ソリ遊び


「ばーば! 買い物いってくるぅ!」


 北海道に来て2日目。俺は初めて「ソリ」を見た。


 連日降る雪はすぐに道路を塞いでしまう。簡単に雪を処理するものが無いと生活に困るらしい。


 これに人が乗れるなんて知らなかった。そもそも、東京ではこれで遊べる程雪は降らない。


「雪音、ソリは荷物を──」


 防寒装備に身を包み、スーパーまで向かう準備は万端。

 雪音の姿を探すと、彼女はソリに乗ってはしゃいでいた。──これはもう嫌な予感しかしない。


「ひろちゃん! これ引っ張って」

「えぇ? どうすんだよ、これ……」


 サンタクロースの気分なのか、雪音はソリに乗ってご満悦だ。

 ソリは耐久性には優れているので、子供一人乗ったくらいで、そう簡単に壊れはしない。


 俺は1つため息をつき、ソリの紐を手に取った。


「まさか、俺がコレを引っ張って買い物に?」

「ひろちゃんゴーゴー!」


 ケラケラ笑う雪音の無邪気な笑顔を見ていると嫌だとはとても言えない。

 サンタクロースを乗せるトナカイはこんな気持ちなのだろうか。


「わーい。雪がいっぱいっ!!」


 昨日からしんしんと降り積もった雪はそんなに固くないせいか、ソリは滑りが良かった。


「よし、行くか」


 スーパーまで約10分。自身に気合いを入れてソリを引く。

 少しずつ扱いに慣れてきたので、勢いよく走ってみると、ソリも結構なスピードが出るようだ。


「きゃははっ! 楽しい!」


 とはいえ、気合いで引っ張るにしても子供1人乗せたソリを引くのはなかなか体力がいる。

 スーパーについた俺は誰の目にも分かる程、汗だくになっていた。


「マジで、雪って、大変だな……」

「ひろちゃん早く〜!」


 すでにソリから降りた雪音はスーパーの入り口からひょこっと顔を覗かせていた。


 雪かきは地味な作業なのに、かなりの肉体労働だと思う。俺は北国に生まれなくて良かったと心の中で呟いた。


────────


「これで、全部かな」


 2つになった買い物袋をソリの上に乗せる。帰りはこれに荷物を乗せて引くだけ。そう思っていたのだが……。


 何やらじっとソリを見つめる雪音。まさか、帰りも乗りたいのか? と思い、俺は小さくため息をついた。


「……雪音、帰りはソリに荷物乗せるから歩くぞ?」


 しかし雪音はきょとんとした瞳で俺の袖をくいくいっと引っ張る。


「ひろちゃん、ソリに乗っていいよ?」

「はぁ?」


 一体、何をどうしてそんな発想に結びつくのか。妹の考えることはさっぱりわからない。


 呆然としている俺を半ば無理やりソリに乗せた雪音は不揃いの歯でにかっと笑う。


「あのね、すごく楽しかったの!」


 どうやら、雪音はソリが楽しかったらしい。だから俺にもその楽しさを味わわせてやりたいと考えたのだろう。小さいくせに本当に優しい子だと思う。


 俺ですら雪音を引っ張るのは大変な作業だったというのに。細腕の雪音が10キロくらい体重も違う俺をソリに乗せて引っ張るのは……現実的に厳しい。


 それでも諦めきれないのか、雪音は顔を真っ赤にしている。


「う~……動かない」


(そんな小さな身体で引っ張れるわけがないのに)


「ソリ動いてないぞ」

「今やるもん!」


 ぷぅと頬を膨らませた雪音は大きく前進する。丁度雪のレールに乗ったソリは体重のバランスが悪かったせいか、斜めになりひっくり返った。


「ぶはっ!?」


 雪の絨毯の上に尻もちをつく雪音と、顔面から雪の中にダイブする俺。

 買い物袋から転がった野菜と果物が、誰も踏んでいない雪の上にその痕を残す。


 きょとんとしている雪音はまだ現状を理解できていないらしい。


「ぶっ……はははっ。だから無理だって言ったろ」

「うう……ひろちゃんを引っ張りたかったのに」

「はいはい。その気持ちだけで嬉しいから。帰りも乗りな?」

「うんっ!」

「──その代わり、買い物袋しっかり持ってろよ」


 俺は気合いを入れ直して、残りの体力をソリ引きへと注いだ。


 雪と氷の段差でガタガタと揺れるソリ。雪音は上手くバランスを取りながら俺の背中をつんつん突いてきた。


「ひろちゃん、ソリ楽しい?」

「あぁ。雪音が楽しいなら楽しいよ」

「良かったぁー! あのね、ひろちゃん、大好き!」

「……意味わからん」


 雪遊びが楽しいということを一緒に楽しめて嬉しかったのか。それとも、雪音が喜ぶことをした俺の行動が良かったのか?


 時々言葉が足りない妹の発言は、いまいちよくわからない。


 ただ1つ言えるのは、この北海道旅行が雪音の強烈なブラコンの始まりとなったのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る