多くて3属性だし」

「……足りないな」

「た、足りない!?」

「7属性。木・火・土・金・水の5属性に加えて、光と闇。僕の知る限りの属性は扱えるようになりたいんだ」


 ヘーゼンが答えると、エマはいつものように驚愕と怒りが織り混ざったような表情を浮かべる。

 ああ、またこの顔だ。


「あの四伯のミ・シル様だって4属性なのよ!?」

「それはいいことを聞いた。ならば、7属性あれば戦闘を優位に運べるな」

「な、な、な、なにを言っているのかよくわかりませんが!?」

「……ふっ」

「なにがおかしいのよ!?」

「いや、くだらないことだ」


 彼女の呆れたような、心配そうな表情を見ることが、ヘーゼンは嫌いではない。それは、数百年も前の生徒であった頃の自分を思い出すから。

 確かあの時のアイツらも同じような顔をして怒ってたっけ。


「とにかく。土の属性を扱うのは、決定事項だ。複属性がどのくらいの感覚の違いなのか、知る必要があるからな」

「はぁ……ヘーゼン。ぜーったいに間違ってると思うよ。だいたい、なんで練習用の魔杖が属性の魔法を扱うかわかる?」

「いや。扱いやすいからじゃないのか?」

「属性魔法って言うのは、その人の特質を表すものなのよ。例えば、火の魔法が使えれば放出に優れてたり、水の魔法が使えれば具現化に優れてたり。だいたいの適正を把握した上で、一つの魔法で魔力の絶対量をあげるの。それで、テナ学院を卒業したら、みんな自分の能力に合った魔杖を選ぶの」

「なるほど……」


 魔杖の機能に人が合わせるのならば、そうなのかもしれない。実際、魔力の特性というものは、少なからずヘーゼンも感じている。


「わかってくれた?」

「うん……いいアドバイスだった」

「へへっ。どういたしまし……」


 !?


「全然わかってないじゃない!? 全然、全然わかってない!」


 変わらずに水属性の魔法を練習し始める黒髪の少年に、ミディアムヘアの美少女は首をブンブンと振る。


「わかったよ。わかった上で、土属性の魔法を修練するんだ」

「……っ」


 その日の昼ごはんになるまで、エマは口を聞いてくれなかった。

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