1-3 秘密と秘密

今、僕たちはカレーを作る為の食材などを買って、宿屋に帰っている途中。


しかし、僕たちは歩いていない。


何故、歩いていないのかというのは、今から起きる話で想像出来ると思う。


「おい、お前ら何やってんの?」


「この声は音無か」とその人は振り向きざまに言ってきた。


そう、今僕が話しかけた人は、僕と同じくこの世界に召喚された勇者の1人である神童だ。


話しかけた人が神童なだけであって、他の勇者である丹波、河上さんも一緒にいた。


「『この声は音無か』じゃないから、僕は何をやってんのって聞いてんの」


「何もしてないよ。唯、奴隷のくせに俺の前を通ったから、お仕置きしてるだけだよ」


「……ん? どうした、ナフタリア?」


ナフタリアが僕の服の裾を掴んで来たから、どうしたんだと思って聞いた。


「あのこ、わたしといっしょ。しずく、たすけてあげて」


「うん。わかってるよ」


僕はナフタリアの頭を撫でて、神童たちに向き直る。


「お前らってさ、こういう人たちだったんだ。失望したよ。まさか、河上さんまでもがこんな事をしてるなんてな。」


「ち、違うの、音無くん! この子は「何だ? この子は奴隷だから、人権は無いとかそんな事を言いたいのか?」


僕は河上さんの言葉を遮って言った。


「それは……」


河上さんは僕の言ったことに反論する事が出来なかった。


何故反論する事が出来なかったのかというと、言おうとした事が、僕に言われたからだろう。


僕は話にならないと思ったから、目の前にいる少女に歩み寄り、「もう大丈夫だから」と言って、手を繋いで連れて行こうとした。


だが、神童たちはそれを許さなかった。


「音無、その子は奴隷だ。人権は無い。俺たちが何をしようと罪にはならない。だから、その子を俺たちに渡せ」


「嫌だね。奴隷だからとか言う人に僕は従いたくないね。例え、それが勇者だったとしても」


僕は神童に冷たい目を向けてそう言った。


「早く渡せよ。その子は目が見えないんだから、俺たちが何しても、その子には誰がしたのかなんて分からない。それに、音無だって奴隷を買ったんだろ?」


「それがどうしたんだ? 僕には仲間がいない。だからナフタリアを買った。それだけの事だ。僕は別にナフタリアが嫌がるような事をする為に買ったわけじゃない。唯、僕はナフタリアと一緒に居たいって思ったから、買っただけだ。もう話す事は何もない。早く帰って、僕はカレーを作るんだ」


そう言って、ナフタリアと奴隷の少女を連れて、宿屋に帰る為に歩き出す。


「おい、待てよ」


僕は振り向かずに歩いていく。


「待てよ」


僕は歩いていく。


「待てって言ってるだろ。チッ、【ライト・オブ・セイバー】」


敵意もない相手に舌打ちして《スキル》を撃つとかどんな神経してるんだろうか。


「やめてください」


そう少女が言った瞬間、神童が放った閃光の斬撃は消された。


消されたという表現より、消えたという表現の方がいいだろうか。


少女があの斬撃を消したのだろうけど、どう消したのかは分からない。


「逃げるよ、ナフタリア」


そう言って、逃げようとしたのだけど、少女は逃げようとしなかった。


「何をやってるんだ。君も逃げるんだよ」


「私なんかが、あなたみたいな優しい人と一緒に居てもいいのでしょうか?」


「いいに決まってるだろ、だから逃げるよ」


「はい」


こうして、僕たちは神童たちから逃げたんだけど、その神童たちは僕たちを追いかけては来なかった。



「ツクヨ、ちょっと待っててね」


ツクヨというのは、さっき助けた少女の名前。


僕はツクヨに【癒光】を使った。


僕とツクヨは光に包まれ、その光が全て消えた頃、口を開いた。


「もう、目を開けてもいいよ」


「はい」


ツクヨは瞼を少しずつ左目だけを開け、その左目は、見惚れてしまうくらい綺麗な銀色をしていたけど、右目だけは開けようとしなかった。


「見えるか?」


「はい、見えます」


見えているのかを確認してから、「どうして右目は開けないんだ?」と聞いた。


「見せたくないんです」


「そうか。見せたくなかったら、見せなくていいよ。先に体を洗っておいて。汚れてるだろ? 僕は昼ご飯を作るから」


この世界に来たのは昼頃で、そしてナフタリアと出会って、【癒光】を使って、魔力を使い過ぎて、気を失ってしまって、朝方に起きて、現在に至るから、もう1日くらい何も食べていない事になる。


