最終話 伝えたいこと

 チェックインをなんとか済ませてからの予定はなにもなかったけれど、佐倉は折角大阪に戻ってきたから元同僚に会いに行くということだった。


「じゃあ、仁さん! また新大阪駅の新幹線改札前に十九時集合で!」

「ああ、了解! またあとでな、みなみちゃん」


 ホテルを出てから行く先が全く逆だったので、夜の大阪発東京行き最終の新幹線の時間までお互い自由行動を開始した。仁は梅田にあるホテルから、なんとなく淀屋橋方面に歩きたくなって歩きはじめてみると、これまでここ半年であったことを色々思い出していた。


「自立協育プログラムが難航したことと、咲夜との喧嘩があったとき、『家でも仕事場でもどこでももうダメだ』と思ったよな~。でも、よくあのとき踏ん張れたと思う。それもこれもボズのおかげかな! ありがとう、ボズ!」


 そう言って後ろを向くと、いつもの人懐っこい笑顔で立っているボズがいた。


「よく……わかったね、仁」

「なんとなく……ね。近くにいたのは、歩き始めてからだよね?」

「そうやよ。なんか「今伝えたい!」ことがないんやけど、仁には見えなくても仁と一緒に歩いている感じを楽しみたくてね」

「嬉しいこと言ってくれるね~。でも、自分もそんな感じだったよ。ちょうどボズのことを思い出していたし。ボズの声を聴いてからまだ一年も経ってないんだけど、本当にあっという間だったな~って。波乱や挑戦が次々にやってきたけど、過去の自分と会話ができたことが俺にとってはかなり貴重な体験だったことを、十年以上経ってようやく分かってきたきたよ」

「んだね! いろんな角度で自分に気を向き合ってみればみるほど、相手のことも感じられるようになってきた感じだったね」

「そう……だったね。正直もう二度とあんなことは繰り返したくないけど、あの経験があったからこそ、得られたことがあまりにも多くて――そして、大きくて、逆に何も俺からは動けなくなっていたのも事実かも」


 そう、本当に収穫できたものがたくさんあって――その中でも唯一自分がすぐに実行に移せたことが自信になってきている。もちろん全然実行に移せていないことのほうが多くて、何からどうしたらいいのかさっぱりわからなかった――。


「それでも、それを攻略するヒントは得たみたいやんな?」

「ああ、ついさっきな。みなみちゃんのおかげだったけどね。『たった一つのこと』から始めてみる。これが実践できているときは、確かにたった一つのことに集中していたから、結果的にそれを行動できていた感じだったよ。賢さんに言ってもらえた『やってみなよ』という一言でね。なんか今まで止まっていた物語が急に再スタートした気がするんだ」

「仁は耳から入ってくる情報をインプットする働きが、他のものよりもきっと優位なんだろうね」

「他のものよりも優位ってどういうこと?」

「実際に、物事を意味付けるとき、その人がどのように受け取ったかが重要なのはなんとくわかるかな?」

「ま、まぁ、なんとなく……はね。それで?」


 わかったようなわからないような顔を浮かべながら、さらに仁はボズに説明を求めた。


「そう、それで、実際に受け取る際に、どのような感覚で受け取ったかが大事になってくるんだ。人の脳はインプットしたようにしかアウトプットできないからね。もし仮に耳から情報をインプットしたのであれば、アウトプットする際に必要になるキーワードが言葉や音だし。または、視覚・イメージで受け取った情報であれば、アウトプットする際に必要になるのはそのとき描いたイメージだったりするってこと」

「じゃあ、世の中でいうイメージが大事っていうのは?」

「あくまで表現する方法の一つでしかないかな。ただ、目から入ってくる情報だけを頼りにしていると、視覚からのイメージ化で捉えたことを最優先で認識する場合が多いから、『イメージすることが大事』っていうことが定着しているのかもね。まだまだいろんな表現の仕方もあるのに、地球人は勿体無いことしているよね~」

「なるほどね! まだ腑には落とせてはいないけれど、ひとまずおれは耳から受け取った情報をどのように活かすかが鍵ってことだけは分かってきたよ」


 なるほどね。

 確かにこれまでは『イメージをすることが大事』ということしか考えられず、それ以外の可能性について考えたこともなかったような気がする。


「そやねー。じゃあ、仁に質問ね」

「お、おう」

「おれと出会ってから、どんな言葉が印象に残っているかな?」

「えっ!? 今すぐ?」

「そう! 今すぐだよ♪ 十秒以内でね!

