第5話 『大きな橋』

 ふと気付くと小道を歩いていた。

 右を見ると垣根があって、左を見ると川があった。

 川に沿って柳の木が立ち並び、柳と垣根はずっと先まで続いていた。

 ちょっと背伸びして垣根の向こうを見ると昭和の町並みと言った雰囲気の町が広がっていた。


 なんでここにいるんだっけな?


 ぼんやりとそう思いながら道を歩いていくと、先の方に大きな橋が見えてきた。

 江戸時代にあるような木で出来た橋だ。

 全体的に夕闇ぐらいの明るさの中、その橋は何故か遠目でもはっきりと見えた。

 そのまま橋の方に歩いていくと、ぱっと見普通の橋かと思ったそれは近づくにつれ、信じられないぐらい大きな橋だと言う事に気付く。

 更に近づくとこちらから見て右側にある町から橋に向かって大勢の人が移動しているのが見えた。


 ぞろぞろと何百人? いや、これは何千? もっとかな?


 途切れる事の無い人の行列が橋へと向かっている。

 本来だとこんな光景おかしいと思うのだが、何故か大して気にならず『橋を渡らないとな~』って考えが頭の中にあった。

 橋の入り口に近づくと何万、いや何十万だろうか、余りにも凄い人の列に『これは多いな』とその場に思わず立ち止まってしまった。

 延々と続く橋を渡る人を見ていると、ふと左の方に川辺へ降りれる道があったのでそちらへ降りてみる事にした。

 そこには随分汚い掘っ建て小屋があった。

 そして同じく小汚い婆さんが節くれた木の根元に座っていて、そのすぐ近くで人が3~4人乗れるぐらいの船が出ている。

 こちらが近づくと婆さんが声をかけてきた。


「乗り賃は72円だよ」


 72円? えらい安いなと思いながらポケットを漁ると幾ばくかの小銭が出てくる。

 額はそこそこあって十分足りそうだ。

 だが何故か、


「もうちょいまけてくれ」


 と、婆さんに口走ってしまった。 


「これだけはまからん」


 と婆さんが強い口調で言ってくるが、再度、


「いいからまけてくれよ」


 と、交渉するものの、婆さんから金が無いならあっちに行けと追い払われた。

 『ちぇっ』と舌打ちしながら元来た道に戻る。

 橋の入り口に戻ると、先程までぞろぞろと列を成して歩いていた人々がいつの間にか駆け足で橋の向こう側へ『殺到』していた。

 表情は別段普通なのだが、皆何故か全力で走ってる。

 よく見ると橋の幅は100mぐらいあるのだが、それを人の波が埋め尽くし、『どどどどど!!』と全力で走って行く光景は凄すぎて、暫く眺めていた。


 ……これ、途中でもし転んだらグチャグチャに踏み潰されるんじゃないかな?


 と思いながら視線を橋の向こう側、皆が渡る先に向けると、かなり長い橋なのか向こう側はぼんやりとしか見えない。

 とりあえず大きな山だけうっすらと見えたが暗くて詳しくは分からなかった。

 山の下の方に微かに石で出来たかのような建物がちらほらと見えるぐらいだ。

 視線を橋の入り口に戻すとやはり人々が全力ダッシュで駆け抜けて行く姿が映る。

 どうしようかな~と悩みながらぼーっと橋に行く人を見ていたら、ふとおかしな事に気付いた。

 よく見ると色んな人種が居るのだが、その中の一人、外人さんの格好がどうもおかしい。

 どう見ても兵士と言うのがぴったりな格好だ。

 別に兵士の服装をしていても問題ないんだけど、問題はその兵士姿をした人の右肩がばっくりと裂けている事だ。

 血もどくどく流れているのに、本人は気にせず全力ダッシュで橋へ駆けて行く。

 なんだ、ありゃ? と思って他もよく観察してみると、ちょこちょこ同じような人が居た。

 それまで目に留まらなかったが、明らかに大怪我としか思えない人達が列に混じっている。

 半身を火傷で黒こげにした人、ハラワタを引きずりながら行く人、頭が半分吹き飛んでいる人……どれも確実に動けないと言うか、頭が吹き飛んでる人に関しては何で動けるのか分からない程の重症だ。

 しかし皆怪我なんてしてないかのように全力で橋を駆けて行く。

 一つ共通点があったのが、皆何故か少しだけ笑っているのだ。

  そんな光景に不思議に思いながらも、向こうに何があるんだろうと、他の人にぶつからないように橋へ身を乗り出して橋の向こうを眺めると何故か『早く渡らなきゃ……』って考えが急に頭の中で一杯になる。

