第3話時渡り

 目が覚めると、そこには先程と同じたくさんの彼岸花達が静かに咲いている。

 どうやら、ここは先程までいた百眼神社のようだ。



 さっきのあれは、何だったのだろうか。

 私は確かに百眼神に遭遇してしまったはず。

 ……だが、私の身体、精神共に何も変化は見受けられない。



「いたた……あれ?」



 倒れた時に打ったのか、少しだけだが頭が痛む。

 痛む箇所を撫でながら静かに起き上がった私はようやく“ある異変”に気が付いた。

 気のせいだろうと信じながら、辺りを見回した私は息を呑んだ。



「嘘……」



 鳥居も神社も、先程とは比べ物にならないくらい綺麗で新しく見える。


 灯篭にもきちんと火が灯っているし、鳥居や参道だって苔やら蔦やらが生えていない。

 空一面を覆っていたあの木々達も、今では全く伸びておらず橙色だいだいいろの綺麗な空が顔を出していた。



 先程までとは全く違う景色に、不安がつのる。

 ここは、私の知っているあの百眼神社ではないのだろうか。



 これは夢なのか? それとも現実?

 それすらも、混乱している私には分からない。


 ただ座っているだけでは解決しないと思った私は、鳥居の方へ向かって見ることに決めた。



「おい」



 先程まで座っていた階段を降りたその時。

 前方から、今度は男性の声が聞こえてきたのだ。

 先程の一件を思い出し、額から冷や汗のようなものが流れ出す。



 恐る恐る顔を上げると、少し向こうの鳥居の近くに、見覚えのある男の子が口を尖らせ立っていた。


 口から上を布で隠している私と同じくらいの男の子。白と紺の和服のようなものを着ていて、肩くらいまでありそうな男の子にしては長い髪を後ろで一つに結んでいる。


 間違いない。夢に出てきたあの子だ。



「なぜ、女がここにいる?」

「……てた………」

「……は?」


 夢の中のあの子は、確かに生きていた。それだけが何故かものすごく嬉しくて、自然と私の目からは涙が溢れ出してくる。



「え、は!?」



 涙の理由を知らない彼は、突然涙を流す私を見て焦りを浮かべる。



「え、ちょっと……どうしたんだよ!」

「きみ……、生きてたんだね……っ」

「は?」



 私のその一言に苛立ちを覚えたらしく、彼は口元を引きつらせながら「お前、殺すぞ」と静かに呟いた。






 ようやく泣き止んだ私は、彼にこれまでの事を全て話した。

 彼は、渋い口を見せながらも、頷きながら聞いてくれていた。



「百眼神様に会ったのに、なんで無事なんだよ」

「わかんないよ、そんなの………こっちが聞きたい」


「そういえばお前、どこから来たんだ」



 どこから来たも何も、私はずっと此岸島のここ百岸町で暮らしている。私はそれを、そのまま彼に伝える。すると、彼は「は、此岸島?」と首を傾げて見せる。



「ここは彼岸島だろ? 此岸島ってなんだよ」


「え、彼岸島?」



 そう言って、彼は馬鹿にするように笑った。

 だがそれでも、私が住んでいるのは確かに此岸島という島だ。

 十四年間住んでいるこの島の名前を間違えるはずが無い。



 だが、そこで私ははっと気が付く。


 此岸島は元々、「彼岸島」という名前の島だったと小学生の頃、先生から教わった事がある。

 だが、此岸島と改名されたのは大正の初期頃で、現在のこの島にはもう“彼岸島”と呼ぶ者は存在しないという。


 けれど、神様とあろう百眼神だって、人一人を時渡りさせられるような力を持っているなど聞いたこともないし考え難い。



「ね、ねぇ。今の年号って何?」



 私は祈った。私のこの嫌な予感というものを、どうか現実のものにはしないでほしい。


 時渡りなどという非現実的な出来事を信じる馬鹿は、きっと今ここでおかしな体験をしているこの私くらいなものだろう。




「今? 今は明治だろ?」



 神様は、こんな私の願いなど聞いてはくれないようだ。

 明治というと、江戸が終わった次の年号だ。

 平成という私にとっては“今”から約百年前と考えていいだろう。



 非現実的なこの出来事に、私は息を飲んだ。どうやら神様は、島の言い伝えを破ってしまったこの私を救ってはくれなかったようだ。



 そう。私は恐らく、百年前の此岸島へ時渡りをしてしまったのだと思う。




「あの……私ね、たぶん平成って時代から来たの」


「……は? たぶん?」



 彼の口元が一瞬にして歪んだ。

 きっと、彼は今凄く苦い顔をしているのだろう。



 私だって、時渡りというのを信じている訳ではないし、できる事なら信じたくはい。

 だが………どう考えてもこんなドッキリ企画があるとは思えないし、何より噂の神社だから尚更それを信用するしかないようだ。



「百年後の此……彼岸島から来たの」

「全く理解ができない……が、嘘をついているわけではないみたいだな」



 半信半疑というような形ではありそうだが、少しでも信じようとしてくれていると知り安心した。


 昔の人と言うと、時代劇のイメージしかないため、「妖怪だ!」とか言って斬られてしまうのではないかとどこか不安だったのだ。



「だから、変な服を着ているのか」

「……は?」



 怒り口調になった私を無視し、彼は「そうかそうか」と頷く。

 ……あぁ、そうか。この時代の人からしたら私のこのセーラー服は「変」なのか。



「そういえば、あなたの名前は?」

「……れん



 彼は、丁寧な事に漢字まで教えてくれた。

 この時代で「憐」という漢字は珍しい。

 それを言ったら、私の碧という漢字も少々珍しいものとなってしまうかも知れないのだが。



「あ、私は、あおい! 憐くんよろしくね」

「あぁ、憐でいいよ。それよりもお前……その、ヘイセイって時代から来たんだろ?」



 憐はそう問うと、両腕を組み唸る。そして、私を見るなり「付いてこい」と腕を掴んだ。

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百眼神 @arale_chan05

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