家族の情

 兵士に案内された控え室で、ぼくはモヤモヤとした感覚が何なのかを考えていた。

 何かが引っかかる。

 何が引っかかるんだろう。

 食堂を後にしてから、ずっとそんなあやふやな自問自答を繰り返していた。



「なあ、アデリー」



 そう問いかけて、不意に脳裏にサリィの顔が浮かぶ。



「どうした、旦那?」


「いや、なんかずっと引っかかってたんだけどさ、今分かったわ」


「はあ?」



 訳わからんよな。

 分かる。

 そして、何がモヤモヤを生んでいたのかも分かった。



「あー、いや、な? アデリーはさ、アトレテスとソラスって、大事だよな?」


「……? そりゃな。レビィのカミさん、ソラスを産んですぐに死んだらしくてな。レビィがあの村に来たのは、男手一つであの2人を育てるのに、職人組合が色々と根回しして取計らったからだっつってたか。村のみんなで面倒見てたからな。コルドゥが俺に着くって言ったのだって、幾らかは本心なんだろうけど、ほとんどアトレテスとソラスのためだぜ」



 素直に慕われ切れんのかね、この男は。

 らしいと言えばらしいアデリーの言葉に笑いが込み上げてくるが、押し留める。

 ぼくが引き出したい答えは、その一歩先だ。



「そのアトレテスとソラスはさ、これからどうすんの? ずっとアデリーたちで面倒見るんけ?」


「国王陛下からお墨付きも頂いちまったし、そうするつもりだぜ?」


「死ぬまでずっと?」


「まさか! 成人までは面倒見るけど、そっから先は本人たちが決めることだ。そこまで面倒見ねーよ」


「うん。まぁ、そうだよな。でも、成人してもやりたいことが見付からないだとか、ずっと養われていたいって言われたら、どうするよ?」


「えー? あのアトレテスがか? そりゃないだろ」


「言い切れるか?」


「いや……絶対とは言わねぇけどよ。んー……どうするだろなぁ? なんか仕事当てがってやらせてみるかな?」


「だいたいそんな感じになるよなー」


「どうしたんだよ旦那? なんか変だぜ?」



 アデリーの片眉が上がり、不満を声音で露わにして問い掛けてくる。

 その言葉は俺に分かるように話せと言っているかのようで、実際にそう思ってるんだろう感情が表情から読み取れる。



「いやな、子どもには立派な大人になって、思うまま生きて欲しいと思うじゃん?」



 フォローになってないフォローだけど、アデリーの不満は多少解消されたようで、幾分か表情も和らぐ。

 まだ納得はできない様子だったけど、それは仕方ない。

 それでも、彼は彼なりの考えを言葉にして示してくれる。



「だな。自分が大人になれたかって訊かれりゃ、首傾げるしかねーけどな」


「違いない」



 二人で揃って苦笑いを浮かべる。

 どうあれば大人と胸を張れるのか、ぼくはまだ知らない。

 子どもの前で大人ぶって見せるのは、見栄と意地だ。

 どうかすると子どもの方が聡明さや寛容さで勝ってみせるのに、ぼくはそれを備えて使い熟しているとは言えない。

 それでも、自分の意思で大人であるための一歩を踏み出したから、そうなろうと努めてきた。

 失敗だらけで凹むけどな。



「アデリー、さっきのマリーの命令だけどさ。おまえ、戦える兵士を育てながらでいいから、戦いを教えられる兵士を育てんか?」


「教官育てろってことか?」



 ぼくの唐突な話題の切り替えにも、アデリーは律儀に着いてきてくれる。



「欲を言えば、自分でも戦って、指揮も執れて、指導もできる兵士かな」


「国王陛下より要求がキツくないかそれ?」


「間違いなく。だから、欲を言えば、だな。自分しか戦えない駒は使えば減る。駒が強けりゃ強いほど補充が難しくなる。なら、駒を増やせる駒を育てればいい」



 ぼくの言葉に、アデリーは顎を撫でながら思索に耽っているようだった。

 その様子を眺めながら、なるべくゆっくり自分の考えを打ち明ける。



「厄災ってのがどんなもんかは知らんけど、最悪を想定して備えるんなら、騎士や兵士だけじゃ足らんと思うんだ」


