不能


「……」

「……」


「「「「「……」」」」」


          ・・・


「ん?」


 ヘーゼンは、思わず聞き返した。


「あの……だから、0ギリです」

「もしかして、壊れてるのじゃないか?」

「……いえ、ほら」


 職員の男は自ら魔杖を握って、差し出す。杖の先端には、何やら数値めいた文様が刻まれていていた。ヘーゼンには読めないが、35ギリと書かれているらしい。


「ふむ……もう一回やらせてもらえるかな?」

「ど、どうぞ」

「くっ……ぐぎぎぎぎぎぎぎぎっ」


 今度は、凄く力を入れて、いろいろ込めた。魔杖に集中しすぎて、『おいおい、それじゃ戦えないだろう』と周囲に思われるほど、外聞を気にするべくもなく、十分すぎるほど、いろいろと念じた。


「はぁ……はぁ……ど、どうだ?」

「0ギリです」


          ・・・


「……あは、あははははははははははははははははは、はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」


 受付の女が、高らかに笑う。そら、見たことかと。私の見る目はまったく間違ってなかったんだと誇らしげに、嘲笑う。しかし、そんな彼女など、まったく無視して、ヘーゼンはしばし考え込む。


「……うーむ。ことわりが異なるのか。いや、それとも魔力野ゲートからの放出とは違うのか」

「なに負け惜しみを言っているの!? あ・な・たは! ただの無能! ただ魔法が使えないだけなのよ! いい加減、田舎帰って家業の手伝いでもしてなさい!」

「違う。僕は魔法使いだ。ここでの魔法使用の方法と合っていないだけで」

「なら! 今、ここで魔法を使ってみなさいよ!」

「……それはできない」

「はっ! 負け惜しみもここまで来ると滑稽ね!」

「契約魔法だよ。かつて使用した魔法を禁じた。ここで魔法を学ぶために」

「……ヘーゼンとやら」


 2人の言い合いに、ギルドマスターのジルザクトが横やりを入れる。


「確かにワシの見立てでは、お主には並々ならぬものを感じる。しかし、事実として、魔力測定用の魔杖はなにも示さなかった。そして、お主が使えると主張する魔法も、ワシらが存在も知らぬ契約魔法とやらで使えぬと言う」


 落ち着いて、客観的な意見を述べられたヘーゼンは、さすがに表情を歪めた。


「……契約魔法もない、か。確かに、あなたの言う通りだな。この場は潔く引き下がるとしようか」


 ヘーゼンはそう答え、身を翻して帰ろうとする。しかし、そこに立ち塞がるのは受付の女。黒髪の男に味合わされた恥辱を、今まさに晴らさんとする。


「ちょっと待ちなさいよ! 私には、謝らないの!? 無能呼ばわりしておいて、謝罪の一言もないの!?」

「なぜ? それは事実じゃないか」

「事実じゃない! 私の言った通り、あなたが無能だったことが事実だったじゃない!」

「僕は無能じゃない。君は無能だ。それだけじゃなく性格も悪い」

「くっ……な、なんですって?」

「だが個人がどう思うかなど、所詮は主感。別に僕は無能である君に、どう思われようがどうでもいい。だから、君は僕に謝らなくてもいい。その代わり、僕は君に謝らない。絶対に」

「……っ」


  受付の女は愕然とした。目の前の男は、自分の非を全然認めない。どころか、性格が悪い呼ばわりされた。つい、先日彼女を捨てた歳下の彼と全く同じ台詞を、ヘーゼンという男は吐き捨てたのだ。


「ゆ、許さない! 絶対に……」

「この程度のことで、そんなに怒れる君が羨ましいよ。さぞ、甘ったるいミルクのような日々を過ごしてきたのだろうな。今の生活を大事にして、のうのうと生きていくのがいいよ」

「……っ」


 ワナワナと小刻みに震える女を尻目に、ヘーゼンは歩き出す。客観的には無能だが、明らかに強者の様相を漂わせながら。



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