第22話 ヤヨイ対チカコ

 ヤヨイたちは、利き腕とは逆の手で食べている。

 カケルとスズネは少し慣れていた。

 タクミは一人だけ右手を使っている。

「たまには、こんなお洒落しゃれな場所もいいな」

 穴の開いたパンを持っていた。

 道路にまるい机がならび、上には傘が付いている。机の周りには椅子がならぶ。

 輪になって楽しめるような構造。

 皆、近くの店で買った食事を口に運ぶ。

「トマトケチャップが、いいわよね」

 スズネはパンに色々と挟んである料理をほおばっていた。

 ヤヨイは、平たいパン生地の上に食材が乗っている料理と格闘している。

 幸せそうな顔をしていた。

「少し慣れてきたかな」

 カケルは、同じくらいの大きさに四角く切られているサラダと、何かの肉の塊を食べていた。

 道に沿って多くの水路がある。公園や噴水が活気に満ちた、水の豊富な町。

 全員、トマトジュースを飲み終えた。


 食後の模擬戦が始まる。いつもの基礎訓練。

 どの町にも能力バトル用の広い公園があるので、困らない。

 スズネとタクミの棒合戦は人気が高い。食事中の人々は手を止めて見ている。

 ヤヨイとカケルも、剣での模擬戦を行う。

「少しずつ成長してきたかな」

 ヤヨイの分離できる時間は、またすこし延びていた。

 30分、発生と消滅を繰り返した光のドーム。

 すがすがしい表情の四人。近くの洗面所で歯を磨き、南に向けて歩き出す。

 大きな道のある場所まで来た。はっきりと次の町が見える。

 長身のタクミが口を開く。

「あれが聖地だ」

「空に浮かんでるとか、もっとすごいのかと思った」

 すこし背の低いヤヨイは、違う何かを想像していた。

「そんなわけないだろ」

「夢があっていいじゃない」

 カケルは現実的で、スズネは夢見る少女だった。


 辺りは荒野ではない。草木が茂り、春の陽気。

 ヤヨイたちは、目的地である町まで徒歩で向かうことにする。道のとなりの草むらから、バッタが見守っていた。

 荷物を背負った四人。左側の歩道を、休憩をはさみながら歩く。

 聖地の手前まで来たところで、誰かが立っているのが見えた。女性のようだ。

 ヤヨイがカケルのほうを見ると、少し厳しい目つきになっている。

「通りたければ、ワタシを倒してからにするんだな」

 二十代前半の女性は、ぶっきらぼうに言った。

「能力使ってないときに止めようがないだろ。無視しようぜ、無視」

「もう。これだからタクミは」

 普通の長さの髪の少年が言ったのは、普通の意見。しかし、スズネから呆れられた。

 つり目の女性は威圧感いあつかんを放ち続ける。

 相手の力を感じ取ることができないはずのヤヨイも、何かを感じ取っている様子。

「わたしは、ヤヨイです。よろしくお願いします!」

「チカコ」

 薄紫色うすむらさきいろの服を着た女性は、吐き捨てるように言った。

 二人は道路の横へ、短い草が生えている、広い草原に移動。

 ほかの三人も、見学のため緑の大地を踏む。

「基本ルールでいいだろう。いくぞ」

「はい!」

 ヤヨイが同意し、戦闘空間が形成される。

 赤寄りの紫色という服になったチカコが現れた。ヤヨイは赤い服のまま。

「どうした?」

「わたしは、このまま戦います!」

 ヤヨイの言葉を受け、つり目の女性はすこしだけ驚く。すぐ元の表情に戻った。

 チカコの右手に、鋭い光のやいばが握られた。


 ヤヨイが、右手に淡く光る剣をにぎりしめる。

 初めは普通の剣同士の戦いに見えた。草原という足場の悪さを感じさせない。

 おたがい、攻撃をガードしていく。的確に発生する、半球体の光の壁。

 突然、足元の草のあいだから、何かの攻撃が行われた。直撃をさけたヤヨイ。ゲージがわずかに減る。

 光が草をけて縮む。チカコの足元へとかえっていった。

「おいおい。刃を伸ばすなんて、人間にできるのかよ」

「信じられないわね」

 武器の形を維持する難しさを知っているタクミとスズネは、驚きを隠せない。

「強い」

 つぶやいたヤヨイ。精神体を分離させた。

 お互いに身体のあちこちからやいばを発生させ攻撃し合う、人間離れした戦いが展開される。

「こんな人がいるなんて」

 カケルは、白い服になったヤヨイと互角に戦う女性を見て、すこし楽しそうだ。

 お互いにゲージは半分以上減っている。

 手の横から伸ばした刃が、ふくらはぎから伸びた刃に弾かれる。

 蹴りと同時に伸ばした刃は、寸前でガードされた。

「強いな。お前」

 チカコは、ヤヨイを認めた。


 ヤヨイは勝負に出た。

 身体のあちこちから光がほとばしり、加速する。

 力の消費が激しいため、攻撃が当たらなければ先に精神力が尽きて負けになる。

 おくせず攻めた。

 赤紫よりも速く動く白。刃の応酬がつづく。

 せまるチカコの刃は、ほとんどガードしない。短い刃を発生させて寸前ではじいている。

 空中も含めた立体的な動きをしつつ、ヤヨイは刃を伸ばし続けた。

 ゲージが空になる寸前、ヤヨイの刃がチカコに届く。

 わずかな差で、ヤヨイは勝利した。

 消える光のドーム。

 本体に戻る二人。

 薄紫色の服の女性が、表情を変えずにヤヨイへと近付いていく。

「……」

「ありがとうございました!」

 先にヤヨイが口を開いた。心からの、お礼の言葉。

「ヤヨイ、か」

 チカコは会話をする気がないようだ。つり目の鋭さがすこし和らぐ。

 三人に意見を聞かず、いきなり尋ねるヤヨイ。

「チームに入ってくれませんか?」

「断る」

 チカコが間髪入れずに断った。

「いずれ会うこともあるだろう」

 すぐに、町へ向かって歩いていった。遠ざかる背中。

 スズネが眉をすこし下げる。

「強いけど、悲しそうだったわね」

「だから、何とかしたかった」

 同じことを思っていたヤヨイ。

「人のことを考えられるようになったなんて、成長したね」

 カケルは、子の成長を見守る親のような感想を述べた。

「ああいうのは、自分から変わるしかないだろ」

 去っていく女性のうしろ姿を見つめながら、タクミが言った。

 四人がその場で戦いを振り返る。攻防を記憶していて、話は一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくに及ぶ。

 そして、歩き出した。

 ヤヨイ組は、聖地に足を踏み入れた。

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