第三十話 会議。

 ――アドリアーネ、臨時会議室。


 レイナスの通過した場所以外はアドリアーネに概ね被害はない。

 無事に済んだ街の中にある小さな会議場を連日貸切っている。

 そこに居るのは、ベリト、キュリス、マリー、リズィー、国王。

 定例の大臣を交えての本会議の前の暫定会議である。これは国王が独自に行っているものであり大臣達は納得していないが。


「不幸中の幸いだな。君たちは交戦せずに済んだか……」


 精神的に疲労しやつれた顔をリズィーに向ける国王。君達というのはリズィー含むソフィア、カルロッタ、キャンディスの四名によるシャルマータ討滅戦に参加したメンバーの事である。

 彼ら四人は普通の馬車で討滅に向かったため何日もかけて広大なガムザ平野を乗り越える必要がある、半ばまでだが。

 そのため野宿していたところへ伝書が届き、急いでアドリアーネへ引き返したのだがその時には既にレイナスの襲撃は終わり、悲惨な状況のアドリアーネを見ることとなっていた。

 キャンディスは他国の冒険者のため当然この会議には出席していない、残りの二人と共に都市の防衛の任についていて、会議にはリズィーが参加していた。


「向かう途中で伝書が届いたのです。それにしても……私たちが居ない間に、なんで、こんな……」


 既に簡単に報告は受けている。

 ユーリウスの負傷、冒険者の死傷者多数、ガムザ平野に面する城門から中央塔までの火災と家屋などの壊滅、地面の破壊、そして中央塔の全壊に加えその周囲の地形の陥没兼損壊。

 そして何より、二つ名、操積のジャニーヌ死亡。


「ユーリウスはまだエルフ国で療養中だが、話は聞いている、まずユーリウスの情報から話そう。

 既に知っての通り、その前日から大量発生していた鉄の硬さを持つ鴉の駆除にユーリウスを当たらせていた。後から知ることになるがその鴉もシャルマータの少女、レイナスの身体の一部の様なものと思われる。

 中央塔の上で鴉の駆除をしていたユーリウスは気配を感じ、望遠術式にて城門付近を視認、するとただならぬ雰囲気の少女が歩いてきたという。

 動向を観察しているといきなり巨人種と酷似した腕が城門を押しつぶした。

 それを機にユーリウスは城門へ移動、その者の対処を開始した。だがその少女レイナスは自身の身体から炎を吹き出したり……」


「ひ、ぁ……っ」


 悲鳴のような嗚咽を漏らしたのはキュリスである。リズィーが席を立ち軍服に包まれた身体を抱きしめ慰める。

 会議が始まる前、中央塔前で発見し、意識が戻ってからずっとこの調子だ。仲間を失った事と敵の目的を防げなかったこと、力が及ばなかったことが原因だろう。


「……あとは泥になり地面から出現したり、細菌になって腐食性のウイルスを撒いたり、と周囲に甚大な被害を及ぼしながら中央塔のキルシー奪還のため進んでいた。それをなんとかユーリウスが食い止めていたのだが、雷と思わしき姿に変態したレイナスに背後から腹を貫かれ、そのまま戦場を離脱。後は駆け付けた冒険者たちが相対したそうだが、力及ばず多数の死者を出しながら中央塔前まで、召還したと思われる黒馬と騎士と到達したそうだ。

 建物と同じくらいの高さの馬だったそうだが途中また何かおかしな方法でも使ったのだろう、とても馬とは思えない速度で中央塔まで到達した、数十分でだ。

 その後は……キュリスと、交戦したそうだが……話してもらえるだろうか?」


 キュリスは縮こまって怯えている、四人に視線を受け、話そうとするもなかなか言葉にならない。

 

「ええ、想定済みですね。なので俺が生き残りのエルフと冒険者双方から所見を踏まえて状況を聞いてきました」


 やれやれと肩を竦めて切り出すベリトに、役立たずと言われたも同然とキュリスは萎縮する。


「ふむ、キュリスは休ませるべきだったかもしれんな。すまない、私が呼び立ててしまったから……。マリー、キュリスを保護室まで連れて行ってやってくれまいか」


 国王ライザは厳しい顔だがそれはいつもの事、心根は優しく誰に対しても気を遣う。


「わかりました。キュリス……」

 マリーが連れ添い、キュリスを席から立たせて保護室へと向かう。

 出ていくまでも時間が惜しいとばかりにベリトはキュリスの退出を待たずに話し始める。


「では報告しますね。

 中央塔前にて高速移動をやめたとみられるレイナスはキュリスとジャニーヌと相対。ジャニーヌはまず黒馬と騎士を撃破したそうです。そしてキュリスに加勢に加わりますがユーリウスと同じく雷と化したレイナスの速度についていけずに死亡。

