愚か者たち

 至極個人的な好き嫌いの話になるが、ぼくは自己犠牲の精神というものが嫌いだ。

 あれは人の命を無駄に軽くする毒だ。

 他人の自己犠牲を美談のように語る者も嫌いだ。

 他人に自己犠牲を強いる者はもっと嫌いだ。

 身命を投げ打って得られる結果のほとんどが、数人の助力で、誰一人として死ぬこともなく、実現可能になる。

 その程度のことを一人で成そうとするのは個人の我儘であり、手抜きでしかない。

 だのに、口にするのは「誰かのため」、「自分なんかの・・・・命で云々」ときたもんだ。

 バカも休み休み言って欲しい。

 そんなオマエを大事に思い、生きて幸せになって欲しいと願う者の気持ちはどうなる?

 他人の心は善意でなら踏み躙って構わないとでも?


 そんなことならば、よほど「神のために戦って死ねば天国に行ける」だとか「神のために命を捧げれば天国に行ける」だとか、自分の我儘のために、自分にとって最大の幸福だと信じている願いを実現するために、命を投げ打つ信仰者エゴイストの方が遥かにマシ・・だ。


 ま、天国も地獄も、あの世には無いんだけど。



 なので、至極個人的な好き嫌いになるが、



「小僧。今からオマエの腐った性根を叩き直す」



 仰向けに倒れ伏す赤髪の少年の顔を覗き込みながら、怒気に同調して膨れ上がり、可視化されて揺らめく深紅の魔力を抑えもせずに、宣告する。


 その後頭部を左手で鷲掴みにし、治癒魔法で強制的にダメージを回復させ、禁呪も解呪し、恐怖に震える少年の姉に顔を向けさせる。



「よく見ろ小僧。これがオマエの行動の結果だ。

 オマエの望み通りか?

 オマエは何を望んだ?

 大事な姉を泣かすことか?

 オマエの迂闊な行動の結果、姉が死ぬとは思わなかったのか?」



 振り返りざま、銀の全身鎧の兵士二人の両足を、右の手刀で上下に両断、その姿を少年に見届けさせる。


 兵士二人は泣き叫びながら、傷口を押さえて転げ回っている。

 八つ当たりしてごめんよ、兵士諸君。



「俺がその気になれば、オマエがあの場で、詠唱を唱え始めた瞬間に、オマエの姉もろともオマエを殺せたことは、理解できたか?」



 少年の顔を自分に向けさせ、目を合わせないようにしながら、ゆっくりと語り聞かせる。



 少年の表情からは絶望しか読み取れない。



 怖がらせ過ぎて失敗した。

 そりゃそうだわな。

 ぼくも軽率だった。



「感情的になり過ぎたな。すまん」



 少年をその姉、サリィの前で解放し、治癒魔法を施して、サリィにも一言謝罪する。



「すまんかった」



 サリィは首を横に振ってくれたけど、過ちは過ちだ、後で何かしらフォローせねばなるまい。

 そうしないと自分の気が晴れない。


 ぼくの我儘だよ。



 両足を切断されて悶える兵士二人にも両足を継いで治癒魔法を施し、落ち着かせる。



「ちゃんとくっ付いてるはずだ。確かめろ」



 横暴な物言いだけど、兵士は二人とも言葉に従って両足を動かして無事を確認し、無言のまま三度頷いて大人しくなる。


 その最中、白髪の男が何かを投げ、メイド姿の女達も一斉に何かを投げたり襲いかかったりしてきたが、アントン、サリィとその弟、ガバンディにそれぞれ物理障壁を展開して保護しておいた。

