第3話 幼馴染のお兄ちゃんは……? 3

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 あの後、二人きりはなんだか身の危険を感じて夕飯は連城家にお邪魔して食べた。狼さんが不満そうにしていたけど、私はまだ十二歳! 中一だから!

 ご飯の後、ご馳走様でしたっておばさんにお礼を言いつつ逃げ帰ろうとした私は無念にも狼に捕獲された。

「ちゃんと待つから、そんなに警戒しないでよ」

 そう言ってまたキスして来た洸くん。待つとは一体どの辺の事を言っているのでしょうか? 思ったけど、声に出したら危険な気がして口を噤んだ私は賢いと思う。

 一人きりの家へ帰ってお風呂に入り、まだ早い時間だけれど色々あって疲れたからもう寝てしまおうとベッドに潜り込んだ私は、眠りかけの意識の中である事を思い出した。連城洸ルートは攻略不可になったけれど、そういえばまだ逆ハールートは選択できる。逆ハールートでの洸くんの出番が来るのは確か、五月の体育祭だ。そこからイベントを重ねてヒロインを取り巻くイケメンで構成された逆ハーレム要員に加わるの。もし、あの桃園愛香が逆ハー狙いだとしたら洸くんはどうなるんだろう? 恋に落ちちゃうのかな? でも逆ハーなんて誰も幸せにならないよね? もしかしたら洸くんは報われない恋に落ちちゃうとか? でもヒロインはゲームの内容を知っていて、そこには本物の感情があるのかわからない。大切な人が嘘かもしれない恋愛劇に巻き込まれるなんて、私には見過ごせない。

 決意を固めた私は勢い良く布団を跳ね上げ起き上がり、ベッドの横で揺れるカーテンを開けた。私の部屋の向かい側にあるのは洸くんの部屋。まだ電気がついている。開けた窓から身を乗り出し、窓ガラスをノックした。控え目に二度叩いてから少し待つ。反応がないからもう一回と手を伸ばし、がらりと開いた窓にびっくりしてバランスを崩した。

「ちぃ!」

 手を伸ばした洸くんに支えられ、何とか落下は免れる。ひやっとした。とっても怖かった。

「危ないだろ! 何してるんだよ!」

「しぃっ! 洸くん声おっきい!」

 怒り出した洸くんを小声で制して、そちらへお邪魔しても良いか尋ねる。難しい顔で悩む素振りを見せた後で、俺がそっち行くからどいてと言って洸くんはひらり私のベッドへ着地した。身軽だ。きっと私じゃそんな華麗に飛び越えられなかった。

「それで、どうしたんだ?」

 ベッドの上で正座していた私を正面から脚で囲い込むような体勢で座った洸くん。なにゆえこの距離? 近い。腰に手まで回されている。……おかしい。今までは何とも思わなくて平気だったのに、何故だかとっても緊張するよ!

「ちぃ? そんな顔してると我慢出来なくなっちゃう。」

 またまた狼化した洸くんが顔を近付けて来るから、急いで両手を口の間に挟んで阻止した。め、めげない狼の唇が私の掌を這ってるよぅ!

「こ、洸くん、はなしがあるのです!」

「何?」

「ちょ! その状態で話さないで!」

 掌に息が当たってこそばゆい。もう一度言おう。中身はどうであれ、現在の私は十二歳!

 ちゅうっと掌に吸い付かれた感覚に体を震わせた私を窺うように、いたずらっぽい顔した洸くんが上目遣いで眺めている。何かに満足した様子で私を映したままの瞳を細め、洸くんは少しだけ体を離してくれた。心臓、ばくばくし過ぎて頭が働かない。なんだっけ? なんでこんな事になっているんだ?

「ごめん、ちぃ。今はもうしないから落ち着いて?」

 涙目で大混乱の私を心配したのか、優しいお兄ちゃんが帰って来てくれた。柔らかに抱き締められ背中を撫でられ、ほっと力が抜ける。

「あのね、私ね、前世の記憶があってね。ここは乙女ゲームの世界でね、洸くんは攻略キャラで私はライバルキャラで、ヒロインが」

「ちょっと待ってちぃ。整理して話して」

 途中で止められ、見上げた洸くんは困った顔をしていた。どんな風に説明したら良いんだろうって、私は悩む。

「とりあえず、ちぃには前世の記憶があるんだね?」

 悩んでいる私を見兼ねて洸くんが助け船を出してくれた。こくんと頷いたら、髪が優しく梳かれる。

「それで、乙女ゲームの世界っていうのは?」

「えっとね、前世で恋愛シミュレーションゲーム? っていうのに私ハマったの」

「うん。それで?」

「恋は音楽と共にってタイトルのゲームでね、略して恋歌って言うの」

 理解してくれているか確認する為に洸くんを窺ったら、優しい笑みで先を促された。

「そのゲームは、ヒロインが男の子を恋愛で攻略するの。その攻略キャラの一人が洸くんなの。それでヒロインが一年生の桃園愛香。私は、洸くんとヒロインの恋を邪魔するライバル役なの」

 恐る恐る見上げた先の洸くんは、眉間に皺を寄せて考えているみたい。信じられない話だよねと心の中で溜息吐きつつ洸くんの眉間の皺を人差し指と中指で伸ばしていたら、微かな吐息と共に彼は笑みを零した。

「うん。理解した。それで?」

「信じてくれたの?」

「信じるよ。ちぃは嘘を言うような子じゃないでしょう?」

 洸くんはやっぱり優しい。安堵のあまり力の抜けた顔で笑った私の髪を、撫でるようにしてそっと梳いてくれる。

「そのヒロインが今日の放課後ゴミ捨て場にいた子なの。多分だけどね、その子も私と同じでゲームの記憶があるんじゃないかなって思う」

「ねぇこれって……ヒロインが俺に近付いたら困るから忠告って事かな? ヤキモチ?」

 洸くんが嬉しそうにニコニコしはじめた。まぁ……そうなるのかな? と思って私は素直に頷く。

「安心してよ。俺はちぃにしか興味無いから。そんな子が側にいた事すら気付かなかったし」

 スチル顔、恐るべし! 甘い笑顔で髪を梳かれ、耳が犯されるなんて言って大騒ぎしていたあの声がすぐそばで囁いてくる。顔が茹でだこみたいに赤く染まってしまうのは仕方ないと思う!

「今日の初遭遇イベントを私、わざとじゃないけど潰しちゃったの。だから洸くんルートはもう成立しないんだけど、実はまだ逆ハールートっていうのがあって、それに洸くんが関わるのは五月の体育祭なの。……ねぇ、なんでそんなにこにこしてるの?」

「だって嫉妬でしょ? 嬉しい」

 きゅうっと抱き締められ、何度も唇が押し付けられる。今日だけでどれだけキスをしてるんだろうって考えが頭を過ったけれど、段々体に力が入らなくなってきた。洸くんのキスは、前世で経験したそれとは比べられないくらい甘くとろけるの。キスがこんなに上手いだなんて、乙女ゲームの攻略キャラって伊達じゃない。

「その桃園愛香って子に、俺が近付かなければ良いんでしょう?」

 ぼんやりしながらも私は首を縦に動かし頷いた。

 最後だと言うようにちゅうっと唇を吸われ、洸くんは私を腕の檻で閉じ込めて優しい手付きで髪を梳く。

「任せておいてよ」

 そう言って笑う洸くんは、やっぱりメインヒーローが似合う王子様みたいだなって思った。

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