第15話 山寺参詣警護役

「山寺参詣の供をせよとの仰せだ」

 舘に戻った某に、盛周は本来の役目を果たした。義光の正室・北ノ方の山寺参詣で某が警護役を務めるべしとの秀綱の命を伝えに来たのだ。

 立石寺は出羽の名刹、通称で山寺と言われる。最上家の崇敬も厚く、義光も一族や将兵を引き連れ、毎年欠かさず参詣していた。この行列は女中や警護の侍たちが着飾り、その美しさで道中を圧倒する。今や出羽の秋の風物詩となり、出立の際に山形城下は見物客が溢れる。

 だが、今年は、義光は慶長の役の後始末のため、出羽に戻る目途が立っていない。有力武将も義光に従い、いまだ肥前名護屋にいる。現在出羽にいるのは留守を務める将兵のみであり、警護の点で不安がある。ゆえに、今年の山寺参詣は中止と目されていた。

「だが、北ノ方様が、実施を強く望まれたのだ」

 盛周が内実を話した。某にもその理由がわかる。

「駒姫様と釈妙英様(先代の正室)の菩提を弔いたい想いがお強いのでしょうな」

「駒姫様とか、いったい何の話なんだ、勘兵衛様」

 二人のために茶を持ってきた華蔵が話に首を突っ込んだ。

「華蔵、気が利かんな。茶ではなく、酒のほうが嬉しいのだが……」

「でも、悪次郎様は勘兵衛様をすぐ潰すでしょう。駄目です。まだ、早いです」

「確かにな……」

 納得した盛周は、茶を口に含んだ。

――夕刻にならなけらばよいのに……――

某は時の流れがさらに憂鬱になった。

「で、駒姫様というのはな」

 とりあえず雰囲気を変えるべく某は話の先を語った。

「最上家の姫であられた。奥羽一の美貌と謳われ、殿も釈妙英様も可愛がっておられた。当時は、釈妙英様がご正室であられた」

「だが、駒姫様のその美貌が仇となったのよ」

 盛周が、話の主導権を奪ったので、盛周に委ねた。前のめりに聞く華蔵に気持ちよく語る盛周。

――どうやら華蔵は盛周に気に入られたような。今晩は華蔵に、悪次郎様の酒の相手をさせよう――

 某は、早くも宴にむけての算段をし始めた。

「時の関白殿下(豊臣秀次)は、駒姫様の噂を聞きつけ、側室にと求められた。殿も関白殿下からの望みとあらば断われぬ。不承不承お認めになった」

「そこまで可愛がっておられたなら、側室なんて嫌だったのでしょうね」

「無論よ。殿は、どこかの大名家の正室にとお考えであったのだろう。だが、天下人の後継者の頼みを無下にはできまい」

 盛周の話は熱を帯びてきた。ここから先は、最上家の家臣は皆、暗澹たる気持ちになる。某も涙を禁じえない。

「だが、上方で変事が起きた。太閤殿下(豊臣秀吉)から謀反の疑いを掛けられた関白殿下は、切腹。それだけではない。正室側室その子供ら三十九名全員、斬首された。その中には京に着いたばかりの駒姫様も含まれた」

「ひどい……」

 華蔵の呟きに、盛周は涙を溢れさせて語り続けた。

「駒姫様が、初めて殿下にお会いしたのは、獄門台に置かれた首級であった。無論、殿は伝手を頼って駒姫様の赦免を働き掛けた。だが、間に合わなかった」

 盛周は激情に囚われ、語れなくなったので、某が話を継いだ。

「殿も釈妙英様も、大変に嘆き悲しんでのう。殿は何日も寝込み、床を上げると酒に逃げた。駒姫様は謀反の連座ということで罪人扱いとなり、弔いも許されん。何の罪咎もない十五の姫に苛酷な仕打ち……。釈妙英様も寝込んでしもうた」

「酷い死に方をすれば、当然だ。死んだだけでも、応えるのに……」

「そうだろう。だが、月日は心を癒す。十日ほど経ち、多少なりとも前に歩く気持ちも出てこよう。釈妙英様も時折、戯言を仰せになるなど回復の兆しが見えた。ゆえに、周りも油断した」

「油断した……」

「気づくと、懐剣で首を突いていたそうだ。香が焚かれた中、静かに倒れていたという。誰も知る人ない京で最期を迎えた駒姫様が不憫だとお思いになったのだろう。後を追ったのじゃ」

 盛周は想いが一気に溢れたように抑えていた想いを言の葉に乗せた。

「某は、駒姫様の婚儀の品を揃えた。釈妙英様は、儂が元服の際に、顔構えと声が大きいことを褒めて下さった。儂は、お二人を殺した猿めが憎うてやりきれぬ」

「仰せの通りです。斯様な非道を行う豊臣家の行く末も明るくはありますまい」

「華蔵、抑えよ。天下人の批判は時に命取りになる。とは言いながらもじゃ、駒姫様の一件で、最上家は太閤殿下に距離を置いた。皆が天下の懸賞首となっている悪次郎様に心の中で賛辞を送っておる。越前守様も悪次郎様を客分とし、保護しておるのじゃ。殿も黙認よ」

