黒滅帝

美作為朝

黒滅帝

 黒滅帝


「おじいちゃん、それじゃ、一成かずなりを病院に迎えに言ってきますからね、たっくんの面倒、ちゃんと見てくださいよ」

 息子の嫁、杏奈あんなは、とにかくなにかと口うるさい。バタバタ鏡台の前で身支度をすませると、やれ保険証がないとか、やれ財布がないとか、家の中を駆け回る。半分は、いかに自分が忙しいか、自己宣伝しているのだ。

「あーわかっとる」

 丸山作造まるやまさくぞうはTVで始まったプロ野球中継を見つつ答えた。まだ窓から差し込む西日が厳しい。

「なんでも、一成かずなりの怪我の治りがものすごく早いって、看護婦さんのみんなが言ってたらしいわよ」

「あーそうかい」

「それと、なんでも、一成の血が黒いって、看護婦さんがねー、楢崎ならざき先生がちゃんとてくれてたらいいんですけど、」

「あー、カズのヤツ、あんな高い所から落ちよって、あの程度で済んでほんによかったんじゃ」

 TVの中では、ネクスト・バッター・サークルで王がバットをブンブン素振りし準備している。

「とにかく、留守とたっくんのこと、頼みますよ」

「あーわかっとる」

「それじゃあ、行ってきますよ」ガラガラと引き戸をいわせて、杏奈あんなは買い物籠も持ちつつ出ていった。夕食は惣菜だろう。そっちのほうが丸山作造には助かる。嫁の煮物は最悪だった。

「おーったっくん、また、王がホームラン打ったぞ」

 たっくんこと、たくみはTVにほとんど興味を示さず、戦車のプラモデルで遊んでいる。

「ねーおじいちゃん、また戦争の話してぇー」たっくんが言った。

「一応、ママに止めれとるんじゃ」

「今、ママいないよ」王の後の五番の高倉は三振した。

「それに、もーあんまりちゃんと覚えとらんのだわ、一緒におとなしゅう巨人見ようで」

「野球おもしろくないよ、どうせまた巨人が勝つし、前のレーレ島の続きーっ」

「レーレか?前、どこまで話したっけ」

 丸山作造はうる覚えの不確かな話を始めた。 




 あれは、わしが、泳ぎが上手いってところから始まっとった気がする。

 米軍がフィリピンのレイテ島に迫ってくるという昭和19年の夏頃。まだ、日本軍は爆撃をそれこそ連日連夜なんやかんやで、喰らっとたけど、どうにかしがみつくようにして比島全体を守っていた。

 そのレイテ島の西にミンドロ島ってのいうのがあって、その更に西の先に小さいバロン島っていうのがあったんじゃ。

 そこに、詳しぃには、よう知らんけど、第33連隊の小さな砲兵部隊が、近づいてくる、米軍の船を撃つためにたった一門の大砲を死ぬ気で運んで進駐し駐屯しとったんじゃ。

 第33連隊ちゅうたら、よう知らんけれども、三重の方の連隊やいう話じゃあ、同じ、第16師団隷下ちゅーても連隊が変わればよーわからん。

 このバロン島あたりは、小さい島やら湾やらが入りくんどって潮の流れも複雑、海図もきっちりまだ海軍さんも描けとらんちゅー話じゃったな。

 まぁ、その島は、よく言う、、守るに固く、攻むるになんとかいういやつだわ。

 そこで第33連隊の小さな砲兵小隊がちんまい90式砲とかいうので守っとったんじゃが、土人いうたら、いけんのか、原住民がもう米軍のほうが旗色がええいうので、色々うちらを攻撃してくるようになって、若いたった一人の将校さんが襲われて死んでしもうたらしい、一個だけ持って入っとった無線機も壊れたいうて、連絡の手段がなくなったらしい、みんなで困っとったんじゃ。

