第16話


俺の全てだった。


例えば、この世界で大きな戦争が起こったとしても。隕石が落ちてきたとしても。

彼女と一緒に生きていけるなら、この世界が砂漠でも、火の海でも何でも良かった。

彼女と一緒に死んでいけるなら、それで良かった。


「それが、俺の愛だった」


君がこの世界から消えて、何も心残りはなかった。


綺麗好きの君が出掛けた朝のまま、水滴一つ残っていないキッチンのシンクを撫でる。冷蔵庫に貼られた、2人で行く予定だったコンサートのチケット。君が結婚記念日に着る予定で買った白いワンピース。

それらを全て丁寧に見つめ、撫でた。


君が生きてきた証を見つめ、君のいない未来を見つめた。


連続する終わり、君に会えるだろうか。

連続する始まり、君は笑うだろうか。


救いはないとどこかで知りながら、

結局いつか目が覚める、そう気づいていた。



琥珀のオブジェが輝き、これを買った時の骨董屋の爺さんの話を思い出す。


「......それ、あんたに似合ってるよ」


「そう、ですか。」


「琥珀っちゅうのはな、夢を見るんじゃ。長い長い、夢を見る。琥珀はな、そこら辺にあるキラキラの宝石とは訳が違う。琥珀は唯の松ヤニの化石にしかすぎんのじゃ。.........それでも、琥珀は宝石とはまた違う美しさを持ってる。それはなんだと思う?」


目をぱちくりさせる俺に構わず爺さんは続ける。


「......それは、時間じゃ。ここには、長い長い測りきれないほど膨大な時間が詰まっとる。夢のように長い時間じゃ。」


俺は、琥珀のオブジェを覗き込む。

その内側に込められた時間を思う。


「......だから、おまえさん。大切なんは同じ時間を生きることや。ただ一緒に、同じ時間を________」





俺は今日、一つ歳をとる。


生きてる。生きてる。



誕生日を、何度繰り返せばまた君に会える?

何度繰り返せば、また君に会える?


いつかまた、君と一緒に歌を歌おう。


俺は生きる。


生きて君と過ごした日々を振り返り、耳の奥の君との会話を何度も奏で、いつかまた君に出会う。


それまで、待っていて。

また、会える日まで。


「またね」


いつかまた綴る御伽噺の最後は、ハッピーエンドにしよう。

君にまた会える日には2人で甘い終わりのない世界へ。

その時まで、俺は生きる。




君が遺した全ての愛を、繰り返し夢に見る。

永い永い、美しい夢を。







fin.

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amber dream 乙川美桜 @o_t_o_m_e__

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