第二十六話 勿忘草の記憶

「ガラハッド! どこなの!」

 瓦礫の散らばる村の中をがむしゃらに走り回り始めてから、どれだけ時が過ぎたのかはもう分からなくなっていた。

 朽ちかけた石塀に囲まれた集落跡はそれほど広くはなく、静まりかえった廃屋の群れの端から端を踏破するまでに、たいした時間はかからない。見覚えのある板切れを何度もひっくり返し、半壊した家屋の影に半身をねじ込みながら、ユダは声を限りに相棒の名を呼んだ。

「ガラハッド、居たら返事をして! お願いだ!」

 渾身の大声を撒き散らし続ける今の自分は、おそらく捕食者の側からすれば格好の標的であろう。だがそれでも、ユダに全力の捜索を諦める選択肢は存在しない。むしろ先ほどの異形が自分を狙って現れてくれるならば、好都合だとさえ考えていた。

 せっかく無事に会えたのに、また離れ離れになるなんて――

 舞い上がる砂塵を振り払うようにケープを翻したユダは、尚も懸命に叫び続けた。

「ガラハッド、どこにいるの!」

 常識的に考えれば、獲れたての餌の目の前で、捕食者が再び擬態を行うことはないだろう。元の姿を保ったままならば、異形は必ずユダの探知の網に引っかかるはずである――少なくとも、獲物を無事に腹の中へと収めるまでの間は。

 冗談じゃない、そんなことさせてたまるか!

 感覚を最高潮に研ぎ澄ませたまま、当て所もなくうろつき回る行為は想像以上に消耗する。

 しかし、相棒という拠り所を取り戻せるならば、それは些細なことだ。いつもならとっくにひっくり返っていてもおかしくないほどの力を使い果たしているはずだが、それを抑制しようとする感情が微塵も湧いてこなかった。無二の相棒を失うかもしれないという恐怖と焦りとが、ユダの四肢に嵌められていた透明なかせを、ばらばらに打ち砕いてしまったのかもしれない。

『この里は、君と僕のふるさとでもある』

 天空樹の膝元へ寄り添うように、ひっそりと残されていたこの村へ辿り着いた矢先、彼はそんな風に初めての過去を語った。それが事実であるならば、粗雑に押し退けてきた瓦礫の中には、自身の記憶ルーツに関わるものも多くあったのかもしれない。

 だけど、そんなもの今はどうだっていい――!

 たとえ記憶を取り戻せたとして、傍らに彼が居なければ、意味などどこにも無いのだから。

 危険も限界も、知ったことではない。否、そんな思いに至る余裕すらなく、ユダは集落のあちらこちらで五感を手放しては、何度も精密探知を試みていた。しかし、未だ妖花の気配を嗅ぎ付けることは出来ていない。

 これほど走り回っても、僅かな気配すら掴むことができないとは。こうなれば後は、探知の網を際限なく下層にまで拡げるしかない。それとももっと広範囲に、樹海の地表全体を洗うべきだろうか――

「ん?」

 半ば躍起になって思案していた時、ある廃墟の一画で、僅かな違和感を捉えた。先ほどからもしつこく往復を重ねた場所のはずだが、何度となく見澄ましてようやく気付くことが出来たようだ。

「これは……!」

 折り重なった瓦礫をひとつひとつ除いていくと、そこには地下へと続く階段が隠れていた。不思議なことにそこからは、微かに覚えのある気配が漂ってくる。

「光よ!」

 すかさず《光明ライティング》の術式でもって中を照らしてみると、山のような瓦礫が蓋をしていたおかげで、そこには砂や瓦礫がほとんど入り込んでおらず、地下の空間がそのまま維持されているようだと分かった。

 相棒の所作を思い返し、術を編み直す。すると、頭上の一点にとどまっていた小さな光球がゆっくりと動き出し、ユダの視線の先をふわふわと漂い始めた。

「……よし」

 相棒仕込みの変成アレンジでもって、魔力の光球はユダの視線を追いかけ、見たいところを照らしてくれるようになった。軽く息を吐いて小さく頷くと、ユダは慎重に足元へ気を配りながら、ゆっくりと地下への一歩を踏み出した――しかし。

