キャラ弁


 俺を産んだ母さんは俺が物心つく前に癌で死んだ。

 別に新しい母さんが嫌いな訳では無い。看護師という忙しい仕事で俺と雪音を育てる為にいつも帰りが遅いのは知っている。


 でもなんだろう。周りの友達は母さんのお弁当を持ってくるのに、うちだけが少し違う。

 あまり可愛いとは言えないシンプルな弁当を開くのは少しだけ勇気がいる。


 隣のタケシくんはヒーローもの、向かいのリクくんは変身する最近流行りのなんとかモンスターってやつだ。

 海苔とかウィンナーで可愛く作られたお弁当は本当に可愛くて美味しそうに見える。


「ひろきの家は何キャラなんだ?」


「うちはないよ」


「えぇー、つまんねーの」


 心無い言葉がぐっさりと刺さる。俺だってキャラクターのお弁当を開いてみんなに自慢したい。

 それから俺はお弁当の日が嫌いになり、毎週水曜日のお弁当持参の時だけ保育園を休む日が増えた。

 俺は男だから別にいい。多分、お弁当がシンプルだからってイジメになんて合わないし、そんなつまらないイジメをするやつは今の保育園に居ない。問題は3つ下の妹だ。

 新しい妹は北海道生まれらしいから、多分こっちの女の子とうまくいくとは思えない。


 妹も同じ保育園に通うようになり、俺は同じ弁当持参の日が心配になった。

 母さんもこっちで仕事をするようになってから何となくキャラクター弁当が必要だと言うことは理解しているみたいで、毎週火曜日の夜はインターネットで何かを調べていた。

 これ以上、忙しい母さんに迷惑かけたくない。


「母さん、別にキャラ弁要らないよ」


「でも、頑張って作らないと弘樹と雪音がお友達に虐められるんじゃないか心配で」


 母さんは何も言わないけど、俺が水曜日だけお腹が痛い、頭が痛いと保育園を定期的に休むのを知っている。そしてあまり友達とうまくいってない事も。

 雪音は女の子だ。女の子は群れるからうまく行かないと友達ができないままずっと過ごす事になる。それを心配しているのだろう。


「俺は大丈夫だから、雪音の作ってあげて」


「ごめんね、弘樹……余計な心配かけて」


 キャラ弁なんて大嫌いだ。こんなものが流行ったせいで母さんがこんなにも苦労している。

 結局あまり凝ったものは作れなかったようで俺が言った通り、母さんはなんとか雪音のお弁当だけ可愛く彩っていた。それが少しだけ羨ましいと思ってしまった。


 その日のお昼。やはり俺は憂鬱な気持ちで弁当を開く。妹も同じ保育園に行かなきゃいけないので毎回同じ仮病は使えない。

 溜息をついて蓋を開けると可愛い動物のような形のウィンナーや卵焼き、お米部分にもふりかけで絵が描かれていた。まさかと思い俺は弁当の包みを確認するといつもと色が違うことに気づいた。


(やばい、これは雪音のだ。という事は、あいつがお友達にバカにされる!)


 俺は慌てて雪音のクラスに行き先生に事情を伝えて中に入る。雪音もちょうどお弁当を開く所だったのでそれを確認すると、不格好な海苔でできた何かがお米の上に乗っていた。


「雪、それは何なんだ……?」


「あのね、ひろちゃんがキャラクター弁当っていうの必要だから、ユキは自分でキャラクター作ったの!」


「……は?」


 意味が分からない。つまり、雪音はわざわざ自分の為に作ってもらったキャラ弁を俺にあげて、自分は自作したと言うのか?


「でも、海苔しかないじゃん」


「あじのりおいちいよ? ユキ大好きだもん」


「おかずは?」


「これ!」


 雪音が自慢そうに見せたのはただのゆで卵だ。殻はまだ開けていないようで、そこに笑った目玉らしいものが2つペンで描かれている。


「先生、雪とお弁当食べてもいいですか?」


 俺のクラスの先生は快く年下の雪と水曜日だけ一緒に弁当を食べるのを許可してくれた。

 今まで散々友達に弁当の事を言われていたのを知っているからだろう。


 ホント、バカなのは俺だ。なんでこんな3つも下の妹に心配されてんだ。

 妹は全くキャラ弁なんて気にしていないし、友達が可愛い弁当を持ってこようが自分の意志を貫いている。


 それから俺は母さんにキャラ弁要らなくなったと伝え、毎回雪が作る謎の生物味付けのり弁が楽しみになった。

 お弁当は海苔とゆで卵のみ。それでもいいんだ。食べる楽しみってのは、誰とどう食べるかで変わると思うし。


「なんだよ、このふわふわした海苔は……」


「あぁー! それはモフモフだよ〜。毛並みがふわふわしてあったかくて毛玉みたいな動物!」


「モフモフ? そんな動物いたか? それもまた雪の自作なんだな」


 今日のゆで卵は人間の顔が落書きされていた。不格好だが男の子と女の子に見える。


「それね、ユキとひろちゃん! あ、でもゆで卵は割らないと食べられないから、ヤダヤダユキの頭砕けちゃう!」


「今度は違うものに落書きしような、頭じゃなくて下から割りゃいーじゃん」


 ゆで卵を綺麗に割ったことがない俺は雪の方だけ少し崩れてしまったが、それでも殻を半分ほど残して並べた。

 崩れたまま笑う2つの卵の殻が、少しだけ俺の荒んだ心を癒してくれたように見えた。

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