怖い話は書けますか?

 二階の黄色くなった畳が敷き詰められた、机とろうそくが置いてあるだけの私の部屋の中で。

「では、まず、内容を決めましょう」

 お宮様は、偉そうにそう言う。

(別にやりたくないんだけどな~)

 心の中では、そう思っていた。

「えっと、おばけに追いかけられる話はどう?」

「おばけね~、それは、人の形をしたもの? それとも人魂?」

「人魂、だって、人の形をしていたら怖いし……」

「怖い話を書く場合は、自分がより怖い物に寄せるべきですよ」

「ええ~」

(じゃあ、人の形をしたおばけを書かなきゃいけないの?)

 もう、ぞっとしていた。

「怖いからやめようよ」

「いいえ、あなたが怖い話にすると言ったのです。とことんまでやりましょうよ」

「ええ~」

(そんなつもりではないのだけど)

 思いつきで言っただけで、こう大げさにされると、迷惑だ。

「あ、あの、やっぱり、無理」

 私は、部屋の外に逃げてしまった。

(だって、怖い話なんて書けないよ)

 人の形をしたおばけを考えるだけで怖かった。

(それを本にするなんて)

 怖くて仕方がなかった。

 震える手で、お宮様の様子を見ると、私をにらんでいた。

「ひっ!」

「青さん、あなたは出来るのですから、がんばってみましょう」

「ええ~」

 盛大に声が出た。

「何ですの、その態度は」

「だって、私に小説なんて無理なのに……」

「なぜ無理なのです? あなたは、貸本屋の娘でしょう」

「うう~、そうだけど」

「それなら、お話は大好きなはずよ、これだけの本に囲まれて生活しているのだから、嫌いって事はないでしょう?」

「決めつけです! それは、私は、本が借りられるところを見るのが好きだけど、それ以外は、全然興味がないんです」

「それで、いいと思うわ、それは、本が好きだからだもの」

「そうなのかな?」

「ええ、そうよ」

 お宮様は、自信満々にそう言った。

(本が好き?)

 嫌いではないが、好きかと言われるとわからない。

(私は、貸本屋に生まれただけで、普通の人と大して変わらないのにな~)

「あなたは、いつから字が読めた?」

「簡単な物なら、四才から読めたよ」

「それだけでも、恵まれているのよ。私は六才くらいから読めたのだけど、あなたは、活字に囲まれていると言うだけで、もうすでに才能だったのよ」

「えっ……そうなの?」

「ええ、間違いないわ、あなたは、人より半歩前を歩いている事に気が付いていないだけだったのよ」

「そうなの! 私ってすごいの?」

「ええ」

 お宮様は優しく笑った。

「でも、人の形をしたおばけは、ちょっと、怖い」

「そう、血を流していたり、体が透けていたり、足が無かったり、どんな形態でもいいじゃない」

「ぎゃあ、今日、一人で厠(かわや)に行けない」

「そんなに怖いかしら? 私は、文字としては、見慣れているわ」

「でも、想像してみなよ、血を流したおばけ」

「う~ん、わかったわ、想像してみるわね」

 お宮様は、一生懸命考えだした。

「う~ん、おもしろいと思うけど」

「普通、血を流していたら、何か刺さっていたり、大きな傷があったり、恨みを持っていたりするのよ」

「そうなのね!」

 お宮様は、驚いたようにそう言った。

「確かに、血を流しているだけじゃこわくないけど、そう言う事が想像できれば怖いわね」

「そうでしょう」

「そうね、あなたの想像力には、驚かされるわ」

「普通でしょう」

「普通じゃないわ、あなたってすごい」

 お宮様は、喜んで手を取った。

(すごいのかな?)

 少しだけ調子に乗ってしまった。

「それで、書くの? 書かないの?」

「……書かない」

「え?」

 お宮様が不満そうにこちらを見る。

「本当に後悔しないのね」

「私は、後悔なんてしないよ」

「それじゃあ、また来ます」

 お宮様は、そう言って貸本屋を出て行く。

(あきらめないんだ)

 軽くため息をついた。

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