よーい、スタート!」

「え、えっと……」10、9……

「さっき、言った『やってみなよ』でしょ」8、7、6……

「あとは……ん~っと」5、4……

「あ! ボズが最初に言ってくれた『相手のことより、そもそも自分のコトをわかってる?』かな」3、2、1……

「あとは――」

「ブー♪ 終了! 二つだけだったかな?」


 ボズは右手でピースをして、二つというのを強調した。


「いや、まだまだある……はずなんだけど、頭の中で考えているだけでは全然思い浮かんでこなくてさ」


 仁は腕を組んで、『おかしいなぁ』って何度もつぶやきながら唸った。


「そう、頭の中でなんとかしようとしたとき、ちゃんと自分にとってで整理立てて情報をインプットしておかないと、アウトプットしようとしてもどこにどの情報を入れたのかわからないから、結局思い出せなくて『タイムアウト~!』だから。

 もし仁がなにか気づいたことや閃いたこと、ピンと来たことがあったときには、ノートに箇条書きでも何でもいいからまず書いておくといいかもね」


 そう言うと、ボズはいつの間にか手にノートとペンを持っており、それを仁に手渡した。


「そうかぁ。確かに頭の中に入っている自信はあるものの、なかなか引っ張り出せなくて困ることがよくあるんだよね~。

 じゃあ早速思いつく限り印象に残っている言葉を、箇条書きで描いてみるかな! え~っと――」



□ ねぇ? 相手のことより、そもそも自分のコトをわかってる?

□ そもそも仁さんはご自身の気持ちを伝わるように伝えていますか?

□ 仁くん、今楽しんでいる?

□ 否定してきた自分の想いを受け取りにきてくれてありがとう、お兄さん♪

□ 自分にとって想いのままってどういうこと?

□ 何かを変えたかったのですか?

□ 状況をわかっていなかったのはおれだけでは?

□ お互いの想いを自然に話せていて、分かち合っている、分かち合いって心から思えるような付き合い方をしたいかな

□ 自分の想いが自分でもわかっているときほど、相手の想いを共感できている感覚があった

□ 何をするかや目的も大事ですが、どんな想いでやるのがやるのかがベースになる

□ やってみなよ



「まだまだあるけれど、きっとこの中に今の自分がこれから伝えていきたいことのヒントや、実践していきたいことの宝が眠っているにちがいない」


 実際に紙に書き出してみて、仁はそれを満足そうに眺めた。




~~~~~~~~

5 エピローグ

~~~~~~~~


「けっこうたくさん出たね、仁(笑)」

「そ、そうだね。でも、これだけ出てしまうとどれも早く手をつけたくなるんだけどな~。この場合ってどうすればいいんだろう……」


……

……

……


「って、まさか仁ってその答えをオレに求めてる?」

「えっ!? そんなつもりは……なかったと思うけど、今ボズにそう聞かれて『ボズなら何かアドバイスくれるかも!?』という期待感はあったかも」

「あははは、まぁ今までの仁ならそうなるかもね!? でも――」

「ああ、そうボズに期待したことは確かだと思うけど、こんなときこそ光恵さんにいってもらえた一言が活きてくるかな!」


 自分にとって想いのままってどういうこと?


「今なら本当に伝えたかったことがわかってきてた感じはするんだ。ただ、まだそれを言葉でうまく表現できないし、やろうとしても上手くいかないことの方が多くてさ」

「それはそれでいいんちゃうかな?」

「そ、そうなの?」

「だって、光恵も『自分にとって想いのまま』=『上手くいくこと』なんて言ってなかったよね?」

「ん~。言われてみればそうかも」

「じゃあ、折角だからそのことを体験した方が早そうだね♪ えっと……どこにあるかな?」


 ボズは目を閉じたままそう呟き始めた。はたから見ていると明らかにおかしな光景なんだけど、『きっとボズのことだから何かあるにちがいない』って言う楽しみもある。


「あったあった、難波っていうところにあるみたいだから、早速そこに行ってみようぜ、仁!」

「お、おう! どこへ連れて行かれるのかわからんけど、ひとまずボズについて行くよ」


……

……

……


 あるお店の前でボズがピタッと立ち止まった。


「と言って連れて来てくれたところって……まさか」

「そう、そのまさかだよ♪」

「って、ここはゲーセンじゃないかー!」


 目の前には、言わずと知れたごく普通のゲームセンターがある。

 アーケード機に、UFOキャッチャー、プリクラなど、本当にどこにでもありそうなゲームセンター。


「そうそう! ここの中でも仁にあれをやってほしいんだけど……あ、あったあった♪」

 


 そう言って連れて行ってくれた場所が――UFOキャッチャーの前だった


「UFOキャッチャー??」

「うん♪ 仁に好きなものをとってほしんだ! いいかな?」

「いいかなって。UFOキャッチャーは苦手だけどやってみるよ! どれでもいいんでしょ?」

「どれでも良いよ! ありがとう、仁♪」


(笑顔で言われても困るんだけどなぁ。まいっか! じゃあ、ど・れ・を・と・ろ・う・か・な。て・ん・の・か・み・さ・ま・の・い・う・と・お・り♪ っと。よし! この台にしようっと。

 う~ん。どれならとれるかな~。あ!? これはグ○ンラガンじゃん! これ欲しい! これはとれる……のかな? お、これならとれるかも♪ ん~どの角度からキャッチすればとれるかな~?)