 その後レイナスの炎によって死体は消失したそうです。

 キュリスは影も陰陽の魔法も効かず、駆け付けた冒険者たちとエルフと共に神域にかかるとされる封印の大魔法を行使。見事に命中し効果を発揮しました。

 そしてここからが本題です。封印消滅したはずのレイナスは当たり前の様にすぐに復活し現れ、その姿は特に変化はなかったようです。

 その後レイナスが語った内容は、自分は一番最後に生まれた者で、その存在は創造と産出の概念であるとのことです。

 そこでキュリスは意識を失ったようです、残されたエルフと冒険者は絶望のあまり静観、微動だにしなかったため殺されなかったのではと推測します。

 そしてキルシーを奪還したレイナスはその周囲の地形に陥没痕を残し姿を消した。周辺の目撃情報からは巨人が一瞬現れたとのことです、以上」


「大問題ではないか……。鉄壁のアドリアーネがいいように破壊されたやすく破られるとは…」

 ぼやくリズィーに同意するベリトとライザ。


「まずレイナスの討滅については頭を捻らないといけないようですね、おそらくヤナの森とガムザ平野の大百足と銀狼、ラツィオの町中を駆けた大狼もレイナスだと推測されます」


「自在に身体を変態できる者……か、伝説にもそんな化け物はいないぞ」


「どういう仕組みなのでしょうかね。そういう種族が居るのか、それとも何かの魔法の結果なのか」


「まだ獣になるのはわかる。獣化魔法を極めたらそうなるのか、とも考えられるからな。それすらありえんことだが……。だが問題は流動体、物体にもなれる点だ。ユーリウスがやられたのも、ジャニーヌがやられたのも雷に変化された時だ」


「二つ名といえど人間。雷速に反応することはできんませんからね…」


「話してると馬鹿らしくなりますね。雷になる敵って」


「火にも細菌にも巨人にもなるらしいな。さらに物理攻撃が効いてない……いやそれ以前に攻撃に反応したことすら無いと。封印もダメだとすると、思いつくのは時空間魔法のみか……。だがその創造の概念とはなんなのだ?」


「ユーリウスさんは何か言ってませんでしたか?相対した所見みたいなものを聞きたいのですが。

 創造の概念……それについても意味が解りません。それをつかさどる化け物みたいなことですかね?」


「ユーリウスは……相当深刻な顔をしていた。己の時空間魔法はまだ試していないが、試していないだけで効果の程はわからないと。そしてそれ以外にも敵の正体を暴き、対策を複数用意せねばならないと」


 それはつまり、効かなかったときの保険ということだ。

 人間最強の魔法が意味がなかったときの用意ということ。

 その事実に一同の顔は曇る。


「困ったものだ。ジャニーヌを失い、アルマンドを失い、レザーズも失った。冒険者も多くを失った。噂は止められん、国内の次は国外へとこの損失が知れ渡るだろう…、復興もせねばならん。不落と化していた強者の巣窟アドリアーネは…陥落したのかもしれんな」


「国王……」

 

 弱気な発言をする国王に二人も押し黙る。会議を重ねたところで情報の共有は測れるが、ここにいる面子は国内の最高戦力と最高権力。つまりエアハートの事は全てわかっている、つまり……。

 打つ手が用意できないという事も、解ってしまう。


「殲滅戦として、全二つ名を動員することはできるが……国の守りも心配だ。レイドアースあたりが攻めてくるか……それ以前にそうしたところでシャルマータは八人いる。その中のレイナスたった一人でさえ攻略法が見つからんのだ、ほんとに……困ったな」


「国外の力を借りましょう、国王」


「ああ、解っておる。それに向けて話し合いは進めているのだがいい案がでるかどうかと不安でな。つい弱気になってしまっていた」

 