 ぼくへの攻撃が可視化に至るほどの魔力を貫通し、ぼくを傷付けることはなかった。



「おい坊主。攻撃するなら、ああやって相手の隙を突くもんだ。無いなら隙ができるまで待て。待つ時間が無いなら、自分が死なないように隙を作れ」



 少年に言葉が届いているかどうかは気にしない。

 届いたところで理解できないかもしれないし、理解できたところで、今の状況に説得力は全く無い。



 開かれた扉の向こうが騒がしくなってきたので、また物理障壁を展開して扉と窓とを塞ぐ。



「さて、詰んでいることは理解できたかな、従者の諸君?」



 敢えてゆっくりと立ち上がり、ゆっくりと振り返り、ゆっくりと室内を見渡し、ゆっくりとソファーまで歩く。


 降り掛かる剣も、ナイフも、槍も、棒も、拳や蹴り足、魔法も避けない。

 全く構わずに移動し、可哀想になるくらい怯えて震えるガバンディを無視し、悠然とソファーに腰掛け、



「お茶」



 紅茶を催促する。



 理不尽だろう。

 ぼくは自分の行動が横暴極まりないと自覚している……が、今は消え去ったサリィの体の傷の一つ一つを思い出して、怒りを維持する。


 待てど注がれぬ紅茶を求めることを諦め、嘆息し、口元だけで笑みを作りながら、ガバンディに語りかける。



「少しお話ししましょうか、ガバンディ・エスク・ログウォール伯爵殿」




 伯爵殿は御失禁、御失神あそばされた。




―――




 ガバンディの意識の回復を待つにも、どれくらい時間がかかるか全く読めないので、サリィとその弟に付き添ってソファーまで誘導して座らせ、執事とメイドたちとは肉体言語で話し合い、紅茶と茶菓子を提供して頂くことに成功した。

 ぼくじゃない者が口にすると危ない物が何度か混入していたので、混入する度に肉体言語で話し合っていると、とうとう誰も給仕の用を成せる者がいなくなってしまった。

 仕方なく、より強固な結界を部屋に施し、無事な兵士に厨房まで案内させて、料理人たちの腕前を拝見させてもらいつつ、疑問を感じては質問を挟み、和気藹々とした雰囲気で紅茶と茶菓子を頂けたので、元いた部屋、ガバンディの城の応接間に戻って、ソファーに座る面々と兵士二人にも紅茶を振る舞った。


 通路にいたたくさんのオトモダチともたくさん語り合ったので、多少時間はかかったけれど、大した問題ではないだろう。



 今日は未だ誰も死んでいないのだから。




「ご主人様」


「なんだい、サリィ?」


「怖いです」


「おう……色々とごめんよ」



 怒るのはもういいか?

 怒り続けるのは精神的にとても疲れるしね。


 怒気が消えると、アントン卿がソファーにグッタリと沈み込んだ。



「イエン殿。自分は安全だと分かってても、刺激が強過ぎます」


「あははは……面目ない」




「ああそうだ、忘れてた。サリィ、誓約の紋を刻んだ人って、顔見れば分かる?」


「はい。魔術の師でもありますので」


「オッサン起きるまで暇だし、探しに行こうか」


「承知しました。案内いたします」



 通路で語り合った・・・・・者の中に魔法を使う者は結構な数いたから、心当たりが多過ぎて困る。

 エルフもドワーフもたくさんいたし……両方とも縛って一室にまとめとくか。

 トルメトルさんに投げよう。



 サリィの案内に従って移動しながら、往路ではカーテンやベッドシーツなどを手当たり次第に確保し、通路で見つけたエルフとドワーフを片っ端から縛って転がし、復路で回収できるように準備して進む。


 ぼくの労力を嘲笑うかのように階段という存在が現れたので、ここから先のエルフとドワーフには尻の無事を諦めてもらおうと心に決めた。



 しかし、そんな思惑とは裏腹に、肉体言語で語らう機会すら訪れずに目的地に辿り着いてしまったようだ。

 ありがたいような寂しいような。



「私が出動を命じられる直前までこちらの部屋を使われてましたので、恐らく間違いはないと思います」


「ありがとう」



 相手が手練れの魔術士だと想定して、警戒は厳にしてし過ぎることもないだろう。

 サリィの物理障壁の上に耐魔障壁などてんこ盛りで重ね掛けし、扉から離れた場所で待機してもらう。


 そして、扉にはノックだ。



  コンコン



「開いてるわよ〜」



 おおう、予想外の反応。



「失礼します!」



 失礼だと思うなら帰れよ。


 思わず反射的に自分でツッコミを入れてしまう。

 いかん、そうじゃない。

 とりあえず入ろう。



 ドアノブを回して扉を開くと、所狭しと積み上げられた本と紙束の山の向こうに人影が見えた。



「うっわ……片付けたくなるな」


「あら? あなたどなた?」



 足の置き場所を見定めながらえっちらおっちらと声の主に近付くと、足を組んで椅子に座る声の主の輪郭が鮮明になる。

 明るい金髪と紅い瞳、立てば長身なのだろうスラッと伸びた手足、妖艶という表現がぴったり当てはまるようなグラマラスボディ……そしてやっぱり長く尖った耳。



「ここに来る途中で見た方もそうだったけど、エルフの女性ってけしからん美女ばっかりなんですかね?」


「それは褒められてるのかしら?」


「品はありませんけどね」



 肩を竦めてみせると、興味なさげな溜息が一つ。



「で?あなたどなた?」


「森からの」



  ガタッ



 言い終える前に立ち上がろうとするエルフのおでこを指で押して座り直させると、椅子を起点にして無数の設置型魔術が一瞬にして連鎖しながら起動する。


 慌ててエルフの腕を引き寄せながら、警戒して準備しておいた複数種の防御障壁を展開して、衝撃に備える。



 ちょっともう、この数になると見極めだとか個別に抵抗レジストだとか、物理的に魔術を破壊だとか、間に合わないし追い付かない。

 サリィの無事すら祈るしかない。



 音も光も遮断してあるので振動しか伝わってこなかったけど、その振動も僅かな時間で収まる。



「…………なによこれ?」


「ぼくも訊きたいですよ。あ、あと、森からのおつかいです」


「分かったわよ!」


「ちょ! 狭いんだから暴れグエッ」



 黙らせたいけど訊かなきゃいけないこともあるから面倒くさいったらないね!