「わあっ!」

 そろそろと足を下ろしたことがかえって仇となったのかもしれない。ユダが片足で踏みしめた瞬間を見計らったかのように、老朽化した階段が大穴を開けたのである。

 受け身を取る間もなく前方へ投げ出されたユダは、続く足場も巻き添えに潰しながらゴロゴロと下方へ転がり落ちた。

「いてて――――」

 ごつごつした石床へ強かに叩きつけられ、ようやく転がるのをやめたユダの体は、出鱈目にあちこちが痛んでいる。頭を打ち付けなかったことだけは、不幸中の幸いだろうか。

 主の言いつけを忠実に守り抜き、ユダの鼻先に駆け付けた光球は、無様にひっくり返ったユダを無機質に照らし続けている。

「何だよ、しょうがないだろ」

 その様子はまるで「何をしているのか」と冷たく見下ろされているようで、ひどく腹立たしく見えた。

 しかし主の感情など気にかけてくれるはずもなく、光球はユダの視線の赴く通りに、淡々と部屋の奥を目指して進んでゆく。

 光球の進んだ先には、取れかけた蝶番にかろうじて支えられた扉が、壁にもたれかかっているのが見えた。どうやら、奥にもうひとつ部屋があるようだ。

「あっ――!」

 刹那、ユダは前方を過ぎった光景に息を呑んでいた。そこには、相棒を攫った異形に驚くほどよく似た花が群生していたのだ。

 まさか、擬態か――?

 見るなり、ユダは反射的に腰の得物に手を掛けていた。大きさこそ違えど、やはり眼前の花はあの妖花をそっくりそのまま縮めたような姿をしている。石床を埋め尽くすほどびっしりと生えたあの花たちが一斉に擬態を解き牙を剥いたとすれば――と、身の毛もよだつ光景が脳裏を過ぎったのである。

 ところが、鮮青に染まった一室に動きはない。無風の地下室で、花たちは時が止まったようにひっそりとそこに在るだけであった。

 もしかするとあれは、異形ではなくのほうなのだろうか――警戒を怠らぬまま入室を思案していると、咲き乱れる花々の真ん中に、黒ずくめの何かが横たわっているのが見えた。

「ガラハッド……? そこにいるのかい?」

 横たわる影が人の形をしていることは、すぐに判別出来た。しかも全身黒ずくめとなれば、真っ先に思い浮かぶのは相棒の姿だ。

 警戒もそこそこに、思わずユダは前方へ駆け寄っていた。

 むせ返るような香気の中にあったのは、足首までをすっぽりと覆う、漆黒の法衣――ではなかった。ビロードのかっちりとしたボレロとスカートを着た人影は、相棒よりもひと回りほど小さい。

「メリル……? 良かった、メリルだ!」

 胎児のように膝を抱えた格好で、狂い咲く青に包まれていたのは、メリルだった。

 願ってもない再会である。他のメンバーに比べ、戦う力の弱いメリルのことは、試験開始当初からとても心配していた。

 しかし感嘆の声をあげるも、こちらの呼びかけに何の反応も示さないメリルの様子を見ると、すぐさま不安が募った。

「メリル! メリル、しっかりして! 大丈夫?」

 以前から小柄な体格に認識はあったが、無我夢中で助け起こしたメリルの体はとんでもなく小さく軽く感じられた。

 未だだらりと脱力したままの彼女を見つめ続けることに耐え兼ね、ユダは半ば祈るような気持ちでメリルの青白い頬をぱちぱちと叩いて刺激した――すると。

「うっ……」

 ユダと一緒になって顔色を伺うかのごとく、魔術の光がメリルの鼻先を照らした途端、彼女はぴくぴくと瞼を痙攣させ、降り注ぐ光を遮ろうとするかのように目元へ手をかざした。