「よし! このか・く・どから入るように横に移動して……」


(ピコン、ピコン、ピコン、ピコン、ピコン)


「その上でまっすぐ進んで……ここだ!」


(ピコン、ピコン、ピコン。ぴぴぴぴピピピピ

ッ! ピロン、ピロン、ピロン……パカッ! ドカドカドカ!)


「よっしゃー! グ○ンラガンGETだぜー!」


 仁はUFOキャッチャーの景品口から景品を勢いよく取り出して、堂々と上に掲げた。


「お、さすが仁! 一発じゃん!」

「そういえば。一発でとれたのは初めてかも♪」

「うんうんいいねー♪ じゃあ仁に質問だよ。どうやってGETするものを決めたの?」

「どうやってって。そりゃあ、ボズがどれでも良いっていうから、三台あるGETキャッチャーの中から適当に選んで、その後は……選んだ台の中に俺の好きなアニメのロボットがあったから、これにしようって決めて――」

「そう! その感覚が『自分にとって想いのまま』に表現するってことだよ♪」

「あ~!? なるほどね~! そういうことかっ!」

「きっとこの人形をとろうとアクションしていたときは、『全部一回でとろう!』とかきっと『上手くいかなかったらどうしよう……』とかきっと思わなかったと思うんよ。どちらかというと、『あれをとるためだったらどんなアプローチができるか?』を問いかけ続けて、ある程度見定まった瞬間勝手に行動していたと思うんだけど?」

「そう言われてみれば……確かに。『これにするぞ!』って一つに決めた瞬間すぐに行動に移していたよ」


 ボズが言ってくれたことと、今自分がとった行動を思い出しつつ、仁は頭の中で照らし合わてみた。


「そうだったみたいだね! 誰もが成長するためには、いろんな知識やスキル・テクニックを手に入れ、学びを深めようとするよね?

 そうすると、確かにきっとできることや知っていることは増えると思うよ。でも、そうすればするほど情報量が多くなり、その分だけ選択肢が増えていくんだ。それ自体良いように思えるかもしれないけれど、逆に選択肢が多く思いついてしまうばっかりに、『何を選択するのか?』が決められず悩んでしまうことも少なくないんよ。

 だから、これと同じような体験をUFOキャッチャーで感じてもらったんだ」


 ボズはUFOキャッチャーを軽くトントンと叩いた。まるで大切な相棒かのような優しいタッチで。


「な~るほどね! 確かに選択肢がたくさんあるだけだと行動に移しにくくなるし、全部とろうとすればするほど逆に何も手に入れれないってことだね。体験してみたあとだから、ボズが言っていることがすっごくわかる!」

「うんうん、そういうことかな♪ 仁は本当にいろんな人のことを考えて行動するようになったから、考えることや思いつくことが多いと思うんよね。そうなっていったとき、自分一人でなんとかしようすると、いろんなことを考えすぎて逆にフリーズしてしまい、自分を見失ってしまう可能性もあるんだ」

「それ、めっちゃボズに出会ったころの俺じゃん!」

「そうそう、あの頃の仁は完全に迷子の迷子の子猫さん状態だったよ♪ だから、仁にはもう一度自分を見つめ直すために、過去の自分から受け取ってきてもらったんだ。その上でオレからの提案だけど、そのとき受け取った想いをもとに、いま仁がやりたいこと・できること・チャレンジしてみたいことを、たった一つのことから始めてみない? きっとその一つを始めていくと、また次の何かが仁のもとにやってくるはずだからさ!」


(たった一つかぁ……それなら俺でなくても、誰でも始めることができるぞ)


 仁はそう思えてきて、ますます体中に力がみなぎってきているのを感じた。


「ありがとう、ボズ。ボズがくれたこのキッカケを俺にとってで活かしていってみるよ!」

「おう! 楽しみにしてるね、仁♪…………

 さ・て・と、そろそろ自分の世界に戻ろうかな」


 そう言うと、ボズは右手をみぞおち辺りに当てて、意識を集中し始めた。


「そっちにいる仲間にもいつか会わせてな、ボズ!」

「ああ、もちろん! またみなみと一緒にカラオケに行こう! じゃあ、またね! 仁。

 はぴ・くにろす・うる・ぴーた」


 ボズが呪文らしきものを唱え終わるとボズの周りが急に明るくなり、目がくらんでいる間に姿が見えなくなっていた。




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君が諦めてきた想いを、オレといっちょ取り戻しにいってみようか うめさだ @umezatojin

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