「俺も詳しくは知らんからなぁ。でも、旦那が言いたいことは分かった。そういう戦略の知恵や経験も集めて検討してみるよ」


「話が早くて助かるわー」



 アデリーはそういうノリの良さも手伝って仕事が増えてるんじゃないだろうか。

 嫉妬や逆恨みを買いやすい性分だと言えるけど、人望を集める性分だとも言えるか。



「普通は考えんだろ、民衆も戦わせるとか」


「そうけ? 騎士狩りなんか民衆の方が上手だったりするんだべ?」


「言われてみりゃそうだな。魔物なんかでも倒してたりするしな」



 そう、民衆は決して弱くはない。

 農作業は害獣との戦いでもある。

 川や海での漁にだって危険は付き纏う。

 森に入れば弓とナイフを手に、時には魔物とも戦う。

 この世界でまだ魔物を見たことがないけど、飛竜が出るんなら、相当危険な魔物はそれなりに出ているはずだ。

 そんな魔物と最初に遭遇する比率が高いのは、兵士ではなく平民なのだ。



「うん。彼らは非力だけど無力じゃない。ちゃんと自分で立てる大人だ」


「ここにさっきの話が繋がるのか」


「そそ。ほんでな、この国もまた自立できる程度にゃ育ってんじゃねーのと思ったわけよ」


「旦那がさっきから悩んでたの、それ?」


「うん」



 呆れたと顔に書いたような表情で、アデリーは苦笑いする。



「旦那はクソ真面目だよなぁ。空気読まねーし」


「読んで楽しい空気なら読むぜ! 後悔しそうな空気は読んだ上で逆らうけどな!」



 笑おうとしたら、部屋に待機してる兵士に咳払いされて止められた。

 そうですよね。

 外に聞こえるとちょっとマズいですよね。



「まー、だから、アレだ。マリーは黙って見てろとは言ってたけど、流れがマズそうならぼくがぶち壊すから」



 アデリーに小声で耳打ちすると、露骨に苦笑いされてしまった。


 クソ真面目ついでに考えていることはまだある。

 その答えは本人すら持っていないかもしれない。

 いつ問うべきか、ぼく自身そうした問いへの答えも出せていないので、今は胸に留め置き、目の前のことに集中しようと思う。



 しかし、遅い。

 アデリーと話してる間に呼び出しがかかるかと思ってたけど、結構待たされている気がする。

 話してたと言っても10分ちょっとのことだったし、それから1時間も経ってはいないと思う。

 どれくらい待たなきゃいけないのか、先に教えておいて欲しかった。


 そう思っているだけでは不満が募るだけなので、そんな時には疑問を投げかけて明らかにすれば良いのだ。



「なあなあ、そこな兵士さんや。謁見っていつも長いこと待つもんなの?」



 話しかけられた兵士は、僅かに思案してから答えてくれた。



「日によるな。それと順番。今日は深刻な顔した順番待ちはいなかったはずだ。もうそろそろ……」


  コンコン



 言葉の途中でノックされた扉を見遣り、兵士は「そら見ろ」とぼくに表情だけで語るので、ぼくは頷いて応えておいた。


 ただ、案内されて出て行ったのはアデリー、アメリアさん、コルドゥの3人で、ぼくとケント、ガーネットは別の案内が来るまで待つよう指示された。

 緊張した面持ちで先に出て行く3人に手を挙げて送り出し、そこから待つこと数分。

 どこかで見た白い全身鎧に身を包んだ兵士に案内されて、なんだか長いことぐるぐると歩かされた末、少し広めの一室に招き入れられた。


 その部屋の中には案内の兵士と同じ白い重装備の兵士たち数名……思い出した、近衛騎士団ファンクラブの面々だ。

 それと、それなりに小綺麗な服を来た数人の男たち。

 身長は高く、体格もいい。

 兵士たちのように鍛えられた筋肉は見て取れないし、今はやや血の気の引いた青白い肌色になっているけど、身なりと所作、目配りの様子から、商人なんじゃないかと思われた。


 案内の近衛騎士に静かにして待つように告げられ、勧められた椅子に座って成り行きを見守っていると、壁に空けられた小窓を覗き続けていた近衛騎士が左手を挙げて何やら合図を出し始めた。