 そして、ふさふさとした睫毛に縁取られた瞼がゆっくりと持ち上がる。

「ここは……?」

 意識を回復させたメリルは、開ききらない瞼を何度も瞬かせ、不思議そうにキョロキョロと辺りを見回していた。

 ふと、妖花が記憶を食うという相棒の言葉を思い出し、ぼんやりとする今のメリルがその事後なのではないかという懸念が過ぎった。

「メリル、僕が分かるかい?」

 恐る恐る尋ねると、メリルはようやっと一番近くのユダの存在に気が付いた様子で、驚きに目をしばたたかせていた。

「ユダ……? ああ、やっと会えた!」

 視線がぶつかった瞬間、メリルは心から嬉しそうに漆黒の瞳を潤ませ、ユダに飛びついてきた。

「僕も嬉しいよ、メリル。怪我はしてない? どこか痛むところは――」

 小さな体からは想像もつかないほどの重い体当たりに一瞬面食らったものの、それを覆すほどの大きな思いが体中から湧き起こってくるのを感じ、ユダは胸を打つ喜びを噛み締めながら、メリルの小さな背中を懸命に抱き締めていた。

「大丈夫ですよ、ユダ。本当に会えて良かった――独りで待ち続けるのはとても寂しかったから」

 メリルの台詞が少しくぐもって聞こえ、力いっぱい締め上げすぎたのではと焦ったユダは、大慌てでメリルから手を離した。

 鼻先に見えた笑顔のメリルが、控えめに口元を覆って、ころころと肩を揺らす。

 陽だまりのような笑顔に釣られ、思わずユダもくすくすと笑いを零した。

「あ……そういえば、ガラハッドさんはいらっしゃらないんですか? 真っ先に合流されているとばかり思っていたんですけど」

 しばし和やかな空気を堪能していたユダであったが、何気なく零されたであろうメリルの言葉に、はっと我に返っていた。

 妖花に攫われる直前、相棒の見せた苦しげな笑顔が脳裏をよぎる。ひりつく胸を押さえ付けながら立ち上がったユダは、喉元を引き締め、声を振り絞った。

「実は、僕も彼を探してるんだ。さっきまで一緒だったんだけど、異形に捕まってしまって」

 するとメリルは悲しげに眉を寄せ、「そうですか」と小さく零して俯いた。彼女なりの気遣いなのか、その先を言及しようとはしない。

 だが、彼女ならば何かしらの有益な情報を与えてくれるはずである。参加者の中では、おそらく相棒を凌ぐ異形の知識を備えているはずの彼女ならば、きっと。

 そう思ったユダは、気遣いの間さえ惜しむように、素早くメリルの傍らに詰め寄った。

「さっきね、そこに咲いてる花をそのまま大きくしたような異形に襲われたんだ。君はその異形のこと、何か知ってる? ガラハッドは〝記憶を食う〟とか何とか言ってたんだけど」

「ごめんなさい、私にも分かりません」

 迷いあぐねるでもなく、すぐさまふるふると首を振ったメリルを見て、ユダは思わずがくりと肩を落としていた。

 考えてみれば、当然の返答であったのかもしれない。彼女はつい先ほどまで、ここにたった一人で仲間が来るのを待っていたと話した。この花が異形の擬態である可能性に気が付いていれば、長くとどまることなどしなかったに違いない。

 それにしたって、いつもの彼女ならもう少し何か、助言をくれそうな気はするんだけど……。

 わずかに首を傾げたメリルは、焦点の合わない目を彷徨さまよわせ、この地下室ではないどこか遠くに思いを馳せている。以前の利発さが嘘のようにおとなしいのだ。

 やっぱり、どこか体の具合が悪いんじゃ――

 不安を抱いたユダが再びまじまじとメリルの顔を覗き込むと、何を思ったか、彼女は口元に薄い笑みをたたえ、ゆっくりとこちらに視線を滑らせてきた。

「――でも私、ガラハッドさんに逢う方法は知っていますよ」

「え……?」

 ぞくりと、肌の粟立つ感触がした。

 唐突に意味深げな台詞を零したメリルは、にっこりと邪気のない笑みを浮かべている。

 待ってよ、どういうこと――?