 咳ばらいをし、厳格な顔を引き締める。


「近日中にエルフ、ドワーフを含めた三種族合同会議を執り行う、そこで情報の共有と対策を打ち立てる手筈となっている」


「エルフ側の感触はどうなんでしょう?」


「普通、と言ったところだな。特に乗り気なわけでもなく。エルフの護衛隊はやられたが少数であるしな…。

 ドワーフは神格殺し並みの剣や武器を作って貸し出す用意はあるそうだ。情けない話だが我が国では解決策がないからな」


「こういう時こそ、同盟友好国。存分に使いましょう!」


 進展はなく、合同会議に一縷の望みをかけるという、なんとも言えない結果で会議は終わった。





――連龍国。


「どゆこと!?」


 響き渡る幼い声は国王ナティアの物。二人の従者からの報告を受けて面食らっている最中である。


「確かな事実の様ですよ」


「ええと、祖龍の名前がアニマで属してるのがシャルマータって勢力で平野に城を気づいてアドリアーネに侵攻して中央塔ぶっこわして制圧して……どゆこと!?」


「国王様、祖龍というのは一度忘れた方が良いかもしれませんよ。思った以上にシャルマータという一団の戦闘力が高いようです。アドリアーネがやられたということから相当なもの。

 連龍国も何かしらの手を打たなければならないかもしれません。それと友好国として援軍を出し、情報を持ち帰らせることをお勧めします」


「それは任せるけど……そんなに暴れん坊な一団なのね、アニマのいるところって……」


 従者クリストフェルが集めた情報と使者として使わされていた従者エイブラハムによる報告を受けたナティアは驚愕の一色。

 クリストフェルでさえその真偽を疑い何度も調査したのだ、それゆえそれが確かなものとして受け入れざるを得ない事となったわけだが。


「ちなみに、近日中にエルフとドワーフと人間で会議をするそうなのです」


「すごいメンツね!?」


「ええ。その席に私も出させていただこうかと思っております」

 

「そんなこと許されるのか?連龍国にいまだ関わりはほぼないのだぞ?、祖龍として仲間に入れたいと思っていたが、そのアドリアーネの件でもう完全に無理だ」

 腕を組み、顎に手を当て話すエイブラハム。


「その祖龍を出しに使うのです。祖龍の専門家は祖龍。なればその知識と引き換えに情報を得てこようかと」


「まったく……祖龍にたいして秘密もないだろうに。だが情報を得てなんとする?その三国が知恵を出し合っても解決できないほどの一団ではなかろう?相手は八人と聞いたが」


「ええ。ですがどことなく嫌な予感もしますし。アドリアーネが崩壊し侵攻を開始するような一団であるならば連龍国も遠からず標的になるかと。無論この国の制圧は無理でも一匹の被害も出したくはないでしょう?、将来のリスクを考えて戦場が他所のうちに叩いておくのです」


「でもそれだと祖龍も討滅されてしまうのよね……、祖龍の保護条約は成立しなかったもんね、今回は諦めるしかないのかな」


「戦場に騎龍兵を送ればアニマ次第ではありますが捕獲し隠蔽することも可能かと」


「なるほど!それならそれで行きましょうか!」


「確実ではありませんがね……」

 

 シャルマータとの戦いに、国家群が動き出す。連龍国、エルフ国、ドワーフ国、人間三カ国。

 渦中のシャルマータは依然として黒城から動きを見せないままに。





――アドリアーネ、無事だったギルド集会所の酒場にて。



「いや、ヤバすぎんだろ。私抜けていい?」


「だ、だめですよっ……だめなんですかね……?」


「まだ国の方針が解らんからな。殲滅戦するってんなら数は多い方が良いけどよ」


 豪華すぎる顔ぶれがそこにはいた。

 雷獣のキャンディス、巫女ソフィア、山薙ぎカルロッタ。


「しかしその情報が確かならば倒せないのではないか?」


「うんうん、だよね」


 更には帝国軍大佐、青葉紅葉、補佐官大原鈴。


 アドリアーネの復興と防衛の任はいったん他の冒険者に任せ、休憩も兼ねて集会所へとやってきた。というのも本来こうする予定は無かったのだが、帝国の大佐クラスが走って飛び込んできたのを目撃したため何事かと対応する羽目になったのだ。

 だがこれは有益な事。情報を渡す気はないが既に知れわたっていることや敵の特徴については話しても問題はない。何か突破口が無いか話を聞こうと時間を取ったのだ。


「帝国でも倒す方法はねーってことか?」


 カルロッタ達も既にアドリアーネで起こった情報の詳細を得ている。

 特にパワー型のカルロッタは何かしら対策を用意しないと非常に厄介なことになる。


「じゃあ、そのレイナスってのに水になってもらって蒸発させるとか?」

 瓶ごと酒を流し込みながら料理を頬張るキャンディス。


「封印が効かない者が蒸発で死ぬのか?、そいつの自称だが創造が破壊となんとやらとかいってたんだろ?」


「破壊と創造は表裏一体。破壊すれば創造が成される、か。封印しても問題なく出てきたようだし……」


「それもかなり神がかり的な封印だったらしい」


「もう命がたくさんあるんじゃない?殺しまくればいいんじゃないかな?」


「それならいいのですけれども……、天使の種格で攻撃すれば魂を削れるとかないでしょうか……」


「それは…魂に直接か、だがそれも消滅と同じことではないのか」


 効果的な案は出ない。

 だがそれは表側での話、キャンディスは心中、レイドアースの研究機関なら何か手があるはずと、この件を持ち帰って相談しようと思っているし。青葉等は帝国の元帥級戦力ならばどうだろうかと思案している。

