五頁:午前0時の死闘

 午前〇時丁度。正太郎とエリカは、上谷区立図書館を訪れていた。

 老朽化が進んで建て直しが決まっている図書館の内部は、一階から三階まで吹き抜けの構造になっているせいか、深更の闇を吸い込んで一層物悲しく朽ち果てて見えた。

 まばらに本棚へ取り残された本達は、背表紙がすり切れたり破れたりしており、捨てられる事を覚悟したかのように項垂うなだれて見える。


「この辺で一番大きい図書館ですよね。ここにワードが?」

「ある意味、お前の親の仇かもな」


 ――やっぱりそうだ。


 エリカが炎を起こした際に必ず見た青いドレスを着たお姫様がワードなのだ。


「あの時の……」


 エリカのグリムハンズ能力が暴走した時、あのワードを仕留める事は叶わなかった。

 死の亡霊は、十二年生き延びて沙月エリカと四度目の邂逅かいこうを果たす。

 ならば仕留めるしかない。

 大切な人々を奪った元凶の一つを今度こそ、確実に徹底的に焼き尽くして――。


「エリカ落ち着んだ」

「先生……」


 正太郎の声が沸き上がる復讐の熱を冷ましてくれる。


「冷静に戦わないと死ぬぞ。何年も仕留められずにいたから、かなり強力になってる。自分の力で顕現けんげんしかけてるんだ」

「顕現ってどういう意味?」

「ワードは、発生してすぐ現世に影響力を持つわけじゃない。最初は、かすみみたいなおぼろげな存在でグリムハンズ以外だと視認する事すら難しい」

「じゃあどうやって、顕現するの?」

「発生源となった物語になぞらえた事件を起こしたり、いわゆる第六感の優れた人間に幽霊みたいな状態で目撃されたり、都市伝説だったり。様々な形で人間に認知される程、力を増して現実への影響力を強めていく」

「そんなのどう倒すんですか?」

「わざと強制的に顕現させる。あくまで一時的にな」

「方法は?」


 エリカが首を傾げると、正太郎は近くにあった本棚から無作為に文庫本を抜き取ってページを開いた。

 本のタイトルはグリム童話全集で、開いたページは茨姫の冒頭である。


「そのワードがどの物語のどんな単語や一節かを推測し、言い当ててやる。そうすると俺達の認知と認識によって一時的に実体を持って顕現する。この場合は、他者によって強制的に顕現させられる影響で力と存在が不安定になるんだ」

「不安定な所をグリムハンズで仕留める?」

「そういう事だ。だが何度もチャンスがある訳じゃない」

「どうして?」

「俺達、つまり少人数の認知と認識とは言え、何度も顕現させたら存在が安定しちまう。このワードは、既に四回も仕留め損なわれている。相当力を付けてるはずだ」


 もちろん逃がすつもりはない。

 今日この場で確実に仕留めたい。

 しかし戦場は、図書館。炎を扱うエリカとの相性は、最悪である。


「ここで力を使ったら本を燃やしちゃうんじゃ?」

「まぁな。だから外に誘き出すんだよ」

「先生が?」

「任せな」


 頷きながら正太郎が朱色のジャケットの右ポケットから取り出したのは、特殊警棒である。

 ネットで買える程度の獲物の登場に、エリカの困惑は深まった。


「警棒?」

「俺のグリムハンズは、攻撃力が皆無に等しいんだよ」

「どんな能力なの?」

茨姫リトルブライアローズ。日本では茨姫ってより、眠れる森の美女って言った方が通りがいいかね。能力は、イバラの棘に触れた相手を眠らせる事が出来る。相手が象やクジラでもな」


