こっちも気も知らないで

@kanataeveryday

第1話

 気がつくと、いつも心のどこかで探している。 例えば駅のホームでは一回彼女と会っただけの号車を定位置としているし、教室に着くと居るか居ないかの予想をしながら一喜一憂し、居なかったときはちらちらと横目でドアを確認する。会おうと思えば簡単に会えるのに、何故か無性に偶然の出会いを求める。 そんな気持ちを僕はドラマや雑誌で恋と呼ぶと学んだのだけれど、それを認めることは大切に積み上げてきた何かを壊してしまいそうで、とても怖い。

「おっはよ樹。 なんか眠そうじゃん」

 そんなことに頭を巡らせていると,ちょうど教室に入ってきた当人が挨拶しに来てくれたみたいだ。人のことを眠そうとか言っている割には言っている本人も欠伸を噛み殺したような顔をしている。

「おはよ。千秋も眠そうじゃん。夜更かしでもした?」

 そんな些細なことに軽く微笑みながら、まどろみを残した声で挨拶を返す。

 幼馴染だからとはいえクラスの男子で唯一名前呼びを出来ている嬉しさを感じながら、悟られないように、大げさに伸びをしながら千秋の方をみると、隣の席に座りながら目頭を人差し指で擦っている。

「そうなんだよね。 地学のレポートが終わんなくてさ。」

「え? 地学は今日沼じいが高1の修学旅行で居ないから授業変更で無いって昨日クラスグルでみんな騒いでたじゃん。」

「え! 嘘!? あ、私昨日レポート頑張ろうと思って電源切ってたんだ…」

 思わず、ぷっと吹き出してしまう。そんな僕を千秋がじっと恨めしそうに見つめる。

 どんまい、と笑いながら言うと千秋が机に突っ伏しながら愚痴をこぼす。 こんな何気ない会話が何よりも愛おしく、そしてそんな風に特別な世界のように見ているのは自分だけなんだろうなと、少し寂しくなる。

「いいんちょー! 数学のノート見せて下さい! 昨日疲れて寝落ちしてしまいました…」

 と、クラスメイトの北野さんという、活発そうなショートの髪型に健康的に日焼けした顔、そして右目にある小さめの泣きぼくろが特徴の女子が苦笑いしながら手を合わせて近づいてくる。  陸上部に所属していて、副部長を担っているため責任も大きく、日々汗を流しているのだろう彼女は宿題をこなす体力を残せず落ちてしまったらしい。 千秋が委員長と呼ばれたのも不思議な事はなく、事実彼女はこの二年B組の委員長を務めている。 何かと頼りがいのある彼女は頼りにされることも多いのだろう。

「もー麻衣またー? しょうがないなー」

 と、千秋も間延びした声を仕方なさそうにしながらもつられて笑って、鞄の中をごそごそとし始める。

「はいこれ 私のノート写すからには、今度の大会期待してるよー?」

「今年のメンバーは粒ぞろいだからね。 期待していいよ!」

 と、意地悪そうに笑いながら綺麗にクラスや名前が書かれたノートを手渡すと、北野さんも快活にそれに応えてノートを受け取った。 

 千秋にお礼を言って立ち去る寸前、僕と目が合う。  にかっとした感じのいい笑顔を向けてくれたが、僕は緊張してうまく返すことが出来ない。 おそらく引きつっていただろう。

「あー なんでこうなんだろう… 千秋はいいよね、コミュ力あって」

 そう、 何を隠そう僕は他人と軽く話すことが苦手なのだ。 人見知りといえば聞こえはいいが、未だにクラスで幼馴染で、小学校から仲の良かった千秋以外とは気軽に話せないのが現状だ。 

「樹は考えすぎなんじゃない? もっと気楽にしたらいいんだって」

「それが出来たら苦労はしてないよ…」

 その点千秋は知り合ったばかりの人が相手でも堂々と話し、すぐに仲良くなっている。素直に羨ましいが、そんな千秋の隣にいても常に縮こまっている自分を、少し情けなく思う。

「ほらお前らー。 席つけ、ホームルームやんぞ。」

 ざわめきたつ教室によく通る、男の声が聞こえた。 僕たちのクラスの担任、城野先生だ。 おでこまでほぼ掛かってなく、綺麗に切り揃っている真っ黒の短髪に、スッと切れるような眼。 そしてどこか怖そうな雰囲気を持ちながらも整っている顔。 普通にイケメンだ。 世の中の一般的な女子はこういう先生に惹かれたりするのだろうか。 そうして先生は今週分の学年便りや、保護者会の申込票を配り終えると、思い出したように話し始めた。

「そういや来月、生徒会長選挙があるんだが、 うちのクラスから立候補したい奴はいるか? 今じゃなくてもいいけど居るんだったら俺に伝えてくれ。」

 生徒会長選挙 という言葉を聞いて、お前やれよー、だのDの菊池やるらしいよ、だとかの会話が聞こえてくる。 こういうのに立候補できる人って凄いなあ、なんて思っていると、北野さんが席を立ちながら手を挙げ、はいはーい と注目を集めた。

「私、堀越さんがいいと思います!」

 と、歯切れよく言い切った。 と同時に隣の千秋が驚いた表情を見せる。 堀越千秋、名指しされたのは彼女だからだ。 クラスでの人気者の北野さんが声をあげたことによって、みんなも、いいんちょーなら任せられるだとか私投票するから千秋やってみてよ、だとか好き勝手言いながら千秋が立候補する流れを作っていく。