 その合図を受け、入ってきた扉とは別の扉へと、商人風の男たちが案内されて出て行く。

 出て行く直前の彼らの顔は気の毒なほど青褪め、小刻みに震えていた。


 ダニエルの不正絡みなんだろうなとぼんやり考える。

 ダニエルはグランティンバー南部国境警備の総指揮を担っていた間、新規城砦建築のための支給品は特に重点的に、所管業務内で動く資材や金から結構な額の横領を行っていたらしい。

 アデリーとトルメトルさんは、国境警備総括本部の帳簿と裏帳簿の両方を、伝手を通じて複写、保存させていたらしい。

 ただ、証人の確保がままならず決定打に欠け、足踏みしていたところで、ダニエルのあの襲撃が起こった。

 アデリーたちはその事実で足りると判断し、開拓村の帳簿も持ち出してダニエルとジョージの不正の告発に臨んだわけだ。

 だが、マリーは台本・・に妥協しなかったのだろう。

 青褪めた商人は、ダニエルの大口の取引相手なんだと思う。


 商人風の男たちが部屋から移動して間もなく、近衛騎士が張り付いている壁の小さな覗き窓から怒鳴り声が漏れ聞こえてきた。

 なんと言っているのかは判然としないけど、嘆いたり喚いたりで慌ただしい様子は伝わってくる。


 そんな様子もぼんやり眺めていたら、ぼくらにも出番が回ってきたらしい。

 午前に見せた情けない顔とは一変して、仕事ができる人の自信と風格に満ちた近衛騎士に案内され、たぶん行き先は謁見の間なんだろう、扉の向こうへと送り出される。



「オマエはなんだ! なぜオーガなどというモンスターが城内にいる!? 衛兵、あいつを追い出せ!!」



 ぼくが先頭で謁見の間に入るや否や、そんな怒鳴り声が鼓膜を打つ。

 意外とたくさん人がいた謁見の間は、俄かに騒がしくなり始めたけど、足を組んで玉座に座る国王が余裕の表情を崩さないので、誰もが動き出せずにいる。

 衛兵と呼ばれた兵士たちは微動だにしていないし、玉座を前に跪くアデリーたち3人は疲れた様子で静観を決め込んでいた。

 騒いでいるのは一人。

 玉座に向かって左手側で、やたら装飾華美な衣装を身に纏った紺の髪と金の瞳の壮年の男性。

 その後ろには青褪めた顔で口元をきつく引き結んだ、高そうな黒衣の壮年の男。

 派手な方がロザリオ、地味な方がジョージだろう。

 髪色こそほぼ白髪で覆われたオールドグレーだけど、黒衣の男の顔にはダニエルとの似た雰囲気が感じ取れる。

 違いと言えば、ダニエルほどの幼稚さは見受けられないことくらいか。

 その壮年の男二人を並べ、こいつらは悪人だと主張してみても、鼻で笑われて馬鹿にされてしまうだろう。

 それくらい容姿の基礎は整っている。

 実に詐欺師向きの善人面だ。


 ケントとガーネットは食堂を出る時からずっと、ローブのフードを目深に被らせていた。

 怒声を意に介さずズカズカと商人風の男たちの前まで進むぼくの後ろに着いて歩きながら、そのフードの奥で「父さん」と呟いた声が、僅かにぼくの胸に刺さった。

 記憶を持ち越した転生者であっても親子の情は湧くのかと感心が半分、そんな子どもの眼前でその父の罪を暴き、その材料にまで使おうとしている罪悪感が半分。

 この子ども二人に罪がないわけではないけれど、それとこれとは直接関係がない。

 ロザリオの指示でアデリーたちを襲ったわけでもないから、ケントはこの公の場で父に捨てられる可能性すらある。

 自分がそう演出する分には覚悟の上で断行もできるが、やらされるのでは後味の悪さも随分変わる。

