第二章 魔女に寄り添う薫る風

第23話星の見えない空

 目が覚めベッドから起き上がると部屋は暗がりであった。もう辺りは夜中になっていた。腕時計を見ると午後八時二十九分であった。

 私はあくびを一つすると目を一擦りする。夜の海辺の砂のような目やにが指についた。手でそれを振り払うと制服のスカートの皺を伸ばすように両手で上からなぞる。スカートはベッドで寝ていた私の体温で温かくなっていた。

 私は薫風を起こそうかどうか、少し悩んでいた。このまま寝かせておこう、置き手紙を書いて私はここから立ち去ろうと思った。

 薫風の学習机に座りルーズリーフを一枚貰う。筆記用具立てから鉛筆を一本取り出すとそこに『私は家に帰ることにしました。時刻は午後八時三十分頃。』と書き机の上に目立つように置いておく。

 部屋から出る時、ベッドを見ると薫風がもそもそと動いていた。どうやら起きたようだ。

「順子さん何処に行くんですか?」

「家に帰るのよ」

「それなら私も連れて行ってください。何処にでもついていきます」

「ただ、家に帰るだけよ。遠いところじゃないの」

「順子さんが傍にいなければ、遠い場所に行ったのと同じことです」

「あなたは遠い場所というイメージが上手く出来ないのだわ」

「イメージ出来ます。それは例えばアメリカのホワイトハウスだったり、北極の氷河の上だったり、アフリカのサバンナだったり、あるいは魔法使いの国なんでしょう?」

「しょうが無いわね、わかったわ。もうしばらくはあなたの傍にいるわ」私は握っていたドアノブから手を離すと部屋に引き返した。

 薫風はベッドの上で唇を尖らせるとキスを要求するように私の目を見てそれから目を閉じ、甘えてきた。私はそれを黙殺すると部屋の中心に行きそこに座り込んだ。その場所は薫風からやや離れた場所で安全地帯とも言えた。と言っても私自身の貞淑を気にしているのであれば、あのままドアノブひねり部屋から出ていけば良かったのだ。私はその点はあまり気にしていなかった。そこまで攻めてくる女の子ではないだろうと思っていた。

 薫風はしばらくするとその体勢をやめ、ため息を吐き「やっぱり駄目かー」と言った。

「そう、ねだっても、直ぐにもらえると思ったら大間違いだわ。寝てさっぱりした?」

「そうですね。昼間っから寝ちゃって夜中起きて、眠気はさっぱり取れました」死体のことについては触れない薫風である。きっと思い出したくないのだろう。

「順子さん明かりをつけてください。ドアの傍にスイッチがあります。それをポチりと」私は頷くとドアに近づきスイッチを押した。

 チランチランと電灯から音がして明かりがついた。白色の明かりだ。

 私は外の空気が吸いたくなり窓へと向かった。

 カーテンを開き窓を開ける。

「順子さん虫が入らないようにしてくださいね。夏なので蚊に刺されちゃいます」私は窓の網戸を閉めると網戸越しに空を見上げた。星の見えない落ち着いた空だった。

「月が見えますか?」

「いいえ、曇っていて何も見えないわ」

「順子さん起きてからどのくらい時間が経ちました」

「私が起きてからということなら、十分位かしら」

「お腹が空きませんか?」

「ちょっと空いてるわね。家に帰って食べるわ」私は素っ気なくそう言う。

「何か食べていってくださいよ。と言っても料理するのは私の母ですが」

「ご両親とは上手くいってるの?」

「まずまずですね、私の両親は共働きで朝から夜まで働いてます。母が帰ってくるとちょっと遅い時間で八時頃になってしまいます。大体その時間に私の家は夕食を摂るんです。だからもう夕飯が出来ている頃なので食べませんか?順子さんが食べる分も多分あります」

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