第21話

「みか、ちゃん?」

「おう、どうしたエリ」


 螢丸の面差しに似た三白眼、足元に血だまりのように散らばる黒く長い髪はひどく艶やかで、ツァルツェリヤと同じくらい白い、きめ細やかな肌に整った薄い唇。口元のほくろがひどく婀娜っぽい青年だった。ツァルツェリヤと同じように羽を畳んだそれが元の螢丸とは違うとはわかっていた。でも、その存在が螢丸であることもわかっていた。なぜだかわからない、ただ漠然と頭の中ではこの存在が螢丸なのだと知っていた。感じていた、その精神の全霊で、本能が依存対象みかまるであると。かたかたと震える手を抑え込んで刀を仕舞うと速歩で螢丸のもとへと向かうツァルツェリヤ。白いマントが残像のように翻る。


「みかちゃん……みかちゃん!」

「っぶねーな。お前俺よりでかいんだから気を付けろよ」

「あ、ごめんね。みかちゃん小っちゃいもんね」

「誰が小せぇだこら。ってか羽しまえよ。ばさばさする」

「え、これって仕舞えるの?」

「消えろって言ばな」

「あ、本当だ。じゃあ、消えろ」


 そのままの勢いで抱き着いてきたツァルツェリヤに、苦言を呈すさまも全く普段通りの螢丸で、確かに死んだはずの螢丸はどうしたのかと考えるだけの容量はもうツァルツェリヤにはなかった。ぶちぶち俺は小さくねぇ、お前がでかいんだと文句を言う螢丸に似た青年は、自分の胸から矢を抜く。血が飛び散るかと思いきや、もはや出る血もないといわんばかりにただ服に穴が開いているだけだった。ぐいっと吐いた血に汚れた口もとを拭う。消えろと言った瞬間本当に消えた羽にツァルツェリヤは「本当だ」と呟きつつも。

 螢丸が戻ってきてくれただけでうれしい。それだけしかなかったのだ。そこに理由を求めるなんて野暮な真似は出来ないほどに、したくないほどに。


 ただ、それで終わらないのが人間だ。


「やった、やったぞ。蛇神さま」

「あ? んだよ」


「蛇神さま」と呼びかけられて平然と返事をする腕の中にいる螢丸に似た青年に、きょとんとするツァルツェリヤ。剣を収め喜びに打ち震える風紀委員長に、ヒナゲシは舌打ちしたい気持ちでいっぱいだった。

 ただでさえややこしいことになったのに、これ以上事態をややこしくする存在へびがみが出てきてしまった。


 どうする、どうしたら穏便に済む。人間が崇める蛇神信仰の内容は知っている。影族からこの地を取り戻すために影族を倒すとかいう内容だったはずだ。ということは有無を言わさずに殺される可能性が高い。どうすれば。


 がりがりと頭をかきたい気持ちで出そうになるため息をぐっとこらえるヒナゲシ。風紀委員長はまるで礼拝するように「蛇神さま」と呼んだツァルツェリヤの腕の中にいる髪だまりをつくる青年に向かって拝跪をとった。その姿に、同じように礼をとった人間たちに斬りかかろうとした師団員もいたが、どこからか飛んできた矢によって防がれる。後方がいるらしい。


「いまこそ影族に蹂躙されし我らの地を取り返すときです! どうかご助力を!」

「は? 嫌だけど」

「……え」


 ためらいない蛇神の一言に場が凍り付く。

 ツァルツェリヤ以外の誰もが耳を疑い、人間たちは下げていた頭を上げ影族たちは蛇神を見る。


「な……なぜ」

「普通に考えて赤の他人に『家族殺せ』って言われて『わーい殺しまーす』って奴いねえだろ。常識考えろよ」

「「じょ……常識」」

「みかちゃんが、みかちゃんが常識なんて難しい言葉使ってる……!」

「だからお前は馬鹿にしてんのかエリ」


 存在自体が超常現象のようなものに常識を説かれた風紀委員長とヒナゲシが絶句する。まあヒナゲシとしては内心ほっとしていたが。これならすぐに皆殺しということはなさそうだ。ふざけたようなやり取りをしているツァルツェリヤと蛇神を眺めながら思う。

 一方で頼りにしていた最終兵器にまさかの裏切りを受けたと思い込んでいる風紀委員長はうつむいてわなわなと震えた。


 ここまでどれだけの犠牲を払ってきたと思っている。どれだけ、どれだけ自分が苦心したと思っているのだ。この蛇神は。


 拳を握りしめて、いまだ土下座の形で唖然としている人々を振り返る。そして、まるで演説するように大げさに腕を広げて呼びかけた。

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