 苦い味が口に広がるが、なるべく無表情を装って配置に着いた。


 それを見届けて、玉座の国王は居住まいを正し、威厳に満ちた態度でねぎらいの言葉をかける。



「ご苦労。ロザリオ、鎮まれ」



 僅かに語気を強めた王の声に、ロザリオと呼ばれた装飾華美な男は身を硬くして押し黙る。

 王はそれを見届け、ぼくの後ろの子どもたちへと目線を移す。



「衛兵、そこの二人のローブを取れ」



 駆け寄ろうとした兵士を目と手で制して後ろに向き直り、ケントとガーネットのローブを自分で脱がせ、その手に持ったローブを受け取ってから玉座に向き直る。

 王の目が微かに細くなった気はしたけど、それで何が変わるわけでもなかろう。

 素知らぬ顔で「早よ続けろ」とアイコンタクトを送る。



「そこな2名は3歩前へ。顔を挙げてよく見せよ」



 ケントとガーネットは王に言われるがまま3歩歩いて立ち止まり、俯いていた顔を挙げた。

 ロザリオはケントがローブを脱いだ時点で悟ってはいたんだろうけど、逃れようのない確信を得て震えを大きくしている。

 その視線はケントに注がれたまま動かない。


 ケントもガーネットも、ローブの下の服装は、血に塗れズタズタに切り裂かれた時のままだ。

 彼らの身に降りかかった災難の凄惨さを如実に物語る服とは対照的に、傷痕一つ残さない素肌は、それを観る者に奇妙な感覚を覚えさせていることだろう。

 グランティンバー国正規兵の装備を纏ったオーガだけでも奇妙さが際立っているのに、それに引き連れられた少年と少女の異様さは、違和感だらけで困惑しか生み出していないんじゃなかろうか。



「ロザリオよ。この二人に見覚えはあるか?」



 何かを試すような王の声。

 ロザリオにはコルドゥからの報告が届いているはずだから、この展開は想定の範囲内であったはずだ。

 王が何を問うているのかが理解できないような愚か者でもあるまい。

 しかし、その口は戦慄わなないて言葉を紡がない。



「年若きその2名は、不正の告発のためにここカルメリを目指すそこな3名の騎士及び兵士を襲った罪人である。罪人2名を引き連れたオーガは、告発者の危機を助け、罪人を召し捕ってくれた恩人だ。今は妾の客人として迎えさせていただいておる。これより先、彼のオーガに対する不敬は妾に対する不敬と心得よ!」



 場にいる者全てが沈黙で肯定する。

 王はそれを見届け、大仰に頷く。



「さて、ロザリオよ。申し開きが有れば聴こう。其方そなたもよく知るように、妾は寛大である」



 薄っすらと笑う王の瞳には、しかしその言葉とは裏腹に情や容赦という要素は全く見て取れない。

 返す言葉を誤れば殺される。

 そう確信させるには十分過ぎる熱が篭って見えた。


 ロザリオは動かない。

 ケントを見つめたまま、いつしかその震えも止まり、険が剥がれた表情には複雑な感情が浮かんでは消える。


 ケントはどんな顔をしているのだろう。

 ロザリオの震えが伝染したかのように、細い肩が小刻みに震えている。



「親愛なる我が王よ、申し上げます」



 ロザリオは王の前へと進み出て直立し、王の目を真っ直ぐ捉えて堂々と声を挙げる。



「王の示されしそこな罪人は我が子ケント・キャロルに相違御座いません。アデリー・サロフェット以下3名をしいせよとの我が下命を果たすべく動いたに過ぎません。その命にかかる事情を知らぬ身なれば、我が子に課される罪は私が受けるのが筋と心得ますれば、陛下の御温情賜りたく、伏してお願い申し上げます」