 で、もうそろそろ、補給も底をついとるじゃろっていうて、なぁ、敵さんもレイテの近くに迫っとるから、バロン島を引き払って、みんなでレイテ島に集結ちゅうことをつたえにゃならんとレイテにおる上層部の第16師団で決まったんだわ。

 ボートはバロン島に行った時使こうたのがあるちゅー話しで、大砲はどうするんかしらんが、とにかく、連絡だけでも、つけにゃーいかんいうてのー。

 で、泳ぎが上手い、わしが、選ばれて、駆逐艦のなんちゅーたかな"吹雪ふぶき"じゃったか

に乗せてもろうって、バロン島に近づいたんよ、もう昼間は敵さんの攻撃機やら爆撃機がぶんぶん飛んどるんで夜陰にまぎれて、"吹雪ふぶき"で島に近づいたんじゃ。

 月齢とか、よ~知らんが、海軍さんはわかるらしい。なんか、真夜中に月が、真後ろになるようにして、バロン島に近づいたんじゃ。

 近づけば、近づくほど、不気味な島でな。

 わしがよう知っとる、瀬戸内海の鬼ヶ島みたいなえろう怖い島じゃ。

 反対側まで海軍さんは運んでくれんかったが、浜なんて島の周囲に一箇所もありゃせん、どこも断崖絶壁か、ゴツゴツした取り付く場所もない岩場じゃ。

 駆逐艦の艦長さんも、もうここよりかは、近づけんいうて、わしに飛び込めって言い出す始末じゃ。でも航海長さんが、かわいそうじゃ言うて、ぎりぎり縄梯子だけはをおろしてくれたが、三八小銃の銃口に分厚いコンドームつけて、わしは縄梯子から、真っ黒い海へ飛び込んだ。


 しかしこの海域のしおを甘う、みとった、わしも、海軍さんも。

 まず、楽に顔上げて平泳ぎやったら、流される、流される。右に左に真後ろに。一向に進まんのじゃ。

 そいで、クロールなんてのは戦後流行ってから知ったから、当時の最速最強の泳ぎ、"抜手"にわしは切り替えた。三八小銃を背中に背負い。しゅっぱしゅっぱと。蹴りは平泳ぎじゃが、手はクロールに近い。たっくん、さっきも言うたが、このバロン島、近づいたもののたどり着く場所がないんじゃ。で、夜じゃろ、暗いわ、遠浅どころか、浅瀬がまずないわ、潮で流されるわ、で、一応、バロン島を3/4周ぐらいわ、したんじゃなかろうか、、。そんとき、タラタラ泳いでおったらいかんことに気づいたんじゃ、蹴った足になにやら、硬いようで、柔らかいようなものを踏んだ。

 当たったていうほうが正確か。

 うん、なんじゃ?

 なんと、鮫じゃ。

 あんなでかい鮫を至近距離で見たんは、生まれて始めてじゃった。

 わしは、狂ったようにその場から離れるため泳ぎ、必死で辿り着けそうな岩場を探した。やっぱり南の海は怖い。わしは、汚のうても、油臭そうても瀬戸内海がええな。おるんは、盆過ぎのクラゲぐらいじゃて。

