4体の雪ダルマ


「きゃほぉ~い!!」

「こら……雪音。あまり騒ぐと風邪ひくぞ」

「えへへっ。だってひろちゃん、見て見て! 雪すっごぉい!!」


 俺は新しい母親の地元である北海道を訪れていた。

 両親の連れ子再婚によって、妹となった雪音と『一緒の家族』になってから初めて訪れるところだ。


(こんな寒いトコで……よく人が住めるもんだよ)


 東京育ちの俺はめっきり寒さに弱い。冬の雪とは、ほぼ無縁の生活を送っていただけに、空港にある外気温を示す温度計を見て顔色を無くした。


「マイナス10度って……マジかよ」


 見なきゃ良かったと後悔しても遅い。正直、その数字だけで背筋が凍りつきそうだ。

 一方の雪音は、降りしきる雪のシャワーを浴びて、楽しそうにはしゃいでいた。


 雪音は真っ赤なニット帽と、赤いダウンを着込んでいるが、ジーパンとスエードのショートブーツは既に雪水でずぶ濡れになっている。


 よくもまあ……あんなに濡れて寒くないものだと、思わず感心してしまう。


「寒っ!」


 棘のように容赦なく頰を打つ吹雪。──確かに、建物の中にいるだけならば内気温は東京よりも温かいだろう。

 そりゃあ、こんな寒い所に住むのだから、家の壁やストーブに工夫があるのは頷ける。

 

 空港や建物の温もりは北の大地だからこその醍醐味であるとは思うが……建物から出た後に襲うこの寒さは気合だけで耐えられるものではない。


 情けなく身震いしている俺を見かねたのか、遊んでいた雪音がトコトコと俺の方に近づいてくる。


「ひろちゃん、寒いの?」

「うわっ!? ゆ、雪音。それ、冷たいんだけど」


 ぴとっと俺の頬に触れてきたのは、雪音の真っ赤になった冷たい手。

 雪遊びをしていた所為で、彼女の手は指先まで真っ赤になっている。


 ずっと冷たいものに触れていたせいで感覚が麻痺しているのか、当の本人は気にしていないようだ。


「雪音、空港で買った熊さんの手袋はどこにやったんだ?」

「わぁい! ひろちゃんのほっぺあったかい」

「違う! 雪音の手が冷たいの!」


 ケラケラと笑う雪音のダウンから熊さんの手袋が寂しそうにこちらを見つめていた。


(このままでは風邪を引いてしまう……)


「ったく……」


 吐き出す息は白く、その冷たい雪で何もかもが凍りそうだった。

 

 両親は空港近くにあるレンタカーを借りに出かけている。俺は雪音の見守りを命じられたわけなのだが──。


 たった3歳しか違わないのに、何百倍も元気な雪音。空港の中で何度も待つよう説得したが、目新しいものに夢中な彼女の耳に俺の声は届かなかった。

 ダウンと厚手のマフラーまで準備したのに、北の気候を完全にナメていた。


「ひろちゃん、雪ダルマ作ろうよ」

「嫌だよ、寒い」


 くいくいっと引っ張られるダウンに視線だけ動かす。

 俺が乗り気じゃないのを悟った雪音は、少しだけ寂しそうな顔をしてバス停の前にしゃがみこんだ。


 止む気配を見せない粉雪のせいで、目を開けていると顔まで冷たくなる。

 鼻を啜りながら、母さんから聞いた温泉街へと想いを馳せる。


 ひと際強い風と、相棒の粉雪が俺の眼前で踊る。


「うわっ! 冷たい……雪音、空港の中に──」


 これ以上、外で待っているのは危険だ。くるりと振り返り、バス停前でしゃがんでいたはずの雪音に声をかけるが──。


「雪音っ!?」


 そこにあるはずの姿が忽然と消えていた。


(まさか、この短時間のうちに攫われたののか?)


 言いようのない不安に心音がざわつく。


「まずい……こんな初歩的なミスをするなんて」


 知らない土地で妹とはぐれて、雪音にもし何かあったら?


 ちくしょうっ……寒いとか文句言ってないで、雪音と遊んでやれば良かった。


 もしも、雪音に何かあったら、俺は──。

そんなことを後悔しても遅い。


「雪音ーっ!」


 右手で顔を覆い、雪音の名前を呼ぶ。

駐車場に移動すると、片隅で赤いニット帽がふわふわ動くのが視界に入る。


「良かった……ここに居たのか」


 安堵したところで赤い帽子に近づく。


「よいちょ。よいちょ」

「は?」


 その光景に、俺は思わず固まってしまった。

 背中を丸めた雪音は、雪の絨毯の上にちょこんと女の子座りをしていた。さらに小さな額に汗をにじませている。その手には、不格好な雪ダルマが。


「……何してんだ? 雪音」


 雪音は嬉しそうに微笑み、持っていた雪ダルマを自慢気に見せる。

 

「あのねっ。これがパパで、これがママで、これがひろちゃんで、これがユキ!」


 石のブロックの上に4体並んだ不格好な雪ダルマ。思わずぶっと笑ってしまった。


「……おい雪音、なんで顔がくだけてんだ?」


 その雪ダルマにつけられたパーツは小石や煙草の残骸、葉っぱなど。

 お世辞にも可愛いとは言えないが、小さな手で必死に作ったのだろう。


「うぅ……手が冷たい」

「だろうな」


 しもやけ気味になっている指先に、ふーふー息をかける雪音。しかし外気温が寒すぎるせいで吐息も冷たくなっている。


「それじゃあ逆に冷たいだろ。ほら」


 もはや苦笑しかない。俺は雪音の冷たい手をダウンの中にそっと仕舞い込んだ。


「ひろちゃんのおてて、あったかいね?」

「あっそ」

「あのねっ。ひろちゃん。雪ダルマ作れて嬉しいっ!」

「そっか。良かったな、完成して」

「うんっ!」


 不格好な4体の雪ダルマ。


 4体ってことは、『一緒の家族になったこと』を少なくとも喜んでいるのだろうか。


 外は寒いけど、雪音のお陰で俺の心は温かくなった。

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