 イバラをどのように扱うかは分からないが、数滴の血で腕を覆うほどのイバラが発生していた。

 殺傷能力はないかもしれないが、クジラすら眠らせるイバラを血の量に応じて大量に発生させるなら、かなり強力なグリムハンズに思える。


「強そうですけど……」


 エリカが疑問を呈すると、正太郎は困ったような笑みを浮かべた。


「眠らせるだけで殺傷力ねぇんだよ。それに敵が強力になりすぎて麻酔の効果も薄い。もはや象やクジラなんて比にならない代謝能力だ。眠らせてもコンマ秒か、それ以下で目を覚ましちまう」


 象やクジラを超越する。その言葉にエリカの不安が増大した。

 以前は暴発だったとは言え、エリカのグリムハンズで倒し切れなかった相手。

 扱い方を知った今なら、通用するという保証はない。

 もしも通用しなければ、どう戦えばいいのか。その手段を正太郎に問おうとした時、天井付近の大気にガラスのような冷たい気配が広がった。


 気配の中心点を見やると空間の一部分だけが歪み、捩じれ、人型を成す。やがてそれは、青いドレスを着た女性の姿に変じた。

 彼女の背後の景色が透けて見えている。まるで霞のようなおぼろでありながら、その異形はエリカを圧倒していた。


 面立ちには腐り落ちた肉塊に埋め込まれた蟲達が蠱毒こどくのようにうごめいており、青いドレスはり切れて、不浄に煮立った赤い肉の泡が流れ落ちている。

 怪物は、エリカを見やると黒くただれた唇を嬉々としてしならせた。


「あれは……」


 幼い頃見た姿とはまるで違う。

 もっと可憐なおとぎ話のお姫様であったはずなのに。

 人の意識と認知が彼女をここまで醜悪しゅうあくに歪ませたのだろうか?

 十二年もの間、人の認識を反映し続けてきた結果がこの成れの果てなのだろうか?


「あれが先生の言うワードなんだね」

「奴は人をさらってきては、ここで殺していた。被害者は、全員子供を持つ母親だ」

「ここで? テレビとかネットじゃ失踪って?」

「正確な情報流して万が一ワードの存在が世間に露見したら人類全体が表層意識ですらワードを認識する事になる。そうなったら手が付けられない。だから政府が極秘裏に情報を操作したんだ」

「認知・認識する人間が居るだけ力は増していくか……ならなんで被害者をわざわざこんな場所で? もっと目立つ場所で殺せばいいのに」

「目立つってのは、グリムハンズの目を引くって事だ。本能的に俺らを忌避きひしてるからこそ、なるべく人目を忍んで、噂レベルから徐々に力を高めんのさ。つってもここまで顕現が進めば、その必要もねぇな。俺達の前に堂々と姿を現したのが証拠だ」


 だからこそ確実に仕留める必要がある。

 エリカがマッチ箱をブレザーのポケットから取り出すと、正太郎も特殊警棒を振るって伸ばした。


「エリカ。シンデレラって読んだ事あるか?」

「もちろん。部室の訳本も読みました」

「基本的にシンデレラは、継母にいじめられてる可哀想な女の子ってイメージだが、ちと違う書き方をされている物もある」

「母親を殺したってやつ?」

「イタリアのバジーレという詩人が書いた灰かぶり猫って話がある。これはペローとグリムにサンドリヨンや灰かぶり姫が執筆される前に書かれた物。世界的に有名なシンデレラのバリエーションの一つだ」