 そいで、唯一ここじゃ、いうところを狙いつけて、しがみつけそうな、岩めがけて、海中から、それこそ今で言うシンクロの選手みたいに岩に海中から飛びついたんじゃ。

 器用に打ち波に合わせてな。

 ほかから見とると、無様じゃったろうがしょうがない。わしは、どうにか岩場にしがみついたら、手がにゅーっと伸びてきて、わしを引っ張り上げた。

「おお」わしは、思わず、声を出した、同じ陸軍さんじゃ、階級は、、とみると軍服がボロボロで階級すらわからん。それに頬もこけ、えろう痩せなさっとる。

「第32連隊の方ですか」わしは尋ねた。

 その歩兵は、小さく頷いた。兵科を現す兵科章は歩兵じゃった。臨時で大砲をあつかっっとるからいたしかたない。

「22連隊の丸山一等兵といいますが、隊長の湯浅少尉殿は戦死と聞いとりますが、最先任の下士官殿は?」と言うた瞬間。

 その歩兵の顔つきが変わった。目は青白く光り、わしの二の腕をしっかりつかむと、信んじられんような膂力でわしを引き上げた。

「いててててて」

 痛いのなんのって。

 わしは、悲鳴を上げながら、岩礁の上に引き上げられた。見たら、波打ち寄せる岩場の回りには、同じような、ボロボロの軍服を着た、日本兵が五六人おるじゃないか。

 全員、ガリガリに痩せて、髭だけは、ぼうぼうで、目はなぜか青く光っている。もう銃はもっとらん。

 わしは、思った、これは、多分、マラリアかなにか、風土病にやられておるんだ、と。 このバロン島は相当栄養状態が悪いみたいだ。レイテ本島に配属されていたわしは、随分運が良かったのではないかと。

 わしは、始めて三八銃を味方に向けそうになったが、それより早く、月明かりの中。この五六人の日本兵にわしは、全身を神輿みこしのようにかつがれて、バロン島内部奥地へ連れ込まれた。

「やめてくれ」もちろん、わしは叫んだ。この五六人の日本兵の足の速さは並ではない。

あっという間に、岩場を離れ、わしはジャングルの中に運び込まれた。ジャングル特有の長い葉や大きな葉がわしの体を無作為に打ち付けた。どこをどう、駆け抜けたのか、わしにもわからんわ。

 気がついたら、わしは、大きな平たい岩の祭壇のような場所へ運ばれていた。もちろん、三八銃は奪われ、たすきにかけていた、弾帯も外されていた。手足は、縛れておらず、低い平たい大きな岩の上でガリガリの32連隊の兵士に抑えられていた。回りは大きな人の上半身もあるジャングルの葉で地表を覆い、敷き詰められていた。

 人の形を模した、半身ほどの高さの荒く削った石に、動物を模したこれまた荒く削った石。なにやら、宗教的な儀式めいたものをわしも感じた。原住民のものなのだろうか。

 大量のむしそれも見たことのない、大きさのものから、奇怪な形の甲虫まで。なにか、骨と血の跡、そして、7.7ミリの三八小銃の空薬きょう、90式大砲の空薬莢が数発転がっておった、相当凄惨な戦闘が原住民との間で繰り広げられた様子だったわ。

 時刻は、真夜中、青白い月が、雲間からわしらをぼんやり照らしておった。

 この津の32連隊の小隊員といっても、数人だが、目は全員同じ青白い目をしておった。

「自分は、駆逐艦"吹雪"から泳いでまいりました、福知山の第22連隊の丸山一等兵と申します。将校殿は戦死と伺っております、最先任の下士官の方に取次を」

 わしは、精一杯喋った。

 ガリガリに痩せ、この青白い目をした32連隊の兵士に目の色からして日本語が通じるほうが、不思議だとさえ思えておった。

 おそらく蚊や蝿の昆虫を媒介とした、この島固有の風土病だろう。

 陸軍では南方に下がれば下がるほど蟲が多くなる、ちゅー話じゃった。

「湯浅少尉殿は、亡くなられてはおらん」 

 痩せて、頬骨が異常なほど、両脇に飛び出エラの張った古参兵が言った。野戦帽の下の坊主頭はかなり毛が伸びている。 

「自分が、最先任の松本奉文まつもとたてふみ軍曹である。もうすぐ小隊長殿は来られる」

「どうか、この押さえつけるのは、やめてもらえませんか、それと小銃を返していただきたい」

 わしは、自身に迫る恐怖に耐えかねて言うた。

 松本軍曹はおし黙っていた。

「自分は、英米の便衣では決してありません、自分は、このバロン島へ第32連隊本部からの伝言を第16師団司令部として代理で伝えに来ただけであります、英米が肉薄するに際し、レイテ島へ転進することが決定しました。こちらには、上陸時のボートがあると伺っております。小銃を返していただけませんか、それより、戒めを、、、」