流石に僕もお腹を空いているし、ナフタリアも空いているだろう。


「分かりました」


僕はこの部屋にあるバスルームに連れて行った。


本来の宿屋には、バスルームなんて付いていないけど、僕が泊まっている宿屋にはある。


それに料理器具も、コンロも充実している。


その分、値段は高いけどね。


さてと、カレーを作ろうか。


カレーはもう作り慣れてるから、僕にとっては朝飯前だ。


別に本格的なカレーを作ろうとは思っていない。


僕が作ろうとしているのは、家カレーだ。


そもそも、僕は家カレーの方が好きなんだよ。


……どうでもいいって?


まぁまぁ、そんな事言わないで欲しい。


悲しくなるから。


そう思っている間にも、食材の下ごしらえは終わった。


我ながら、早いと思う。


両親が死んでから、僕が料理を作るようになったんだけど、優香が早くご飯作れよ! とか急かしてくるから、知らない内に早くなってしまった。


優香っていうのは、妹ね。


優香は僕とは正反対の性格で言いたいことはビシッと言うタイプでね。


よく、優香にキモいとか、ウザイとか言われたんだよね。


はははっ。


それも、今となってはいい思い出だな。


……あれ?


優香、ご飯どうするんだろう。


僕が居なきゃ生活出来ない優香は、これから生活していく事が出来るんだろうか。


まぁ、どうでもいいや。


優香は、いつも何とかして来たしな。


「しずく、つくよどうするの?」


「そうだなぁ。一緒に居たいのはやまやまなんだけど、それはツクヨが決める事だから、僕が決める事じゃないよ」


「そうなんだ」


なんかちょっと寂しそう。


でも、もしツクヨと一緒に住むとなると、お金が圧倒的に足りなくなってしまう。


今、僕の手持ちは金貨9枚。


この世界のお金を日本円にすると、金貨1枚は10000円、聖銀貨1枚は1000円、銀貨は100円、銅貨は10円、木貨は1円くらいだと僕は推測している。


食材と、ナフタリアの服を買ったら金貨1枚使い切ってしまった。


だから、近い内にどうにかしてお金を稼がなければならない。


あれ? ちょっと待って。


……服?


あ、ツクヨの服ない。


すっかり忘れてた。


ナフタリアの服は、大きさが合わないし、また買うのか?


服を買うのはいいんだけどさ、下着とかめっちゃ買いにくいんだよね。


「あの、しずくさん。」


「早かったな。あー、でもちょうどいいか。昼ご飯も今出来上がった所だ」


「いえ、そういうのを待ってるんじゃないんです。私、何を着たらいいのでしょうか?」


うん!知ってた!


聞かれるの知ってた!


「今は、これを着ていてくれ。」


僕は血液がべったり付いたカッターシャツを脱いで、渡した。


「これですか? 」


「ごめんよ。ナフタリアの分の服しかないんだ」


「いえ、大丈夫です。」


そこで、気付いた。


ナフタリアが、僕をジーッと見ていたことに。


あれ?


僕、何かしたっけ。


「あの、ナフタリアさん? 僕何かしましたっけ?」


「ううん。べつになにもない。ただ、わたしのときははだかのままだった。」


ぐっ。


根に持っていたとは。


「仕方が無かったんだよ。だって、あの時ナフタリア、僕の言う事何も聞いてくれなかったじゃん。僕に体を洗わせた癖に何を言ってるんだよ。もし、あの時自分で洗ってたら、僕はその間に服を買いに行けたんだよ」