 話が終わると、いつもは調子よく話す華蔵が黙っている。衝撃を受けたようであった。だが、駒姫様の件は、華蔵もいずれ知っておいた方がよい話でもあった。良い機会であったのかも知れぬと某は思った。

 

「脇道に逸れたな。勘兵衛。山寺参詣の警護の話に戻すがのう。今年は地方の国人たちを選抜せよと、北ノ方様が命じられた。ゆえに其方が警護役じゃ」

「余り気乗りがしませんな。華やかな舞台は苦手ゆえ……」

 田舎侍であることの引け目が、気持ちを後ろ向きにしていた。心底を感じ取ったのか、盛周が持ち上げるように言ってきた。

「何を申す。山形侍に一目を置かせる良い機会よ。奴らは、国人衆を舐めておる。武功だけでなく華やかさでも負けぬ侍もおると見せつけてやれ、勘兵衛」

「そうですよ、勘兵衛様。隙を見せぬ警護で、北ノ方様のお目に留まれば、殿にも認められましょう。直臣になれるかも知れません」

「某は越前守様に仕える身分。直臣には興味はない」

 華蔵も勧めるが、やはり話に乗り気にはなれなかった。

「それにな、女中たちも気合を入れて、夫にしたい侍を探しておる。現に何人か参詣がきっかけになって嫁いだ者もある。国人は、下手な山形侍より領地が大きい。お主、きっと女中たちから嫌というほど言い寄られようぞ」

「勘兵衛様、行きましょう。嫁取りもなさいませぬと……」

「何と言われようと、気乗りせぬものは気乗りせぬ」

 話が変な方に向かうかけたので、某は強い口調で拒んだ。華蔵もあえてそれ以上突っ込んではこなかった。某らしいと思い諦めたのか、態度に妙な落ち着きも感じられた。

「勘兵衛、分かった。お主が行きたくないのは分かった」

 山形に詰めている秀綱に代わり、指鍋村まで来てくれた盛周には悪いが、我を通そうと思っていた。しかし、某のわがままを通すほど、盛周は甘くはなかった。

「すまぬ。某は、北ノ方様はじめ女房衆に酒を勧められた際、そなたのことを話したのじゃ。調子に乗って色をつけすぎたわ」

 本当に困ったような声で盛周が言った。嫌な予感がした。

「どんな風にお話したんですか」

 華蔵の問いが、盛周への助け船になった。盛周は、華蔵に語る体で、某への説得を続けた。

「勘兵衛の許に、不動明王が姿を現した。『困ったら真言を唱えよ。我が味方し最上家を守り抜こうぞ』と言った。勘兵衛がおれば、山寺参詣など何の問題はないと、吹いてしもうたのじゃ」

 某は眉間に皺を寄せた。腕組をして、下を向いた。

「酔った某が悪いのじゃ。さらに口が滑った。『勘兵衛には、まだ嫁はおりませぬぞ』と申し上げたら、傍の女中方が色めき立った。それで、山寺参詣が決まった」

「悪次郎様、もう断れないじゃないですか」

「華蔵、その通りなのじゃ。断れば、儂の立場が悪うなる。いや、儂だけならばよい。越前守様の立場もまた悪うなる。城の女子衆の気持ちを無下にしたら後が怖いゆえの……。がっははは」

 先ほどまでの悄気ていた盛周の姿は消え、いつもの豪気な姿が帰ってきた。

――結局、断れないではないか――

「なあに勘兵衛、悪い話ではない。騙されたと思って山形に向かってくれ。嫁は選び放題じゃぞ。がっははは」

「でも、女心のわからなさにかけては家中随一の勘兵衛様に嫁取りは叶いましょうか」

「華蔵、確かに儂もそれが一番の懸案じゃ」 

「ええい、人を出汁にして笑うのはおやめくだされ」

 某の怒声にさすがの盛周も黙った。


 どうやら盛周の大きな話し声は村人に聞こえていたようだった。宴の仕度ができた社で、話に花が咲いた。

「勘兵衛様、綺麗な嫁御を連れて来てくだせえなあ」

 某は、村の女子衆から期待を込めた声をかけられた。盛り上がる周囲と裏腹に、気持ちはどんどん沈んでいく。

 宴が始まると、主役の某に次々と杯が回され、早くも意識が朦朧としてきた。

「何が騙されたと思うてじゃ。本当に騙され、嵌められたのじゃあ」

 そう吠えた記憶を最後に、意識は漆黒に吸い込まれていった。。

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