「出来ぬな」 

 わしは、必死に喋った。というより、時間を稼いでおったのかも知れぬ、しかし、わしの手足を抑えている32連隊の連中の恐ろしい力といったらない。

 そこへ、ジャングルの大きなシダや葉をかき分け、湯浅少尉と思われる将校が腰には拳銃、と軍刀一本を持って現れた。将校用の野戦帽を目深に被っていて、表情までうかがえない。

 横には、上半身は素っ裸の肌の茶色い、大きなシダの葉、数枚で頭を飾った原住民の族長らしき男をともなっていた。族長の長髪の髪の毛には、爬虫類か、鳥類の短い骨が幾本も編み込まれている。

 原住民と和睦したのか、それとも日本側へつくように説得したのか?。、

 族長は、燃え残った炭と灰で顔を何重にも塗り、白と黒色だけで描かれた歌舞伎役者の様になっていた。

 目の色はこの族長も薄い青だ。抵抗力のない日本人にだけ感染するのではないのだろうか?。

 よくわからない。

「少尉殿、連隊本部より転進命令が出ております」

「今頃、転進とは、愚かな、日本帝国は負けるぞ」

 湯浅少尉が喋った。兵士を統率するリーダーたる将校の発言とは思えない。兵卒がこんな事言えば、敗北主義だとか言って古参兵に死ぬほど殴られ、確実に懲罰が待っている。

 小隊員の多くが、ゲラゲラのと嫌な笑いをする。

 何を言っている。わしだって知っているぞ。

 今まで、日本帝国陸軍は狭い島嶼とうしょでの戦闘ばかりで日本陸軍の精神の精強さを最大に発揮せしむる白兵戦闘をできなかったのだ。このレイテ島、続いてルソン島、そして台湾とようやく日露戦争でロシアをも破った天皇陛下の赤子の帝国陸軍が全力で英米を打ち破るのだ。

 シンガポールへの初戦での進撃を見ろ。

「分解までして、死ぬ気で運びこんだ90式大砲はどうする?伝令の兵卒よ」

 湯浅少尉は続けた。

「遺棄を許可するとの旨であります」

「遺棄!?。いつから帝国陸軍はそんな金満主義になったのか」

 また、小隊全員がゲラゲラと笑う。 

 その時、笑っている一人の兵卒の頬の皮膚が破け、口腔の歯と歯茎が見えた。わしは、等々連中の"正体"を見破った気がした。

「この小隊は、どうやら重度の風土病に冒されているのでは、ないでしょうか、連隊の軍医殿に、」

 わしが、喋り続けると、湯浅少尉がさえぎった。

「将校でもないのに、嫌にするどいな、貴様は」

 湯浅少尉が、野戦帽を取った、すると片目は眼孔しかなく、そこからゴキブリのような大きな甲虫がゆっくり這って現れた。もう一方の片目は真っ青な目の色だ。そして、頭の右半分がそっくりなく、灰色と黒黒とした赤色で縁取られていた。そして、そのふちから、長いヌメヌメした足のない節足動物が何種類もヌルヌルと出てきた。

