第16話 山寺参詣の意図

「鳥海勘兵衛、参りました」

 山形についてすぐに秀綱の屋敷を訪れると、下男から奥に上がるように言われた。某が旅装を解き奥座敷に上がると、秀綱は書を認めていた。

 秀綱の手が止まるのを待ち、某は、盛周の件を話した。『全くもって迷惑千万』と憤ると、秀綱は腹を抱えて笑った。

「悪次郎らしい。あやつは変に民や女から好かれるでなあ。道理で急に山寺参詣が決まったと不審に思ったが、其方が原因であったか」

「笑い事では……。某、お役目を他の者に譲り、帰りとうござる」

「まあ待て。既に其方を北楯大学殿に推薦しておる」

 秀綱は北盾利長への文を差し出した。一応は受け取ったが、某は不服の色をありありと出した。

「勘兵衛。臍を曲げるな。此度の山寺参詣、釈妙英様や駒姫様の菩提を弔うと同時に、最上の侍の気概を示すものでもあるのじゃぞ」

「それは、いかなる意にございますか」

 女や見栄のためにきたのではない、という大義名分があれば、また話は違う。某は身を乗り出した。

「山寺参詣の折、他国の間者も多く山形に入る。伊達、上杉、小野寺の手の者は、必ずおるであろう」

 ――其れは容易に想像がつく――

 某は静かに秀綱の言に頷いた。

「山形の精鋭の多くは、今もって殿とともに上方におる。残った兵の手並みは、間者どもの関心事であろう。ゆえに、参詣せねば留守居は駄兵であると侮られる。下手な者で参詣しても襤褸が出れば侮りの理由ともなろう」

「いかにも。特に上杉や伊達は、最上与し易しと思えば、いかなる挑発をしてくるやも知れませぬ」

「ゆえに、地方の国人領主などで今回は構成する。失敗すれば田舎者のせい。成功すれば、末端家臣まで精鋭揃いと武威を挙げられる」

 ――そうだったのか――

 安堵と落胆が入り混じった複雑な心境であった。嫌な役回りではあるが、対外的な言い訳優先で、余り期待されていないのも悲しい。視線を畳に落として、沈黙した。

「勘兵衛、いかがした。女子が己を目当てと本気で思うていたか」

「越前守様、戯言はお辞め下され」

 本気で怒った某を秀綱は笑顔のまま手で制した。

「其方を推薦したのは、儂じゃ。統括の大学殿が、我が家中から智勇兼備の者を出してくれと頼んできた。ゆえに、其方を推薦した」

 北楯大学利長は、最上家きっての内政家である。知恵も多く、よく家臣たちを補佐している中老格であった。

 秀綱によれば、利長が、山形城下の侍を警護役から外すように主張し、国人領主や陪臣たちで護衛を固めさせらしいた。

 ――選ばれたのは、何か理由があるようだ――

 某は利長に会って、心底を確かめたくなった。

「大学殿の屋敷では、着到状を出しておる。大学殿に会いに行け」

 その前に某は割り当てられた長屋に入り、旅装から紺の肩衣袴姿に着替えた。夕刻、秀綱の下男に教えられた利長の屋敷に早速向かった。

 

 屋敷の作りは、主の性格や主義が現れる。

 利長の屋敷は、土塀を何度も塗り直した後が見られる。しかも、赤土を使っているので、白塗りに見劣りがする。けれど菜種油が混ぜてあり、白壁よりも格段に堅い。

 ――実質を大事にするお方なのであろうな――

 某は利長の飾らない性格を感じた。

 訪いの声に応じて、利長の下男が門を開け、屋敷内ではなく庭に通された。質素な作りの庭であるが、半分ほどを池が占めているのが特徴であった。

 下男は、池は湧き水で鯉や鮒を飼っていると話した。庭木には、梅が多い。収穫の時季には相当な果実ができるだろう。

 某は大きな柿の木の根元にある、小さな茶室に導かれた。

「鳥海勘兵衛、罷り越しました」

「中に入るがよい」

 無愛想な声で、利長は茶室内に某を招じ入れた。蹂り入ると、渋茶の肩衣を着た利長が、茶を点てていた。面長で白い顔をした初老の男であった。物静かな性質が見てとれた。

 某は静かに傍らに座り、差し出された菓子を口に含んだ。食べ終えたころ出された茶を作法通りに啜り、静かに利長に返した。

「疲れた体に濃茶は効きます。大事を語る意気が湧いて参ります」

 某の言葉に、利長はふっと息を突いた。

「無作法ではないな。さすがは、今不動殿よ」

「お戯れを。此度の山寺参詣で大学様の望む所を知りたいゆえ、参りました」

 丁重に頭を下げた。

「越前守殿よりの何よりの援軍じゃ。頼むぞ」

 今度は利長が某に頭を下げた。某が慌てて頭を下げ返す所作を、利長は微笑んで見ている。どうやら好感を持ってくれたようだ。

 しかし、直ぐに利長は向き直って、某に厳かに語りかけた。

「勘兵衛。此旅の山寺参詣は、戦であるぞ。左様、心得よ」

「戦……でございまるか」

「左様。戦じゃ。と、言っても実際に槍刀を交えるものではないがな」

 利長はそういって、自身が立てた茶を啜った。一時おいて、再び語り始める。

「山形侍は、驕っている。精鋭が上方にいるために、分不相応な役を担っておる。しかるに、油断と驕りが目立って参った。ゆえに、国人たちに警護役を担わせ、目を覚ませてやろうと狙っておる」

 利長の話は無駄がない。会話で順々に話す時間も惜しい性質なのだと利長を推し量った。

 ――だが、悪いお方ではない――

 以前、秀綱が利長を『変ったお方だが、信頼できる』と評した。秀綱の言葉の意味と山寺参詣の意図の双方を理解した。

「白壁の屋敷が多いですな」

「最近普請した屋敷じゃ。油土塀の地味さを嫌ってな」

 利長は忌々しそうに話した。

「白壁の屋敷の中には、立派な楓を植えている所がございました」

「里見民部の屋敷であろう。青海波という名前らしい。色付きも良く、紅葉の時季には綺麗な茜色に染まる。良い木ではあるがが、実を結ぶ木でないと、兵糧の役には立たぬ。武士の屋敷には無用の木じゃ」

「最上家は強い家でございますれば、領外に打って出る戦ばかり。戦は外で行うもの……という意識にもなりましょう」

「攻めて攻められを繰り返す国人たちの気も知らず、呑気なものよ」

「大学様は、その性根を叩き直したいとのお考えでございましたか」

 利長は、すぐには答えず、二杯目の茶を点て始めた。差し出された茶は、一杯目よりも薄く、喉を潤すのにちょうど良い。某が茶碗を返すのを待って、利長は話した。

「山寺参詣も、ここ二年は華美になり過ぎた。何のための山寺参詣であるのか……。今年も、華やかな衣装を用意する者たちも見えたゆえな、本来の姿に戻そうと思うたのよ」

「我らは当て馬でございますか」

 皮肉めいた某の言葉に利長は、にこりともせずに応えた。

「そうとも言えような。だが、儂は、貴殿らに期待しておる。山形侍が驕りを恥と感じる立派な隊列を進めてくれようぞ、勘兵衛」

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