第13話

 いつの間にか、日が傾き始めている。


『それで、蒼太くんには本当に謝らなきゃいけない。

 私、蒼太くんに助けてもらっても、結局死ぬ運命だったの。

 本当にごめんなさい……』


「……!」



 嘘……だろ……?

 じゃあ俺は、何のために戻って来たんだ?

 玲奈を助けたことは、無駄だったのか……?



『でも、あなたが私を助けてくれたことは無駄なことじゃないの』


 俺の問いかけに答えるような文章に、はっとした。


『私、今まで自分を苦しめてきたこの能力で見た通りに死ぬのは嫌だった。

 最後ぐらい、自分の運命に逆らってみたかった。

 本当は、死にたいっていう気持ちも前から少しあったの。

 だから、自分で終わらせたかった。

 でも、蒼太くんに止めてもらえて、やっぱり死にたくないって思った。

 あなたが、大切に想ってくれる人がいるってことに気がついたから。

 残された時間をちゃんと生きよう、って。

 あなたのおかげでそう思えるようになったんだよ』


「……」


『だから……、ありがとう』


 その部分の文字が、1粒の雫でにじんでいた。


『死ぬのは怖いけれど、この未来が変えられないことはわかってるから。

 逃げたって、ちょっと時間がずれるぐらいだろうから。

 今図書館で借りてる本、明日が返却日だしね(笑)。

 だから、自分の運命をちゃんと受け入れます。


 学校で、話し相手になってくれてありがとう。

 傷んでた私の心を助けてくれてありがとう。

 好きになってくれてありがとう。

 あなたと過ごした時間は、とても幸せでした。

 蒼太くんも、そう思っていてくれたらうれしいな。

 でも、私がいなくなっても、蒼太くんには前を向いていてほしい。

 私のせいで、ずっと後ろを向いていないでほしい。

 だけど、たまには振り返ってほしいかな、なんて。

 私のことなんか忘れてね、って言えたらいいんだけどね。

 それじゃあ、寂しすぎるから。


 さよなら。ずっと愛しています』



 お前がいないのに、前を向け、って……。

 無理だよ……。

 俺が玲奈の綺麗な字を見つめながら、人目もはばからずに泣いていると。



 ――あなたなら大丈夫。頑張っていける――



 どこからか、玲奈のあの優しい声が、風に乗って聞こえてきた気がした。


「……ああ、ずっとこのままじゃあ、だめだよな……」


 でも、今日だけは。

 もう少しだけ、泣かせてください。

 まだ、受け止めるには時間がかかるけれど。

 ちゃんと前に進むために、強くなるから。

 だから、そこで見守っていてほしい――。



 夕日が川の水面をオレンジ色に光らせ、やがて沈んでいった。

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