 両腕をホールドしたら、足は踏まれるわ後頭部で頭突きされるわ。

 付き合うのも面倒くさいので、力技で座らせ、顔に頭突きが当たらないようにして、訊かなきゃいけないことを訊くことにする。


「質問してよろしいですかね?」


「離しなさいよ! もうっ!」


「……習った禁呪の実験台にしますよ?」


「はあ!? なんでエルフでもないあんたが!?」


「どうします?」



 声も体も怒りでプルプル震えてると思う。

 この怒りは伝わったと思う。

 頭の中にはサリィからの召喚要請が出てるから、防御障壁を解除しても大丈夫だとも思う。



 ああ、そうか。

 サリィも召喚で引き込めば防御障壁で守れたのか。

 次があったら反省を活かそう。

 二度とご免こうむるけど。



 そんなことを考えてる間にエルフは大人しくなってくれたので、訊かなきゃいけないことを訊くことにした。



「部屋の魔術って、効果終わったと思って大丈夫ですかね?」



 エルフは何か考え込んでいるらしい。



「………わかんない」



 え?



「全部は覚えてないのよ。まさかこんなことになるなんて思わなかったし」



 こんなことってどんなこと?


 いや、言わんけど。

 言ってもどうしようもないし。



「じゃあ、先にぼくだけ出るんで、あなたはもう少し待っててくださいな」


「え? やだ! 一人にしないでよ!」


「えー? このまま二人で死ぬまで過ごします? ぼくはたぶん死なないけど」


「うー………………分かったわよ。待つわよ」



 反応が幼い。

 やってることは物騒なのに。


 物騒なんだろうか?

 確認してないから分からんな。

 確認してから判断しよう。



「そんじゃ、ちょっとだけ待っててね」



 子どもをあやすように抱きしめて背中撫でると、渋々頷くような反応が感じられた。

 アンバランスなお嬢さんだこと。


 エルフに防御障壁を重ね掛けして、自分の周りの防御障壁を解除する。

 目に飛び込んできのは、入った時より更に散らかった部屋の風景だった。



「ご主人様! 大丈夫ですか!?」



 サリィは目の前にいた。

 背が低いから視界に入ってなかっただけだった。


 でも嬉しいわ。

 人並みに心配してもらえてる。



「サリィ、ありがとうなー」


「え?……はい」



 よく分かってないようだけど、気にすまい。

 帰りの道中ででも話せばいいだろうし。



 さあ、次はエルフだ。


 エルフの防御障壁も解除して解放すると、へたり込んで自分の肩を抱いて震えていた。

 見なかったことにした方がいいんだろうか?



「師匠、大丈夫ですか?」



 サリィはええ子だの。



「そういや聞き忘れてたんだけど、お名前は?」



 白衣のプルプルエルフは上目遣いでぼくの顔を見ながら、消え入りそうな声で答える。



「マルセリーよ」


「ありがとう。ぼくは威焔。よろしく」



 右手を差し出して握手を求めると、なぜか両手で掴まれたので、立ち上がらせようと引いてみる。

 が、立たない。



「ガバンディのところに戻らにゃならんから、背負おうか?」



 マルセリーは無言で頷く。

 サリィは心配そうに見ている。

 どっちが子どもだか分からんねこれ。


 マルセリーを背中に背負い、急ぎ足で応接間への帰路に着いた。




 マルセリーの部屋での一件で、判断が雑になり過ぎていたと痛感させられたので、応接間に残してきてしまったサリィの弟とアントンのことが心配になっている。


 単身で攻める場面ならそれでもいい。

 勢いは時に想定を超えた好ましい結果を導き出すこともあるし、悪い結果になっても自分が責任を負えばいい。


 しかし、今は違う。

 横暴に振舞って無用な危険を増やしてしまったのに、それに他人を巻き込む愚を犯している。


 まったく。自分もとんだ愚か者だ。



 責めるだけなら益はない。

 失う前に改善できるならば、全力を尽くすのだ。




 サリィも右手で抱きかかえ、応接間へと急ぐ。

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