 正太郎は、警棒を握った右手の手首を回しながら宙を揺蕩うワードに歩み寄っていく。


「シンデレラは、父親の再婚相手にいじめられていた。苦痛に耐えかねたシンデレラは、家庭教師の女に相談するんだ。すると家庭教師の女は、言った」




『衣装箱にしまってある服を取ってほしいとお義母さんに頼みなさい』




『彼女が衣装箱を覗き込んだら、頃合いを見計らって蓋を閉めて首を折ってしまいなさい』




『そしてお父さんに先生を新しいお母さんにしてほしいと頼みなさい』




「このワードは、その展開が顕現したものだ。故に母親の首を折って殺している。被害者は、全員罪のない一般人だがな」


 正太郎は、警棒の先端をワードに向けると笑みを浮かべて呟いた。


「顕現せよ。灰かぶり猫のゼゾッラ」


 正太郎の言葉をぶつけられたワードは、金属を引き裂くような声で一鳴きすると霞のようであった像をより鮮明にした。

 背後にある物が透けて見えていない。

 それは一時的にワードが現世へと顕現した証である。


「今のがキーワードですか?」

「あれはシンデレラが母親の殺そうとした展開を模したワード。そしてゼゾッラは、灰かぶり猫の主人公の名前であり、作品の題名でもある」


 ゼゾッラのワードは、恨めしげに正太郎とエリカを睨んで唇を開く。

 そこから灰が零れて地面に落ち、黒く尖った歯が正太郎を喰らいたそうにカチカチと鳴った。


「俺達二人の認知と認識によって奴は顕現した。お前は外で待機してろ」

「先生は?」

「こっから奴を追い出す。行け」


 指示通りエリカが外に出るのを見送ってから正太郎は、左手の人差し指の付け根に犬歯を立てて噛み千切った。


「グリムハンズ! 茨姫リトルブライアローズ!」


 零れた血を絨毯じゅうたんり込むと、無数の赤黒いイバラとなって床を走り、飢えたイナゴの群れのようにワードへ迫った。

 ひるがえりながら宙に逃れるワードであったが、渦巻くイバラの追跡は音すら容易に置き去りにして標的を縛り上げる。

 正太郎は、イバラを足場に駆け上がると、身動きを封じられたワードの額に警棒を振り下した。


 グリムハンズの身体能力は、常人の数十倍以上。

 素手でも猛獣を容易く殺傷せしめる膂力りょりょくを込めた一撃は、しかしワードの牙によって阻まれた。

 ワードが顎に力を入れる。それは人で例えるなら綿あめをかじるに等しい微かな力。

 けれど警棒は無抵抗にひしゃげ、ワードの口内で無残な鉄片と成り果てた。


「チタン製の特注品だぜ。勘弁しろよ」


 正太郎が着地と同時に警棒の柄を投げ捨てると、赤黒いイバラがワードの身体を一層激しく締め付けた。

 しかし拘束をものともせずワードは宙を舞い踊り、ぬらめく牙が正太郎の喉元へと迫り、


「眠れ!」


 正太郎の一声と共にワードの動きが凍り付く。

 牙が首筋に触れる寸前であった。

 正太郎が後方に飛び退いた刹那、大量の睡眠成分を注入されたはずのワードは、イバラから逃れようともがき始めた。


「目覚めがいいこって」


 やはり眠らせて外に運び出す線は、消えた。

 しかし腕っ節任せの力ずくも同様に困難である。

 相手は、チタンすら噛み砕く馬力の持ち主。

 強化されたグリムハンズの筋肉や骨格でも容易く食い千切るだろう。

 イバラですら例外でなくワードは、絡み付く蔦を一本また一本と噛み切っている。


「タングステンの強度とゴムの柔軟性を併せ持ってるんだけどな。こうも簡単に千切るかい。さすがに題名級タイトルクラス。こりゃ手強い」


 ワードは、最後のつたを噛み切りイバラから抜け出すと、またしても正太郎に突撃した。

 もはや人間の知覚を超越した回避の叶わぬ速攻。

 常人ならば決定付けられた絶命の約束。