 わしは、必死で手足を押さえつける小隊の兵士からあらがった。

 族長が顔に塗った汗のせいで痒のか、顔に抜られた白と黒の顔料を拭った。拭われたあとには、醜く、全体が崩れ堕ちた顔がむき出しとなった。

 わしは、悲鳴を上げた。

「ぎゃあああああ」

「風土病ではないぞ、このバロン島の病ではなく、我々が日本から持ち込んだ病だ。罹患したのは、彼らバロン島の住民の方だ。しかも、罹患し喜んでおる、何の病かわかるか」

 湯浅少尉がぐっと顔をわしに近づけてきた。死臭と腐敗臭がする。

「どうして、喜んでおるかわかるか、彼らは見てくれは多少悪くなったが、不死を得た。これは、」

 湯浅少尉は、わしに語りかけながらゆっくりと近づいてきた。

「これより、貴様にも"冠を賜うの儀"を執り行う」

 嫌だ、絶対イヤだ。

 わしはついに本気であらん限りの力を出して暴れだした。すると手足を抑えていた兵士の右手がもげた。その兵は痛みは感じない様子だ。

 わしは、その勢いで祭壇のような、大きな石から立ち上がると、右足のゲートルに隠していた、銃剣を抜いた。

「おお、やるじゃないか、さすが陛下の赤子、帝国軍人、しかし、そんなところに銃剣を隠し持つのは軍規違反だぞ」

 右手がもげた兵士が右手を拾いつけ直している。

「もっと教えてやろう、それに私は、湯浅という名前ではない。一族の姓は熊沢といったほうが通りはいいか?」

 湯浅少尉の軍服の襟元から、見える首筋も骨が見える。

「熊沢!?」銃剣を構え直しながら、わしは、小さな声で言った。

 小隊の兵士たちは、ジリジリとわしに近寄ってくる。

「それも、ただの、通り名だ、この日本で、唯一、かばねを持たぬ、末裔だ」

 わしは、全身の血の気が引く思いだった。かばねを持たぬ一族など、日本には一つしかない。

「我々は、熊野を抱える三重県の連隊だ、もうわかったか」

 みかどそれも、南朝の、、、。

 わしは、目が回りそうだった。しかしなんのことかはわからぬが、こんな生ける屍たち、になるつもりはない。 

「同じ、万世一系の帝の血を引き継ぐに世に出られぬ、恨み千万、北朝を掲げ近代化などとほざく、薩長への恨みが、我ら一族をこうしたのだ、我らこそ新しき日本を作る、黒滅帝こくめつてい自身にして、その赤子なのだ」

 今、湯浅少尉の目は片目でしかないが、爛々らんらんと碧色にひかりその光線が目から一直線に出てわしの、胸を指し示していた。

 私は、銃剣を再度、持ち直し構え直した。

 その時、わしの、正面、湯浅少尉の背後で、閃光が光り、大きな爆発がおこった。

「敵襲!」

 小隊の誰かが叫んだ。

 目がくらむ、閃光弾か!?。

 なっなんだ。

 わしは、思わず伏せた。日頃の訓練の成果だ。爆発の爆炎と爆煙の中から、顔を黒く塗った目鼻立ちのくっきりしたアメリカ兵が多数トンプソン短機関銃を連射させながら飛び出してきた。米軍の空挺兵か、レンジャー部隊。

 湯浅少尉の小隊の日本兵はトンプソン機関銃の連射でバタバタ倒れたが、やがてばたばたとゆっくり起き上がった。

 一人の米兵が、湯浅少尉の腹部を、短機関銃で掃射した後、腰を銃剣で刺したが、湯浅少尉は、何事もなかったように銃剣が刺さったまま振り返ると、軍刀で、その米兵の首をはねた。

"Fuck you!! Cunty jap"

米兵も叫びながら、銃剣突撃による白兵戦を挑んできていた。

 湯浅少尉の足元に敵の手榴弾が転がった。

 わしは頭を抱え、更に低く伏せた。手榴弾が爆発し、湯浅少尉は上半身と下半身の真っ二つに裂けたが、その両方が、這いずり回り、米軍の空挺兵と戦っていた。

"Noooooooooo"

 米兵の急襲部隊の悲鳴と叫びのほうが多く聞こえた。

 伏せたまま、目だけ、あけて辺りをうかがっていると、わしの回りに落ちていた、たくさんの骨に、いや、それら人の部位に肉が徐々につきはじめ、動ける部位にまで復活するとひどい腐敗臭を放ちながら復元され、そして人の部位は武器も持たず爪や指のみで米兵を襲いだした。