 言い終えるやロザリオは跪き、項垂れて、その首を王に指し示す。



「その余の罪と合わせ、この首一つで収まるものと自惚れるものではございませんが、どうか……どうか! 我が子へは御温情賜りたく……ッ!!」



 玉座の背後から、示し合わせたように近衛騎士が王に歩み寄る。

 その手には白い鞘に納められた剣が一振り。

 近衛騎士は王の脇に跪き、王に剣を捧げる。


 立ち上がった王はその剣を手に、鞘から抜き放ってロザリオに歩み寄る。



「申し開きは終わりか?」


「はい。後は陛下の御心のままに」



 王はロザリオを睥睨し、ロザリオは目を閉じて沙汰を待つ。

 謁見の間は静寂に包まれ、王の一挙手一投足に意識が注がれる。



其方そなたのこれまでの働き、大儀であった。礼を言う」



 王は左手に持った抜き身を掲げ



「さらば」



 振り下ろし



「父さん!!」



 その刀身を赤い血で濡らして、止まった。




「ケント! ケント!………… このバカ息子が……ッ!」



 流れる血に身を赤く染めながら意識を手放したケントを抱きしめ、ロザリオが叫ぶ。

 流れ落ちる血は留まることなく滴り落ち、玉座に続く真紅の絨毯に点描を打つ。



「妾は黙って見ておれと言わなかったか?」



 王の不機嫌な声が、ロザリオの嗚咽に濡れる空気に小さく搔き消える。



「いや、体が勝手に動いてな。間に合うもんだなぁ。あはははは」



 感覚を失った左腕になお力を込めながら、渋面の王に笑って誤魔化してみる。

 王はぼくの言葉を聞いて、渋面を更に苦渋に歪ませ、とうとう空いた右手で眉間を押さえて俯き、唸り出した。



「こんのバカが元より寸止めする気でおったのに要らん血を流して台無しにしおって……ッ!」



 小声で一息に愚痴が吐き出される。

 たぶんぼくにしか聞こえてない。



「分かっておろうな!」


「アドリブに自信はないけどな。上手く拾ってくれ」


「ならば早うせい!」


「へいへい」



 怒り心頭といった感じの王を前に、苦笑いで返し、幕引きを図る。



「アナマリア国王陛下にお願い申し上げる! この罪人が負うべき痛み、流すべき血の一部を、今ある我が痛み、我が血によって軽減されたし! しかる後、我が痛み、我が血、我が功績に余りあるとするならば、年若き罪人2名の減刑を所望致す!!」



 それまで沈黙を貫いていた人々が騒めき立つ。

 こうした前例が有るのかどうかは知らんけど、早々起こることでもないだろう。

 ましてぼくは人でなく、エルフでもなく、ドワーフですらない、オーガなのだ。

 いや、オーガですらないけど。


 さあ、国王はどう出るだろうか。



「その心意気や良し! だが今少し足りぬ! その左腕、肩より先を差し出せ!」



 うへー……もうちょい差し出せとよ。

 せめて剣を一旦抜いてから言ってくれんかね。

 肘と手首のちょうど中ほど、上側の尺骨を両断して下側の尺骨で刃が止まってる状態のままなもんで、痛みでキッツいの。

 オッサン泣きそうなの。


 ま、命3つと比べりゃ安い買い物かね。



「承知した! 献上いたす!!」



 ぼくはその場に跪き、右手を左の肩に添えて、左腕を真横に真っ直ぐ伸ばして差し出す。

 カッコつけ過ぎて剣が変な方向に抜けてしまい、口を衝いて出かけた悲鳴を嚙み殺す。

 痛いを通り越して熱いのに、剣が擦れて肉が捲れるとさらに激痛が走る。



「よろしい。ならば貰い受ける!!」



ダンッ


 宣言通り、ぼくの左腕は綺麗に肩口から切り落とされる。

 場内では数名がヒッと息を呑み、失神した者も数名出たようだ。

 ぼくは堪え切れずに両膝を着いて身を縮める。

 右手で傷口を鷲掴みにするも、脈動に合わせて指の隙間から血が迸る。


 王は床に落ちた左腕を掴んで掲げ、声を高らかに閉会を宣言する。



「オーガとの契約は成った! これにより此度の一件による死罪は何者にも課さぬこととする! その余の沙汰は追って報せる! 以上! これにて閉会!!」



 王の宣言に一堂は敬礼で応じ、王はぼくの左腕を手にしたまま奥へと消え、臣下たちは急かされるように謁見の間を後にする。

 呆気に取られたままのロザリオは衛兵に両脇を抱えられて連れ出され、気を失ったままのケントも運び出される。

 ガーネットは自分の足で、ケントの後を追って行った。



「旦那! もういいぞ!」


「イエン! この愚か者めが! 腕! 腕を早よう!」


「バカ! その腕は証文だろうが! くっつけんな!」



 場内から大方人が去り、謁見の間の扉が閉じられた途端、場は一転して喧騒に包まれた。



「エンさん、本当に痛いんですか?」


「ちょッ アメリアさん!? いや! あ痛ーッ!」



 見慣れてしまったからか、アメリアさんは傷口を突ついてくる。

 勘弁して欲しい。

 再生するまでは痛いの!



 急いで左腕を再生すると、マリーには気持ち悪いものを見るような目で見られた。

 よく思い出して欲しい。

 近衛騎士団との最後の手合わせの後、ぼくの折れた鎖骨はマリーとの手合わせの前に回復していたはずだ。


 それとも、骨折なんかの再生は珍しくなくて、欠損部位の再生は珍しいってことなんだろうか。

 よう分からん。

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