真冬の空の下で

 弊社にやってくる外国人労働者達は皆、インターネットの使用が禁止されている。

 失踪ブローカーという集団がいるらしく、彼らと連絡を取らせないためである。失踪ブローカーとはその名の通り労働者の失踪を手助けする集団だ。


 私に言わせれば失踪する労働者は日本に来る前から「失踪しよう」という決意をしているので、来日後にインターネット使用禁止令を敷いたとしても何の意味もないのだ。



 ある冬の日、ひとりの若いベトナム人女性労働者がスマホを片手にコンビニエンスストアの前を歩いていた。そこを上司に目撃された。次の日、彼女は会社で叱責された。

 なぜか。


「お前、昨日インターネット使っただろ」


 コンビニエンスストアのWi-Fiを使用したとの嫌疑をかけられたのである。スマホを持って歩いただけで。


 彼女は必死に弁明しようとしたが、「それは言い訳だ。嘘をつくな」と上司から有罪判決が下された。次に、スマホを持って外を歩いてしまったことを詫びたが、「そういうことで怒ってるんじゃない」と上司から一蹴された。それでも謝り続ける彼女。ついに上司が「もう出て行け」と吐き捨てた。


 彼女は「はい、分かりました」と、肩を落として寮に戻った。


 それから数分後、大きな荷物を抱えて寮を出て行く彼女、となぜか中国人労働者。二人を追いかける私。この時点ですでに午後10時を過ぎていた。


「ねえ、どこ行くの? 寮に戻りましょう」


「出て行けと言われました」


 泣きじゃくりながら答える彼女。とは言え、もちろん行く当てはない。


「それで、あなたは怒られてないのに何で一緒に出てきたの?」


「もう夜です。女の人だけ、外は危ないです」


 かっこいい中国人。泣きたくなる日本人。すでに泣いているベトナム人。誰か警察に通報してくれと願う日本人。そうすれば上司が警察から厳重注意されて少しは労働環境が改善されるかもしれないと期待する日本人。いやむしろ上司の怒りが爆発して余計面倒くさいことになるだろうと思い直して落胆する日本人――


 結局、風邪を引いたらよくないからと、何とか宥めてその日は二人を寮に帰らせた。

 次の日から彼女は謝罪を再開したが、上司に無視され続けた。無視は一週間続いた。一週間後、突然上司の怒りは消えた。単に無視するのが面倒くさくなっただけだと思われる。というか、怒りの発端も上司の虫の居所が悪かっただけとしか思えない。


 ちなみに謝罪の言葉であるが、何が正解だったかというと「インターネットを使ってすみません。もう二度とインターネットを使いません」だそうだ。

 犯してもいない罪は認められるはずもないのに。


 よく、日本人は勤勉で辛抱強くて真面目、ベトナム人は陽気で明るいが飽き性でいい加減、などという「お国柄」で表現されることがある。

 果たしてそうだろうか。

 少なくとも、私が知っているベトナム人は大体が辛抱強い。理不尽な上司に対して一週間頭を下げ続けられる程に。

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リーガル人身売買 ツカサ @tsukki0922

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