 恐ろしいことに、噛まれたり、殺された、米兵は、起き上がると、目の色を真っ青にし湯浅少尉につきしたがたい、米兵を襲っていた。米兵の死体が米兵を襲っていた。湯浅少尉の部下はどんどん増えていった。人が傷つき、倒れると必ず湯浅少尉の部下になるのだから。

 わしは、大混乱のこの千載一遇隙きに、静かに立ち上がると海岸目指して、短い銃剣一本持って走り出した。ジャングルの大きな葉をかき分け、生い茂る大きな葉をかき分け、走しりに走った。茂みの間からほんの少し月光が入ったかと思ったときほど嬉しかったときはない。この葉をかき分けると、海だと思い、葉をかき分けた。潮の匂いにおぼろげながら岩場が見えた。

 おそらく90式大砲を運んだであろう、日の丸が大きく描かれた木造の上陸用舟艇もあった。そんな暇はない。

 わしは、瀬戸内海で鍛えた泳ぎの名手だった。岩礁から、飛び込もうとした瞬間、左足のくるぶしに、なにかくっついていることに気付いた。

 踝にやんわりと噛み付いていた湯浅少尉の首だった。わしの軍靴にしがみついて、ここまで来たのだ。

「日本人である、おまえだけは、返さぬ」

 頭部の右半分のない首は言った。

「ぎゃあああああ」

 わしは、悲鳴を上げた。湯浅少尉の首はニヤリと笑うと、わしの左足のふくらはぎをゲートルごと深々と噛んだ。その痛みといったら、ない。わしは、もう一度、悲鳴を上げた。

「ぐぅっうううううぎゃああああああああ」

 左足のゲートルから、鮮血がほとばしった。その血は、やがて赤でなく、あっという間に真っ黒になった。




「それ、嘘でしょ」野球中継などまともに見えるはずのないTV画面のはすでずっと興味津々で聞いていたたくみが言った。

 丸山作造まるやまさくぞうは、真っ青な目をして長島の鮮やかなツーべース・ヒットを見ながら、言った。

「だといいがな、、」

 そう言いながら、丸山作造まるやまさくぞうはそっと、か細いたくみの首を引き寄せると、きっと軽く噛み付いた。もう兄の一成かずなりには、だいぶ前に感染させていた。だから、あんな高所から落ちても死ななかったのだ。いや一度死んで蘇ったのか?。

「ただいまー」病院から、杏奈あんな一成かずなりが戻ってきた。

 

 


 わしが、覚えているのは、そこまで、だ。

 次に覚えているのは、米軍のミンダナオ島の捕虜収容所。清潔な白いシーツの敷かれたベッドに高い天井にサーキュレーター。こんな国相手に勝てるわけがない。そして二重の有刺鉄線。

 どうやら、わしは、ただの捕虜でなく二重に隔離されているらしい。

 北朝が率いる帝国陸軍は、ものすごい勢いで、敗北し瓦解しつつあった。もう勝つか負けるかの二択でなく、いつかという時間の問題。そしてどんなふうにかというHowの問題。

 わしは、違う捕虜収容所のキャンプへ移動させられるときに、C-47ダコタでバロン島の上空を飛んだ、米国のOSSは何かに感づいていたのだろう。バロン島は焼夷弾で徹底的に焼き尽くされ島には草木一本生えていなかった。


 もともと、北朝を奉戴した薩長が押し進めた、不平等条約の改定とか、言いながら、欧米追随路線の破綻した結果なのだ。

 南朝の復讐は今、決実しようとしていた。

 あとは、進駐という名のまま占領を続けるアメリカを倒すだけだ。アメリカでも感染はものすごい勢いで広がっている。

 南朝が世界を支配する御世はすぐそこだ。

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黒滅帝 美作為朝 @qww

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