どうだ。


これは、僕が悪いわけじゃないはずだ。


「それは、むかしのわたしがしたこと。いまのわたしにはかんけいない」


「へぇ。じゃあ、ナフタリアを裸のままにしたのは、昔の僕だから、今の僕は悪くないな」


僕とナフタリアが言い争っていたら、ツクヨはクスクスと笑い出した。


「二人は仲がいいんですね。私と主人との関係とは全然違う。しずくさんとナフタリアさんの関係は奴隷と主人とのそれではない。私はそれを羨ましいと思ってしまいます」


「仲がいいんだ、僕たちって。自分では仲がいいとか悪いとか全然分からないんだよね。それに、会ってまだ1日しか経っていないし」


「え?」


「え?」


「嘘でしょ? 流石にそれは嘘だと分かります」


「いや、嘘じゃないよ。な、ナフタリア」


「うん。それはじじつ」


「……そうなんですか。なら、私もしずくさんの奴隷だったら、ナフタリアさんみたいに仲良くなってたのかなぁ」


「さぁ、それは分からないけど、仲良くはなれたんじゃないか? 本当の意味では仲良くはなれないと思うけど」


「ですよね。……私みたいな人が、こんなに優しい人と仲良くなれるわけないですよね。分かっています。私の事を教えても逃げられるだけ、黙っていても、いずれバレて逃げられるんです」


「おーい、ツクヨ。僕はそこまで言ってないぞ。別に僕はツクヨから逃げたりなんかしないから、それだけは安心して。それに、僕だって言いたくない事なんて山程ある。だからさ、ツクヨ、言いたくない事があっても気にするなよ。確かに秘密を共有する事が出来たなら、もっと仲良くはなれると思うけどさ」


「……じゃ、じゃあ、私の言いたくない事言ったら、しずくさんの事も教えてくださいね」


「分かった、いいよ」


「あのね、私の右目は魔眼なの。私を中心とする半径5メートル圏内に入った魔力を使った攻撃を完全封殺出来たり、この世の全ての生物を操れたり出来るの。そして、何より人間の言っている事が嘘か真か判断する事が出来る。ね、不気味でしょ。こんな事聞いたら、さすがのしずくさんも私から逃げるよね」


ツクヨは、右目の魔眼を徐々に開きながら言った。


「僕は綺麗だと思うよ。左目と対照の色である金色の魔眼。それに、魔眼の力でさっき僕たちは救われた。だから僕たちは君から逃げたりなんかしない。逃げる意味がそもそもないし」


「本当に、逃げないの?」


「うん。分かってるんだろ? 僕たちは嘘なんかついてないって」


「はい」


「じゃあ次は僕が話す番か。僕は、この世界に召喚された勇者なんだ。ちなみにさっきツクヨを虐めてた人も勇者。あの3人は、優秀で王様にも頼られていた。でも、僕は治癒術師だから、ありふれた治癒術師だからハズレ勇者だと言われた。だから、王様に喧嘩を売ってやったんだ。『王様。僕はハズレ勇者なんかではありません。治癒術師は最強の職業です。それを僕が証明してあげましょう。まぁ、証明する事が出来ても、僕はこの世界は救いませんし、あなた達に手を貸すつもりもありません。ハッキリ言って、僕はあなたが嫌いです。』てな。それに、僕だって不気味だと思うぞ。だって、どんな傷でも【再生】してしまうんだから」


「わ、私はしずくさんがハズレ勇者だとは思いません。私にとっては、最高の勇者です」


「そうか? そう言ってくれて嬉しいよ」


「はい」


「じゃあ、早く食べよう」


そう言って、器にご飯とカレーのルーを入れて、卓に置いた。


「これは?」


「かれーだよ。わたしは、きょうはじめてたべる」


「かれー? 聞いた事がないです」


「まぁまぁ、食べてみろよ」


ナフタリアとツクヨは、何も言わずに食べようとしたので、止めた。


「ちょっと、待て待て。食べる前に手を合わせて、いただきますって言わなきゃ」


「「……いただきます?」」


何で疑問系なんだろう。


少女たちは、スプーンを持って、カレーを掬って、口に運んで食べた。


「どうだ? 美味しいか?」


「うん。こんなにおいしいのたべたことない」


「そりゃ、良かった。で、ツクヨはどうだ?」


「美味しいです。それに、温かいです。」


「ん? 主人といた時のご飯は冷たかったのか?」


僕は、疑問に思って聞いてみた。


「それもありますが、愛情がこもって無かったんです。」


「そうなのか。 ……なら、ツクヨ。僕たちとずっと一緒にいないか? 」


「いいのでしょうか? まだ私には主人の奴隷刻印が残ってるんですが」


「……それって消せるのか?」


「消せはしませんが、主人を変える事は出来るはずです」


「そうか、それなら良かった。ツクヨ、お前は僕の奴隷となれ!」


「はい、喜んで」


ツクヨは泣き笑い、ナフタリアは僕を睨み、僕はツクヨと笑う。















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