イジメ


 キャラ弁の後から俺は仲良くしてくれていたタケシくんからイジメを受けていた。

 おはようの挨拶は無くなり、遊びの時間も俺ではなく違う子と遊んだり話をするようになっていた。

 一番困ったのは俺の中靴を隠すことだ。俺は母さんが出勤するタイミングで雪と一緒に保育園に行くから、タケシくんよりも後に入る事が多い。

 でも母さんにこんな事で迷惑はかけたくないから、俺は何も言わないでいた。


 今日も妹の雪音が朝起きられなくて時間がかかっていたせいで母さんは準備にバタバタしていた。

 時々それでイライラしているのも分かる。でも仕方ないんだ。俺は行きたくなくても保育園に行かなきゃダメなんだし。

 雪もそうだ。親が仕事をしているから家に子供2人でお留守番は出来ない。


「弘樹、雪音、忘れ物ないわね?」


「うん大丈夫」


「ううう……うぇ〜ん、ママぁ〜」


「雪ちゃんは先生と行きましょうね」


「すいません先生。今日も多分最後までになると思いますが、2人をよろしくお願いします」


「全然大丈夫ですよ。お仕事大変ですから。弘樹くんもお母さんに行ってらっしゃいしましょうね」


 グズグズ玄関で泣き続ける妹は先生に抱っこされ、俺は先生の横で母さんに手を振る。

 雪は先に先生に連れていかれた。泣き声が遠くなっていく。その声が聞こえなくなった所で俺は下駄箱を開けて溜息をついた。

 あるはずの中靴が入っていない。またタケシくんだ。

 この時間はタケシくんしか保育園に来ていないから、これがタケシくんのやった事だって分かってはいるんだけど、「証拠が無いから」って先生に言っても全然動いてくれない。

 俺は渋々スリッパを職員室から借りて過ごすことになった。これで何回目だろう。大人用のスリッパは大きいから足がペタペタ鳴って気持ち悪い。


 靴は最近いつも隠されているが、何時間か経つと勝手に戻っている。

 ただし土まみれ。結構汚されているので、俺は母さんが迎えに来るまでにそれを綺麗に洗うという作業を毎日やっていた。今日も最後までと言ってたし時間は沢山ある。


 早く迎えが来る子供達が帰った後、俺はそそくさと外にある水道を借りて靴を洗い始めた。

 雪のクラスは早くお迎えが来る子が多いから、大体俺と雪ともう1人俺の弁当をバカにしていたリクくんが居残り組だ。


「ひろちゃん、何やってるの?」


「靴が汚れたから洗ってる」


 クラスの仲間にイジメを受けているなんてダサい事を妹にバレたくなくて、雪音の方は一切見ないで黙々と外の水道で靴を洗っていた。

 中靴は何色でもいいと言われたので、俺は汚されても目立たない黒にしてもらった。だから洗って一日靴箱に入れておいたら乾く。


「ユキもやるう」


「雪の靴は汚れてないからいいよ」


「ユキもやるう!」


 両足をバタバタして地団駄を踏んでいたので俺はオーバーに息を吐いた。


「……勝手にしろよ」


 いちいち付き合うのも面倒になり、俺は雪に汚れた靴とスポンジをそのまま渡した。すると雪は楽しそうにしゃがんで靴を磨き始める。


「お靴ピカピカ〜お靴ピカピカ〜」


 何かの歌なのだろうか、以前から雪は時々変な歌を作って歌う事がある。


「雪、それは何?」


「あのね! きょーしつの絵本にあったの。靴を磨くとピカピカになって、それで靴にいつもありがとうってお礼を言うと幸せになれるんだって!」


「ふーん。靴は足に踏まれているから感謝しろって事なのかな」


 確かに2年前に雪の教室で読んだ記憶がある。絵本は見ていると確かに面白いが、どうせ作り話なんだから、と俺はあまり興味を持たなかった。

 だが、真面目なのかただのバカなのか、雪はすぐに信用してしまう。こないだは虫の話の本を読んだみたいで、蜘蛛を外から2匹捕まえてじっくりその動きを鑑賞していた。流石に母さんが気持ち悪がって父さんに外に逃がしてもらったけど。


「靴はピカピカ! いつもありがとう! ひろちゃんの足を守ってくれてありがとう!」


「……殆ど履いてねーけどな、それ」


「なんでえ? こんなに土ついたら、靴さん頑張ってるよ?」


「それ、中靴だよ。土がつくわけねーじゃん」


「なんで土がついたんだろうね?」


 やばい、自分で話を振ってしまった。これじゃ俺がイジメを受けているってバレてしまう。雪は素直に何でも母さんに言ってしまうからたちが悪い。


「どっちでもいいだろ、ほら手が冷たくなるから教室戻るぞ」


「はぁーい」


 小さい雪の手は俺の靴を洗っていたせいで赤くなっていた。しかもかなり冷たい。

 こいつはこいつなりに俺に気を使っていたのだろうか。

 毎日毎日母さんと別れる瞬間玄関で泣いて先生を困らせる割に、俺が一緒に居ると絶対に泣き顔は見せない。


「ひろちゃんのお手てあったかいねえ」


「そりゃあ雪が靴洗ってたからだろ。お前の手が冷たいんだよ」


「ひろちゃんぬくぬく〜。靴はピカピカ〜」


「まだ変な歌歌うのか……まあいいけど」


 雪はまだ小さい。俺はお兄ちゃんなんだから、こんなチビに余計な気を使わせちゃダメだ。


 そして翌日。

 何故かタケシくんがまた俺に話しかけるようになった。そして靴を今まで勝手に汚した事ごめんなさいと泣きながら謝ってきた。

 どうやらあの後、雪が先生に何か言ったらしい。

 とりあえず俺は母さんにバレたくなかったので、このイジメの件はなかったことにしてもらい、また今まで通りにタケシくんと遊べるようになった。


 あいつが俺の靴を磨いて、靴に感謝してくれたお陰なのかな。

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