1-2 クロ
クロは探偵と名乗っている。なぜかと問われると、こう答えるしかない。
何もないから。
何もないから探し、探し求め、他者の中まで探しているうちに、探偵呼ばれるようになった。探偵とはいえ、仕事はほとんどない。大抵の場合は本を読み、寝ている。
クロは名前の通り、真っ黒だった。髪も瞳も黒く、くたびれたスーツも黒。あまりにしわくちゃの服に、気まぐれな少女、猫であるシロは怒るが(彼女は猫であるため、しゃべらないので目で言った)クロはこれ以外の持ち物はないし、色が付いたものは苦手なので結局はこのスーツを着るしかない。
ただ、いつからこのスーツを着ているかは知らない。何もないクロ。最もないものは、記憶だ。
なぜここにいるのか、まるでわからない。気がつけばここにいて、本を読んでいた。そうしているうちにシロが迷い込み、一緒に住む……というより、飼い主とペットという関係で間違いないだろう。それを不思議に思ったことはないし、やめようとも思わない。シロは猫でも手がかからない。大抵のことは自分でやるし、着替えも食事も適当にこなす。ただ、悪戯好きなので時々困る、その程度だ。
なので、クロの持ち物は服と本、そしてシロ。そして――唯一、クロを象徴する、クロの記憶を代表する物を持っている。
鉛色をした銃弾が一つ。何も入っていないディスクの引き出しにころりと入っている。そこには十字の傷と「私は忘れない」と言葉が刻まれている。私、とは誰のことかわからないが、忘れない、という言葉はクロを酷く安心させた。
この銃弾の意味がわかった時、どうなるだろう。ふと考えがよぎるが、それはすぐに消える。
クロは今、平和であり幸せだ。穏やか過ぎる日々が心地よい。争いはもちろん事故すらない。白い街は、風力タービンだけが動く、制止した平和な世界。日常を動かそうとは思わない。
クロは本をテーブルに伏せると、腕を枕に仰向けに転がった。天井も白い。埋め込まれた蛍光灯は少し黒ずんでいるがまだ使える。今は昼間なので明かりはいらない。部屋は充分な光で満たされている。
うつら、うつら、眠気がやってきた。夢の世界へ転がり落ちようとした時、鈴の音が聞えた。うっすら瞼を開けると、なんと、シロが上から落ちてくるところだった。逃げようとしたが遅く、シロの身体ははクロの腹にめり込んだ。
「シロ……」
辛うじて絞り出した声にシロは意地悪そうに笑った。このままでは胃が潰される。クロは何とか起き上がり、シロを押しのけた。シロは「遊んで!」と言わんばかりの目でクロを見つめた。無垢な目を前にしては嫌とは言えない。
「どれで遊ぼうか。ネズミのおもちゃ? チーズのパズル?」
おもちゃ箱を取り出し床に並べると、シロは次から次へと遊ぶ振りを見せて、ただ散らかした。クロはきれい好きというわけではないが、片付ける事を考えると億劫な気持ちになった。自然とため息が溢れ、シロはきょとんと見上げた。
七色に輝くシロの瞳。シロは何も言わない。
時々思う。もしかすると、シロは何かを知っているのかもしれない。クロの記憶を持っているのかもしれない。
しかし、クロは聞かない。永遠に聞かないだろう。聞いてしまったら、幸せが崩れてしまいそう……。
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