No.011 当然の結果

タカテン

No.011 当然の結果

「今日はお茶漬けが食べたいな」


 仕事から帰ってきたアキオ。

 その口から飛び出した夕餉の注文に、ミカは動揺を隠せなかった。


「お茶漬けってなんですの?」


「聞いたことがアリマセーン」


「もしもしお姉さま? お茶漬けって知っておられますか?」


 頭を抱える者。

 お手上げデースと両手を上げる者。

 セレブな美人姉に電話して尋ねる者。

 ミカたちの反応は様々だ。


「じゃあ僕は着替えてリビングで待っているから。出来た人から持ってきてね」


 そんな妻たちの混乱を意に介すこともなく、アキオはネクタイを緩めながら部屋を出て行った。




 アキバ王こと、通称アキは、とある国の国王である。

 かの国は一夫多妻制が一般的で、王族であるアキオも世界中から多くのお嫁さんを貰った。

 しかし、国を継ぐことができるのは第一王子のみ。故に妻たちは誰よりもアキオの心を惹き、寵愛を受けようと日々競い合っていた。

 

 そして古来より「男を仕留めるならその胃袋を掴め」と言われている。

 中でも食事は他の連中を引き離す絶好のチャンスだった。




「でも、お茶漬けなんて聞いたことがないですわねぇ」


 フランス人妻のミカーヌが溜息をつきながら、鹿肉を焼いていた。

 お得意料理の鹿肉のメダイヨンに、茶葉を使ったソースを最後にかけるつもりなのだろう。


「ハッハー、お茶漬けだかなんだか知らないが、こいつを食べれば王様も大満足デース!」


 アメリカ人妻はハンバーガーを作った。

 ピクルスの代わりに茶葉を盛り込んだあたり、辛うじて料理のお題を意識しているのが見て取れる。


「お姉さま、本当にこれでいいんですよね?」


 日本人妻の美香が電話しながら、緑茶で肉を煮込んでいる。

 同じような煮込み料理をロシア人妻のミカーシャが、茶葉をトッピングしたピザをイタリア人妻のミカランジェロが、オランダ人妻は何も料理せず服を脱ぎ始めた。


 それらを傍目に眺めながら天使妻であるミカエルは黙ってお茶漬けなるものを考えていた。

 

 お茶漬けという名前からして茶葉を使った料理なのは間違いないだろう。

 それは他の妻たちも理解しているはずだ。

 が、「お茶」の後に続く「漬け」という言葉に関してはどうだろう?

「漬け」という以上、何かに漬け込むに違いない。

 この時点でフランス人、アメリカ人、イタリア人のミカたちは脱落。日本人とロシア人のミカは一見正しいように見えるが「漬ける」と「煮込む」は違う。だからダメ。オランダ人はもとより論外だ。


 これらから「お茶」と「漬け」という言葉を組み合わせて出来上がる料理とは一体どのようなものか?


 その時、ミカエルの脳裏に電流が走った。

 そうだ、確かニホンとか言う極東の島国では「漬物」のことを「〇〇漬け」と呼んだはずだ。

 奈良漬け、べったら漬け、きゅうりの浅漬け……語感的にもどんぴしゃだ。きっと「お茶漬け」もそんな漬物の一種に違いない。

 

「この勝負、貰ったわ」


 ミカエルは微笑を浮かべながら、てんこもりに掴んだ茶葉を出汁の入った袋に放り込んで一所懸命に揉み始めた。




「うん、どれも独特な味わいで美味しかったよ」


 ミカたちが丹精込めて作り、オランダ人妻ミミーカの魅惑のボディに盛り付けた料理を、アキオはいつものように「裸体盛りは存外に食べやすくていいね」と美味しく完食した。


 アキオは無茶振りこそするものの、出された料理はよほどのことがない限りちゃんと食べる。

 なんだかんだで皆、愛すべき妻たちなのだ。帰宅してその顔を見ればホッとするし、彼女たちが自分の為に腕をふるって料理をしてくれるのは嬉しい。その音を聞くだけで、日々の疲れが癒されるようだ。

 だからアキオはその気持ちにせめて完食という形で応えてあげたいと常々思っている。


「だけど僕が言ったお茶漬けは無かったね」


 しかし、だからと言って簡単に胃袋を掴まれるつもりもなかった。


「ええー!?」


 その食べっぷりを向かいに座り、期待しながら見つめるミカたちだったが、アキオの一言に皆一様に落胆の表情を浮かべる。

 今宵もアキオの要望に応えられなかった。

 それだけでも心苦しいのに、何より耐え難いのは……。


「というわけで今夜も僕の夜伽の相手は彼女にするよ」


 アキオが傍に置いていたフィンランド人妻ミカの抱き枕を持ち上げて、そそくさと寝室へと向かう。

 チューリップハットを被り、カンテレを手に演奏する姿が描かれている彼女は、アキオの大のお気に入りであった。


「二次元嫁に勝てるかーっ!」

 

 三次元妻のミカたちの咆哮が、アキオの治める国に木霊する。

 それはなんてことはない、いつもの光景であった。

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