――仕事をする上でのこだわりは、何かありますか?

K そうですね、やっぱり顧客の満足を一番に考えるっていうことです。顧客の本当の望みをかなえてあげられなければ、相談してもらっても意味がないですからね。

――「本当の望み」というのは?

K 顧客が自覚している悩みが、本当に悩みの根源かどうかって、案外本人にはわからないものなんですよね。だから、何度もお話を伺って、「もしかして、本当はこうなんじゃないかな?」っていうのを一緒に探していくんです。

――表面的なトラブルだけを解決しても、本当の悩みは解決されないってことなんですね。

K そうですね。人間関係の問題をきちんと取り除かないと、やっぱり、不満はまた噴出してきますから。そもそもの不満がなくなるようにしてあげないといけない。

――「不満がない」状態にする?

K はい。これはよく言ってるんですけど、不満って、解決できそうなのに解決できないから出てくるんですね。だったらいっそ、「これはこれでいいんだ」って、ちゃんと納得する。心のありようを変えることが本当の解決だったりするんです。

――なるほど。

K 先日のご夫婦も、最初にいらしたときは、息子さんにちゃんと働いてほしいと。でも、それって本当の望みなのかな? って思ったんですよね。だから、私がやる以上は、私らしく解決してあげたいな、と。






 実感がどんどん薄くなっていく。肌で感じていることが本当なのかどうか、もうわからない。

 部屋には窓もない。昼か夜かもわからない。人間は日の光を浴びなくても体内時計でおおよその時間がわかるらしいが、俺は眠ることすらできていないわけだから、そんなものは頼りにならない。

 悪いことといいことがあった。

 悪いことは、右足も使えなくなったことだ。いいことは、おかげで先にやられた左腕の痛みが気にならなくなったことだ。

 どっちにしろ、座りっぱなしの俺には関係ないことだが。


 男がまたやってきた。四本ともなくなるまで続けるつもりなのだろうか?

 だが、男は違うことを聞いてきた。

「まだ生きていたいと思うか?」

 悪い冗談だった。こんな状態で、生きていたいなんて思うわけがない。俺は脳が委縮しすぎて重みがなくなったんじゃないかと思える頭をぶんぶん振った。なかなか止まらなくて、何十秒も振り続けた結果、乾いた口の中で舌が剥がれて痛かった。

 男はしばらく沈黙してから、今度は何か大がかりなものを運び込んできた。

 最初はそれが何かわからなかったけど、男がMP3プレーヤーをそれにつないだ時、ようやくその正体がわかった。スピーカーだ。

 男は再生ボタンを押して外に出て行った。スピーカーからは、20年ぐらい前のテクノな音楽が流れだしてきた。宴会場のカラオケにも使えそうなスピーカーから、最大音量で響くテクノ。部屋の中で何重にも反響し、輪唱のように俺の周りを延々と鳴り続ける。

 ようやくその曲が終わったと思ったら、すぐにまた同じ曲が流れ始める。

 その曲は、俺が人生で一番多く聞いた曲になった。

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