道徳


 慎ましやかな生徒同士の交流が終わり、授業が早々に開始された。と言っても、最初はオリエンテーション。履修科目、訓練、試験がどういった内容で行われるかの説明である。


 試験は、季毎に行われる。そのために必須の履修科目はあるが、その中でも自らの適性にあった科目も選ぶことが可能だ。


「エマは、なにを選ぶ?」

「えっ……と、『星学』は受けようと思ってるけど、他は特に……」

「ふーん。じゃあ、僕も星学を受けよ。でさ、『魔杖製作』も受けよ? 後は、特にやりたいことがないなら、適当に僕が見繕っとくから一緒に受けよう。友達だもんね」

「……う、うん」


 友達。なにやら、もの凄い十字架を背負わされたような気がするのは、決してエマの気のせいではないだろう。


 一方で、ヘーゼンは彼女のことなど毛ほども考慮せず、自身の受けたい科目を選んでいく。まずは、魔杖製作を中心に、魔法の実学を学べる科目を取って行く。


 魔杖まじょう。入学試験までにたびたびその効果を見たが、素晴らしく感動できる法具であった。特に、無詠唱で魔法を放てるという概念は、ヘーゼンにとっては衝撃だった。


 どうやら、枝に施されている特殊な刻印が作用しているらしいのだが、その製造過程は極秘。魔杖工の師から伝授される、一子相伝の技術である。


 その適性を見極めるため、このエマ学院には魔杖工の師が派遣される。魔杖工は貴族にとっては、取るに足らない役職だが、平民には憧れの就職先だ。この学院は平民の優秀者が多いので、弟子を選ぶのには最適な場だ。


 その際、特殊な紙で契約を行い、情報を他に流さないという契約を結ばされるそうだ(いわゆる契約魔法のようなものだとヘーゼンは分析する)。そうした契約の縛りで、魔杖工という職業の独占権益は守られている。


 この大陸での魔法には、魔杖の質が大きく関わる。なので、より高性能な魔法を扱うためには、より高性能な魔杖を高額で買うか、自ら製作するしかない。


 もちろん、高価な魔杖は平民には手が出ないほどの代物なので、魔杖製作の技術を学びたいということもある。だが、それ以上に至高の魔法開発のため、魔杖製作にこだわってみたいという想いがある。


「ね、ねぇ、ヘーゼン。私、一緒に受けたい科目があるんだけど」

「ん? ああ、別にいいよ」


 エマの提案に、ヘーゼンは簡単に頷く。友達関係はいわば対等な関係。自分が受けたい科目を彼女が受ける代わりに、彼女の受けたい科目も自分が受ける。


「ありがと。じゃあ、道徳を学びましょう」

「ど、道徳? それって、戦闘に役立つの?」

「人生に役立つの! へ、ヘーゼン。友達として忠告するんだけど、君にとって、一番足りてないと思う」

「……そう。君がそう言うなら別にいいよ」

「ほ、本当に!?」

「ああ、当たり前じゃないか。僕たちは友達じゃないか」

「……うん!」


 エマが満足している様子を見て、ヘーゼンは胸を撫で下ろす。できれば、魔杖製作以外は戦闘能力を向上させる教科を選びたかったが、学校には少なからず興味のない学問や、くだらないイベントがつきものだ。


 それは、若者の精神的成長にとっては必要なのかもしれない。しかし、精神年齢がすでに180歳越えのヘーゼンにとっては、ゴミ以外の何者でもない。


















 ヘーゼンは密かに道徳の時間=内職と認識した。

 

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