 だが尋常離れの反射神経で、電光石火の異形を正確に捉えた如月正太郎に焦燥は微塵もない。


 正太郎は、手首の透けて見えている一番太い血管に歯を立て、躊躇ちゅうちょなく噛み千切ると、多量の血が床へと落ちていく。

 ワードも思考しないわけではない。

 正太郎の行動が無意味であると考えてはおらず、何かする前に仕留めるべきだと本能的に察していた。


 およそコンマ秒にも満たぬ極小の思考。

 その決断を下すまでに要したほんの僅かな躊躇こそ、正太郎が望んだ瞬間であった。

 床に落ちた血痕は、落雷よりも素早い生育速度で膨大なイバラの波となり、ワードを飲み込むと図書館の入り口のガラス戸を突き破って異形を月下に晒した。

 イバラの波に乗りながら正太郎も外に出ると、驚愕の表情で固まっているエリカを見やり、


「エリカ!」


 正太郎の活にエリカは、右手の人差し指の付け根を噛み切り、腕を振るった。


「グリムハンズ! 灰かぶりシンデレラ!」


 月光の中を白い灰が舞い落ち、ワードへと降り注ぐ。

 すかさずエリカはマッチを擦り、大気に充満する灰に向けて放り投げた。

 灰の一つが燃えて火花となる。

 さらに隣の灰へと燃え移り、火花は火となり、ついには炎へと姿を変えた。

 エリカの両親を奪った灼熱よりも猛々しく、大切な人々を溶かした紅よりも荒々しく、空へと火の手を伸ばしていく。


「これが……エリカの!? なんっつー火力――」


 想定以上の火力は正太郎をも怯ませたが、エリカは一つのまばたきもせず過去と向き合うように炎を見つめていた。

 恐れるのではない。

 畏れるのでもない。

 炎こそが、沙月エリカであり、沙月エリカがグリムハンズである証明なのだから。

 竜の吐息と見紛うまでに膨れた極炎に抱かれた母親殺しの姫君と赤黒いイバラは、影すら残さず溶けていき、炎が晴れるとアスファルトの上に掌ですくえる程度の白い灰が積もるばかりであった。


 ――やったの?


 エリカの緊張が微かに緩んだ瞬間、灰から光が飛び出してくる。

 透き通った白い輝きを放つ幼子の拳大ほどの光球であった。


「なにこれ?」

「ワードに変じていた揺蕩たゆたう力だよ。このままにしておくといずれ元の形に戻っちまう」

「え!? やばいじゃん!」


 狼狽ろうばいするエリカとは対照的に、正太郎は余裕を崩さなかった。

 白い表紙の文庫本サイズのハードカバーをジャケットの左ポケットから取り出した。


「本?」

「白紙のな」


 正太郎がページをパラパラとめくって見せてくれた。

 中身も何も書かれていない白紙である。

 しかし本については素人のエリカでも、大層上質の紙で出来ていると一目で分かった。


「これが最後の仕上げなんだ」


 正太郎が本の最初のページを向けると、光球は、白紙に吸い込まれていった。


「これで封印完了だ」


 光球が完全に溶け込むと、白紙だったはずのページに真新しいインクで描いたような青黒い字で『灰かぶり猫のゼゾッラ』と一文が描かれている。

 十二年間の歳月をかけた復讐は、終わってしまえば十文字の単語。

 たった十文字から生じた存在が沙月エリカの人生を激変させてしまった。


 エリカの人生を闇に落とし、全てを狂わせた怨敵おんてきへの復讐を成し遂げたのに。

 大切な人々の敵を討ち果たしたはずなのに。

 胸中に巣食う罪悪感は、未だにエリカを焼き続けている。


 本当は分かっているのだ。

 少なくとも両親は、エリカの罪を許していると。

 エリカが人並みの人生を歩み、幸せに生涯を終えて行く事を望んでいる。

 分かっていても、やはり自分を許せない。


 幼い頃からグリムハンズやワードの事を理解していたら、起こらなかった悲劇ではないか?

 何か自分の異能に気付く手立てがあったのではないか?

