見えない僕に見えるもの

謡義太郎

第1話 VS弟の金縛り

 僕は霊が見えるとか、そういった方面の才能はない。

 金縛りになったこともない(はずだ。夢だったと思うから)。

 だが、その存在も事象も信じている。

 何故かと言えば、実体験があるからだ。

 そして畏れている。怖がっているのではなく。

 そういった方面に才能のある方に言わせると、僕はやたら強い力で守られているそうで、相当の相手でもない限り、寄せ付けないのだそうだ。

 でもそれは、僕の近くにいれば、そういったことが起こらないということではない。

 よくわからないが、効果範囲などがあるわけではないらしい。

 だからなのか、実体験があるわけで。


 僕には年の離れた弟と妹がいる。

 弟は五年下、妹は七年下。


 僕らが子供の頃住んでいたのは、2DKの木造アパート。

 当然自分の部屋などあるわけもなく、弟と二人、二段ベッドで寝ていた。


 僕の最初に意識した体験は、その二段ベッドでのことだった。


 僕が下の段。弟は真上で寝ていた。

 弟が僕のことを「兄貴」と呼んでいたことから、何となくいつくらいのことだったのか想像がつく。

 弟は中学生になっていたはずだ。僕が成人した頃に引っ越したので、それ以前。深夜、家にいたことから(笑)、僕は高校生三年生だったのだろう。


 僕の特技はどこでも、いつでも寝れることだ。

 寝ようと思えば、すぐに眠れる。


 その日、夜中に目が覚めた。かなりはっきりと、覚醒した。

 トイレに行きたいわけでもなく、突然にパッチリと目が覚めたのだ。

 見上げた上段が軋みを上げそうなほど重い、と感じた。


 上の段からは呻き声。


 僕は普通の反応をした。


 普通って?


 寝ている弟が呻き声を上げてる。

 だから跳び起きて、二段ベッドの梯子を登った。


 いや、驚いた。

 不思議と怖くはなかった。


 弟は自分で自分の首を絞めていた。両手で。

「何やってんだ!」

 状況を飲み込めていない僕は、弟の腕を掴む。

 が、引きはがせない。


 僕は高校時代ラグビー部。対して中学一年生の弟。

 力の差は歴然。

 いくら梯子から手を伸ばした体制とはいえ、力負けするはずはない。

 それなのに、首からその手を引きはがせない。


 ベッドに上がり、完全なマウントポジション。

 弟の手首をがっちり掴み、両足を踏ん張って、二百キロを誇った背筋をフル動員。

 やっと首から僅かに弟の手が浮く。


 流石にその頃には僕も気づいている。


 これ、何かいる。


 食いしばる歯の間から幼いころから聞いていた題目を唱える。

「南無妙法連華経、南無妙法連華経……」

 効果があるかもとか、そんなことを考えたわけじゃない。

 もちろん、信じていたわけでもない。

 ただ、その時にはそれしか知らなかったから。


 完全に首から離れたところで、唐突に弟の手から力が抜けた。

 当然のことながら、僕は吹っ飛ぶわけで。

 危うく、二段ベッドからダイブするところだった。


「あ、兄貴……あ、ありがと……助かった……」

 荒い息をしながら、弟が口を開く。


「お、おう。大丈夫か? 電気点けるぞ」


 照明に照らされた弟の首には、手の跡がくっきり。

 しかも、弟の手より大きい。

 よく生きてたな、弟よ。


 そして、狭いアパートでバタバタやってたにも拘らず、まったく起きてこない両親と妹。


 翌朝、弟の首に跡は無かった。

 だから両親には話していない。

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見えない僕に見えるもの 謡義太郎 @fu_joe

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