 自国の切り札を晒す訳がないのでここでは言わないが。


「でもそんなに心配することもないんじゃ?、エルフもドワーフも混ざるなら……むしろ面白いものが見られると思う。それだけの敵ならエルフが秘匿術式を使用するかもだし、ドワーフも神域武装を持ち出すかもしれないね?」


「大戦レベルの話だなおい。俺らとしてはとりあえず倒してもらえればなんでもいいんだが、有害なものが残るのだけは勘弁だぞ」


 やはりここでも他種族の力を借りるしかないという結論で収まった。

 キャンディスは自国へ情報を持ち帰るため帰国し、エアハートの二人は防衛に戻る。帝国勢の二人は当初の目的であった霊山を目指して再び歩を進める。

 その心中にあるのはいづれもシャルマータである。




――レイドアース。


「クラッド君、調子はどうかね?」


 レイドアース中央塔近くの宿屋にて、クラッドを訪ねるは研究者オルソ。


「オルソさん。ここは快適ですよ、良い師匠にも恵まれて移住してきてよかったです」


 菅原真に勧誘され入国したクラッドはその後、レイドアースの二つ名に修行をつけてもらい、順調にその実力を伸ばしていた。

 その二つ名を紹介したのがオルソであり、宿屋の手配など多くの面倒を見ている存在だ。

 

「冒険者ランクも、もう10になったし。独り立ちすることも考えてるんです」


「独り立ちはいつでもできるさ、だがもう少しこの国で色々なものを見てはどうかね?、まだ会っていない二つ名も多いだろうし」


 ランクは詐称である。オルソは国に、クラッドを重要研究動物として申請している。この立派な家具と待遇の揃っている一級の中央塔近くの宿屋も監視の意味も含めて国が用意したものだ。

 そして実験は順調に進んでいた。クラッドの服の隙間から見えるのは多数の注射痕、頭には術式を埋め込み制御できるようにしている。体にも数個埋めてある。


 制御できるのならば奴隷にしたらいいのではないかと思うだろうか、研究動物は未来も希望も無いと知った時成果を出さない。自分に利益があり、自主的に楽しいことをやっていると感じたときに、良い数値を出すものなのだ。

 できるだけ奴隷化はしない。いうなれば放し飼いをして自分から進んで研究に貢献してもらうのだ。

 クラッドには研究の事は一切話していない、研究前後の記憶は毎回頭の術式で焼き消しているのでただ楽しい毎日しか知覚していないのだ。


「そうだ、オルソさん。エアハートが今大変だってのは本当なんですか?」


 あまり遠くには行かせていないためクラッドは他国の近況は知り得ていない。


「少しいざこざがあっただけらしい、気にするほどでもないだろうな」


 クラッドの研究は順調であった。といってもスキルを人工的に付与する方法を発見したのではない。クラッドにスキルを与えた何者かが居るという事と、その魔力波を割り出した事。これで該当する魔力波を持つものを探索することができる。

 そして失われた記憶の摘出。クラッドには見せていないが、寄生され化け物化した時の記憶を映像として取り出し、研究している。一体どういう事が体に起きていたのかと。


「さて、私はそろそろ塔に戻らなければならない、また後でな」


 別れを告げ、中央塔へと向かうオルソ。

 クラッドの宿屋を出た途端に傍らに一人、連れ立って歩くものが増えている。


「ね、役に立った?例の話」


「そうだな……クラッドに寄生させたのはそのレイナスとみて間違いない。スキル付与は別人だが、おそらく……シャルマータの残り七人の中に居るだろう。

 それと、そのレイナスという者の身体も研究したい、捕縛方法を考えねばならんな」


 キャンディスはフードの下でいつもの様に獰猛に嗤う。

 

「キャンディス、お前はしばらくエアハートに滞在して定期報告しろ」


「ん、了解」


「今回はやけに素直だな?」


 そりゃそうだ。と心の中で想うキャンディス。

 今回のシャルマータとエアハートの事件、これが全てうまくいき、レイドアースに貢献したと見なされればキャンディスは……。


「晴れて自由の身になれるから、な」


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