 色々な『たられば』ばかりが浮かんできて、自分の無能さが恨めしくなる。


「よくやったな」


 正太郎は、微笑と共に記述を確認すると本を閉じ、エリカの肩を軽く叩いてくるが賞賛を素直に受け取る事が出来なかった。


「親の仇を取ったって気はしないな」


 火事の間接的な原因は、あのワードだったかもしれない。

 しかし火事そのものを起こしたのが、エリカである事実が揺いだわけではなかった。


「やっぱり私が殺したんだって思う」


 思い知らされるのは、自身の異能が容易く全てを破壊してしまえる事。

 指を噛む痛みも僅かな血も、この力を扱う代償には軽すぎる。

 グリムハンズが悪いのではない。

 強大なグリムハンズの力を背負うには、沙月エリカという人間があまりにもちっぽけなのだ。


「先生。私は、自分を許さないといけないのかな? これからどうすべきなのかな?」


 自分一人では、答えを出せる気がしなかった。

 人に頼る事を久しく忘れた人生だったが、正太郎なら何かくれるかもしれない。


「無理に自分を許す必要はねぇよ。ただ俺がいるって事だけは忘れるな」


 そんな淡い期待を彼は裏切らなかった。

 受け止めてくれる。

 そばに居てくれる。


「何でも話せる奴がここに居る。それだけは忘れんな」


 居場所なんだと、そう思わせてくれる。

 甘えていいんだと、教えてくれる。


「ありがとう先生」


 ――この人と一緒なら、背負っていける。


「明日は、ちゃんと授業受けろよ」

「うん。約束する」


 エリカの頷きを確認して正太郎は、背を向けたが、思い出したかのように向き直った。


「あ、そうだ。お前、童話研究会への入会どうする?」

「もう入ったつもりでいたけどね」


 本当の自分で居られる場所だから、居られるのなら一緒に居たい。

 しかし正太郎は、エリカをあまり歓迎している風ではなかった。


「よく考えろ。今回は、相手との相性がいいから巻きこんじまったが、戦いを強制するつもりはない。命の危険だってある。生易しいもんじゃない」


 超常的な存在との戦いは、正太郎の語る言葉以上に過酷だろう。

 今日は、たまたま上手く行っただけで、今後待ち受ける戦いはより熾烈しれつさを増していくはずだ。

 グリムハンズの世界に足を踏み入れたら、これから生きる時間全てを使ってワードと戦い続ける日々が待っている。

 一度立ち入ってしまえば、命を落とす瞬間まで戦いを終える事は許されず、修羅しゅらが待っていようと、地獄が口を開けていようと、怯まずに歩み続けなければならない。


「いいよ。それでいい」


 それでも構わなかった。


「危険でもいいから居場所が欲しい」


 真実を知ってしまった以上、戦わない事は罪に思えた。

 今までは力を忌むばかりで彼女シンデレラにも寂しい思いをさせてしまった。

 でも誰かを救うために力を使えるのなら、これほど喜ばしい事もない。


「悲劇のヒロインは、もう終わりにする」


 不幸に浸り、自己を哀れむのはもうやめだ。

 強大な力を生まれ持った責任を果たすために、


「これからはグリムハンズとして戦うよ」


 もう二度と心は折らない。

 ただ一つ願うのは――。


「ねぇ、先生。一個だけ約束してくれる?」

「なんだ?」

「私を見捨てないで」


 この居場所を奪われない事。

 ずっとここに居ていいという保証。


「もう無理だから……一人で生きるの無理だから」


 たった一人は、もう無理だ。

 知ってしまった。

 思い出してしまった。

 人と触れ合う温かさを。

 人の想いの優しさを。


「久しぶりに人と話して、ちゃんと分かり合えたら、もう昨日までの自分がどうやって孤独に耐えてたのか思い出せない。思い出したくない」


 昨日までの日々にだけは戻りたくない。

 だからせめてこの場所だけは、許されたい。

 この人にだけは、許されたい。

 自分の居場所と呼ぶ事を。


「傍に居て」

「ああ。約束する」

「ありがと。如月先生」


 エリカは、笑顔を浮かべながら正太郎の胸に飛び込み、ひたすらに泣き続けた。

 どちらも十二年間、何より望みながら我慢してきた行為。

 せめて涙は、もう二度と見せずに済みますように。溜め続けてきた想いと一緒に、枯れ果てるまで流し続けた。

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