 不意打ちの過ぎる発言に、理解が追いつかない。絶句するユダを尻目に、メリルはくすくすと笑いを零し始める。

 そこで、ようやくユダは気が付いていた――薄ら笑う彼女の周囲を、見覚えのある蛍火のような光が包んでいることに。

「まさか……これは!」

 淡い金色の光を纏い、ふわふわと部屋中を漂う奇妙な粒子。間違いない、これはあの妖花が撒き散らしていた〝胞子〟と同じものだ。

 はっと息を呑んだ瞬間、頭の芯がぐらぐらと揺れ、強烈な眠気が怒涛のように押し寄せてくるのが分かった。

「しまった――!」

 全身が、鉛のように重い。けれど、そのくせ意識だけがうつらうつらと上辺をちらつき、舵をとることさえままならなくなっている。まばたきに任せて目を閉じれば、すぐさま突っ伏してしまいそうだ。

 このまま眠ったら、二度と起きられない気がする――!

 濁りゆく意識の中で、ユダは強烈な睡魔と懸命に格闘していた、先の相棒の姿を思い返していた。

「気持ちいいでしょう、ユダ? 眠りに落ちる寸前の、水面みなもを漂うような感覚は」

 どうして。この体はこんなにも重いのに、どうして君は――?

 うずくまるユダと入れ替わるかのように、傍らのメリルが、いとも容易く立ち上がっていた。

「メリル……?」

 まるで、輝く胞子を一粒でも多くその身に浴びようとしているかのように、両手を広げたメリルは、満面の笑みを浮かべてくるくると踊っている。

 白銀のスポットライトを浴びながら、艶やかな黒髪と、同じ色のスカートが、星屑のような粒子を引き連れ揺れている。眼前の光景は息を呑むほどまばゆく美しいのに、その裏側で着々と練り上げられてゆく恐ろしい〝気配〟が、ユダの全身に言い知れない恐怖を這いのぼらせていた。

「暖炉の側で、本を片手にうたた寝した時の、がくんと力が抜けるあの感覚――貴女にも覚えがあるでしょう? 踏み止まろうとすれば辛いけれど、そのまま滑り落ちてしまえば、とっても楽になれる。そのことも、貴女はもう知っているはずですよね?」

