修行


 授業後、エマに付き添ってもらって、魔法の習得を開始。ヘーゼンは訓練用の魔杖を持ち、あらゆる体勢で力を込める。


「ぐぬっ……ぐぎぎぎぎ……」

「……ほ、本当に魔法使えないんだね」


 以下同文の展開を前に、エマは呆れる。通常、魔力を持っている者にとって、魔法を放つ行為は難しくない。魔力には流れが存在して、それを感じるままに魔杖に流し込めばいいからだ。


 こうなってくると、ただの不能者(魔力のない者)なんじゃないかと疑いたくもなってくる。


「ちょっと、やってみてよ」

「う、うん。わかった」


 エマは魔杖をかざすと、炎の球体が浮かび上がった。それを確認した彼女は、魔杖を向かいの木に向ける。炎の球体は、木に向かって高速で移動を始めた。球体が木に触れた瞬間、発火が始まり、瞬く間に火だるまになる。


「おおー。凄い、凄い」

「ぜ、全然凄くないけど。やっぱり、初歩の初歩は放出魔法かな。魔杖の種類もそれが一番多いし」

「……なるほど」


 ヘーゼンは完全にわかったかのように頷き、ブツブツとつぶやく。先ほどまでは、自分が魔法を使うイメージがわかなかった。

 しかし、今回はエマの魔法を脳裏に焼きつけた。このイメージを広げて――

 

「ぐぬっ……ぐぎぎぎぎ……」

「……ほ、本当に魔法使えないんだね。他の魔杖も使ってみたら? 相性もあるし」


 魔法は機能別に分類されるのが一般的だ。放出、従属、精製、操作、召喚、支援、弱化など。これは、魔杖の種類と魔法使いの能力に依存する。ヘーゼンの認識としては属性。まずは、火・水・土・金・木の5属性に光・闇を加えた7属性を起点として魔法を放つ。どうしても、それが身体に身についてしまっている。


「他の系統か……まあ、手当たり次第試してみるか。ぐぬっ……ぐぎぎぎぎ……」

「……はぁ」


 先ほどと、まったく一緒。またしても、以下同文の展開。エマは、思わずため息をつく。『友達』という名の契約に縛られて、この不毛な行為に付き合わなくてはいけないのか。


 ひと通り、もがいた後、ヘーゼンは「あー! できん!」と身体を地べたに投げ出す。もちろん、魔力の消費はしてないのだから、ただ己の無力にうんざりしているだけだ。


「しかし、属性別の分類じゃないことが面白いな」

「……だって、剣の魔法とかに属性なんてないし。そんなのはあくまで、付与的な扱いだよ……ってか、なんで知らないの?」


 これも、魔法の初歩だ。幼少の初等教育から習うので、いちいち書いている魔法書も少ないが、あって当たり前の知識がことごとく抜け落ちている。かと思えば、かなり深い見解を口走ってみたり。


「ほぉ、剣の魔法とは興味深いな……どんなもんなんだ?」

「……ただ召喚魔法と操作魔法を、組み合わせた魔法よ」


 エマは頬を赤らめながらソッポを向く。端正で冷たい印象をもつ彼が、興味深げに瞳を輝かせるのは反則だと思う。そのギャップが、少女の鼓動を早くする。ずるいなあ、と思う。そんな可愛い顔で尋ねられたら、やらないわけにはいかないじゃないか。


 エマは再び別の魔杖をかざして円を描く。すると、その空間から鋭利な剣が出現した。そして、再び魔杖を木の方に向けると、剣がそこに突き刺さる。


「これは……便利だな」

「私は精製魔法が苦手だからこんなもんだけど、素材から剣を作っちゃう人もいるんだから」

「なるほど。それは魔杖の効果だけじゃないんだろう?」

「え、ええ」

「……」


 ヘーゼンは沈黙し、思考する。魔法使いとしての能力が、魔杖の資質を最大限に引き出すものか。それとも、魔杖の能力が、魔法使いの資質を最大限に引き出すものか。

 どちらが補完的な役割を示すかによって、自身の成長をどのような方向性に位置づけるかが決まる。


「やはり、面白いな」


 ヘーゼンは立ち上がって、修練を再開した。果てなき荒野。途方もない道のりに、踏破を絶望し途方に暮れるか。あるいは、これから待ち受ける新たな光景に心を躍らせるか。間違いなく、ヘーゼンという男は後者だった。


「ぐぬっ……ぐぎぎぎぎ……」

「……はぁ」


 やはり、以下同文の展開に、エマは大きくため息をついた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る