「あー、やめろやめろお前ら。 こういうのは強制じゃなくて本人のやるっつー意思が一番大事なんだよ。」

 城野先生がなだめて、騒ぎは収まったが一度できた流れは簡単には崩れない。 みんな千秋の方をちらちらと促すように見ている。 別にやる必要はないんだよ、と目で伝えようとした瞬間、千秋が手を挙げた。

「あ… じゃあ、やってみようかな」

 はにかむように笑いながら、千秋はそう応えるように言った。



「もー馬鹿。 あんなの別にやる必要なかったのに!」

 放課後、千秋と二人で下校してる途中によったカフェで、私は目の前にいる相手に呆れたように言った。

「なんかみんな期待してくれてたっぽいし、別にそこまで嫌じゃなかったからね。 正直にぶっちゃけちゃえば、内申の為という理由もあったのだ。」

 と、おどけたように返しながら、運ばれたケーキの写真を携帯で撮っている千秋をじっと見つめると、はぁ と大きいため息をつき、頼んだモンブランを食べ始める。 うん、美味しい。 

 結局あの後、先生も本人がやるって言うならとなにやら用紙に書き込み、それまでにやった方がいいことや、応援演説を誰かに頼んどけやら再来週の学校便り用のアピール文を書いとけなどを伝えた後、一時間目の先生が教室に来たため去って行った。

「いろいろ公約とか考えなくちゃなんないんでしょ。 何か手伝おうか?」

 フォークを動かしながらそう尋ねると、千秋はショートケーキのイチゴを噛みしめた後に、フォークを置いて話し始めた。

「それなんだけど樹、頼みがあるんだけど…」

 手を合わせながらこっちをみて千秋が懇願してくる。 何か面倒な書類とかあるのかな、などと考えながら

「まあ、出来ることなら何でもいいけど」

 と答えると、千秋はパッと目を輝かせながらこう続けた。

「私の応援演説、して下さい!」


 小さい頃から、みんなで遊んだり話したりするのが嫌いだった。 三人や四人ならまだいい。  何人もの人がいる中で声をあげ、みんなが僕を見て、その言葉に反応する。 まるで審査でもされているような感覚を毎回感じ、軽く震えあがる。 そんな風に思っているのは僕だけ、もっと気楽に喋ってればいい。 そんなことを毎回一人になった後未練がましく考え、そんな集団恐怖症と言っても言い過ぎではないんじゃないかと思う僕に持ちかけられた何百もの生徒の前で堂々と発言し、その発言によって千秋の当選結果が大きく揺れ動く、そんな責任も重い大役。任せられていいはずがない。 そうだ、こういうのは例えば北野さんのような堂々として自信のある、人望の高い人間がやるべきなのだ。 だがそんなのは、

「千秋も分かってないはずないよなぁ…」

 カフェで断ったあと、せめて考えてみて と最後にお願いされて別れ、帰宅して早々ベッドに転がり、悩んでいる。 いや、悩むこともない、自分がやっても失敗し、千秋も落選してみんなからも白い目で見られる。 そんな役やる必要もない。

 悩んでいるのは、やるという選択肢もあるからだ。 何故だ、自分でもわからない。 ただ僕は、せっかく頼ってきてくれた気になっている子に応えたいだけなのかもしれない。 ピピピ、と電話の音がそんな思考を邪魔した。 千秋からだ。

「もしもし どうしたのこんな時間に」

「うん、いきなりごめんね あの、応援演説のことなんだけど、駄目だったら遠慮なく断ってね? 樹こういうの得意じゃないの知ってるのに頼んじゃって、ごめん…」

 別れた後からずっと気にしていたのだろうか、申し訳そうな感じで千秋が謝ってくる。

「いや、それよりどうして僕を選んだのか、聞いてもいい?」

 息をのむ様子が電波を通じて伝わってくる。

「理由って聞かれると難しいんだけど、さ なんていうか」

 言葉が出てこないのか沈黙が訪れる。 10秒ちょっとの静寂を破ったのは千秋だった。

「私のことは私のことをずっと一番近くで見てくれてた、 そんな大切な親友に語ってほしいんだ。」

 そう、照れくさそうに彼女は告げた。

 


 あー馬鹿馬鹿

 千秋の馬鹿

 何が親友だ

 ずっと近くで見てくれた? こっちの心情も知らないで

 そして僕も馬鹿

 ちょっと特別扱いされただけで空気に飲まれて

 壇上で視線を浴びている。

 みんなもどうせなら止めてくれればよかったのに。 クラスの子たちは驚いてた気するけど応援してくれた。 先生もやるって言った直後から親身になって演説とかの内容を一緒に考えてくれた。 止められた方が、白い目で見られた方が、本当に楽だった。 だけど応えなきゃならない。 僕は期待を背負い、自分の意思で壇上に立っているのだから。

「続いて、堀越さんの応援演説をお願いします。」

 名前も顔も知らない先輩に促され演台に行き、マイクを握る。さあ頑張れ、僕。

「僕が清見原学園の生徒会長に堀越さんを推薦する理由は――――」

 数百の視線を受けながら、僕は数年間の片思い相手の、大親友の自慢話を紡いでいく。

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