『何があっても、こいつに心を許しちゃいけない――!』

 ここに来てユダはようやく、余力の限りを尽くし、相棒が残してくれた言葉の真意を理解していた。

 が、メリルであるはずがない。この花の特性が〝擬態〟であることを、自分は痛いほどよく分かっていたというのに。

「お前は、一体――」

 歯軋みを漏らしながら立ち上がったユダは、痺れた指先に渾身の力を込め、愛剣の柄に手を掛けていた。

 僅かに眼球を動かすだけで、根こそぎ力が削り取られていくのが分かる。柄を取る手に力を込めれば込めるほど、ひとりでに息が上がってゆく。

 メリルの姿を模した生き物の胸元には、虹色に輝く光の塊が見える。それは間違いなく、目の前に佇むものが、忌むべき《異形》であることを示していた。

「貴女も眠るのが恐ろしいのですか? でも、ガラハッドさんに逢いたいのなら、眠ってしまうのが一番です」

 睨め上げた異形は、変わらず薄ら笑いを浮かべ続けていた。まるで今のユダにはどうすることも出来ないと、見透かしているかのように。

「それ以上、メリルの姿のまんまで喋るな!」

 四肢を押さえつける重圧を振り切らんと、腹から吼えたてたユダは、勢いのままに腰の得物を抜き放ち、間合いいっぱいを全力で薙ぎ払っていた。

 石床と水平に弧を描いたユダの剣閃は、深々と抉るように仇敵の胸元を斬り裂いた。

 もろともね飛ばされた異形の片腕が、ブーメランのような軌道を描いて地下室の側壁に激突し、ぼとりと無造作に転がる。

「なっ……」

 しかし、枯葉を斬り裂いたかのように、まるで手応えを感じなかった。確かに自分は、はっきりと見えていたコアに狙いを定めて剣を振るったというのに。

 振り抜きかけた利き腕をどうにか逆の腕で捕まえ、再び下腹に力を込めて踏みとどまる。

 霞みがかった目を凝らして前方を見つめると、深々と胸部を裂かれ、片腕を刎ね飛ばされたにも関わらず、異形は平然と立っていた。

 驚くべきことに、先ほど胸元で光っていた核が、今度は下腹部の辺りに出現している。

 まさか、核を移動させたのか――?

 ぱっくりと開いた傷口をどうするでもなく、瞳だけを動かしてこちらを捉えたメリルもどきは、再び屈託のない笑みを浮かべる。

 その瞬間、突如として轟音がとどろき、足元から何かがせり上がってくるのが分かった。

「あ……」

 石床もろとも鮮青の絨毯を突き破り、地の底から這い出てきたものは、細長いずだ袋のような器官をぶら下げた奇妙な植物であった。大きさこそ比べものにならないが、ユダはあれとよく似た植物を瘴気の森の中で目にしたことがある――あれは、食虫植物だ。そして今、その透明な捕虫器の中に閉じ込められているのは――

「ガラハッド……!」

 衝撃のあまり、ユダは愕然と膝をついていた。葡萄色ボルドーの液体に沈められたガラハッドは、ぴくりとも動かない。

「ほら、彼も今はぐっすり眠っています。眠りにつけば、貴女も彼に逢えますよ。夢はみんな、同じところで繋がっているんですから」

 このままじゃ、ガラハッドが殺されちゃう――!

 そう思った途端、言い知れぬ激情がユダの全身を怒涛のように駆け巡っていた。

 全身の血が煮え滾り、どす黒く染まり果ててゆく気配がする――異形が仲間の姿を弄んだと気付いたあの時の、何倍と大きな感情である。一度は取り落とした刃を再び手にしたユダは、衝動の赴くまま、転がるように地を蹴り、目の前の異形に躍り掛かっていた。

 すれ違いざま、真っ二つに離断された異形の下半身が、ばさと軽い音を立てて地に堕ちた。

「――彼は眠りにつくことを酷く恐れていたようです。だからとても疲れ切っているみたい」

 しかしメリルもどきは、再び何事もなかったかのように、抑揚のない語りかけを続けようとする。腰の切断面からは、細長い繊維質の糸が無数に飛び出し、うぞうぞと蠢いていた。上半身だけになったメリルもどきの口元に、にいっと不気味な笑みが灯る。

「貴女もさぞ疲れていることでしょう。だから、どうかこのままお眠りなさい」

 その台詞が終わるか終わらないかのうちに、ユダの肩にのし掛かった重みが数段膨らんだ。なすすべもなくその力に押し潰され、ユダは前方に突っ伏していた。

「眠る間のことが気になりますか? 大丈夫ですよ、全て手はずは整っています。再び貴女が目覚める頃には、何もかもが終わっていますよ」

 指先はおろか、もはや眼球を動かすことさえままならない。鼻先で、爽やかな緑の香りが揺れ動いている。

「思い出してください、ユダ。それが、と貴女との間で取り決めた約束だったはず――世界は長い間、ずっとそうやって廻ってきたんですから」

 メリルによく似たその声は、耳打ちを錯覚させるほど、やけに近いところで響いている。

「おやすみなさい、ユダ。どうか、幸せな夢を」

 やがて、まるで緞帳が下ろされてゆくように、目の前の景色が闇に沈んだ。

 木漏れ日に抱かれているかのような心地好いまどろみが、ユダの意識を包み込んでゆく――

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