 なんと表現するのが良いのだろうか? とにかく向こうは安心できると言うか、渡らないといけないって強迫観念みたいな感じで、渡るのが正しくて最も安心するみたいなそんな思考で満ち溢れる。

 さっきまでは危ないとか多いなとか思ってたけど、急にどうでもよくなってとにかく渡らないと、とふらふらと橋へ向かう。


 早く渡らないと……


 この一点だけの思考になって駆け出そうとしたその時、突然、誰かに肩を掴まれ止められる。


「おい!」


「え?」


 後ろを振り向くと同年代ぐらいだろうか? 一人の男がこちらの肩を掴んでいた。


「なんでお前いるんだよ!」


 確認? 焦り? 怒り? よく分からないが男は凄い剣幕でこちらに言い寄ってくる。

 ただ、こいつ……どこかで会ったような?


「ああ、お前、宮内じゃないか!」


「思い出したか、こいつめ! 久しぶりだな」


 この男を知っている。

 こいつは高校の時の同級生だ。

 宮内とは仲が良くてよく一緒に遊んでた。


「お前なんでここにいるんだよ?」


 宮内がもう一度同じ質問をしてきた。


「いや、知らないけどいつの間にか、な?」


 宮内は『そうか』と言うと、いきなりこちらの手を掴むと橋と逆の方へ引っ張り出す。


「いや? 橋を渡らないと?」


「お前は


 宮内はそう言ってこちらをどんどん引っ張る。

 宮内に引っ張られて、橋から結構離れた所で『早く渡らなきゃ』って脅迫観念が薄れた。

 そこら辺で宮内がこちらの手を離し、二人で話しながら並んで歩き出す。


「しかし、懐かしいな。宮内とは随分会ってなかったな。

 ……うん? 何か宮内の事すごい久しぶりに感じるな?」


「……はは、サバゲーやった時以来だからな」


 そんな会話をしながら橋と逆方向に歩いていく。

 気のせいか橋から離れる程に辺りが暗くなっていくようだ。


「そう言やお前に貸したあのエアガン、まだ返してもらってないぞ?」


 宮内にそう言われて、確かに借りっ放しだったのを思い出す。


「ああ、すまんすまん。今度返しに行くよ。お前ん家って変わってないよな?」


 宮内は『ああ』っと答えると、少しだけ歩みを遅める。

 周りの景色が更に暗くなる。

 例えるなら途中から電灯の無い田舎道のような感じだ。


「……なぁ、今度久しぶりに遊ぼうや」


 宮内は屈託無く笑いながら、


「ああ、今度来いよ。ちゃんとエアガン持ってな」 


 宮内のこの笑顔は好きだった。

 学生時代ある程度やらかしても最後はこの笑顔で皆許してたな。ずるい話だ。

 気付くと宮内は完全にこちらの少し後ろにいる状態になっていた。


「おい、宮内?」


 後ろを振り返ろうと思ったら、突然『とん』と押された。


(……またな)


 最後にそんな宮内の声を聞いた……気がした。




 気がつくと知らない部屋だった。

 何故か全身が痛い。

 体を動かそうとすると、色んなチューブがついている事に気付く。

 視線だけ動かして周りを確認すると、病院のようだ。

 扉が開いて誰かが入ってくる。母だ。

 声を出そうとしたら上手く声が出せず『うぅ……』と言う感じの声が出た。

 母がびっくりしてこちらに駆け寄る。

 それからは先生が来たりと一気に騒がしくなった。



 話を聞くとこちらは交通事故にあったそうだ。

 本当に危なかったそうで、助かったのは奇跡だったと先生から聞かされた。

 事故前の記憶は曖昧だったが、回復していくと少しずつ思い出したきた。

 大分回復した所で宮内の事を思い出した。

 夢にあいつが出てくるとか何か恥ずかしかったが、何だか猛烈に会いたくなって、母に夢で見た宮内の話をしてみた。

 夢の内容を言うと母は最初『三途の川みたいやね? 渡ってたら危なかったね』と冗談混じりに言ってくれたのだが、宮内の話になると、急に怪訝な表情を浮かべた。

 『ん?』と思ったが、こちらは続けて、


「治ったらあいつん家行って借りた物を返さなきゃな。

 久しぶりに会いたいし」


 と笑うと、母はなんと言うか遠まわしと言うか、遠慮しながらと言うか、


「宮内君って、あの亡くなった子? 確か卒業後暫くして事故で……」

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異聞集 うぃーど君 @samurai-busi

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