第18話

 がやがやと普段よりも静かだが騒がしい対人間の風紀本部に、本部の中を散歩していた螢丸はひと波をかき分けて前に出て。本部の入り口にぜいぜいと肩で息をして座り込むに目を留めた。ぼろぼろになり血に濡れているのか濃さを増した黒い生地、ところどころボタンが飛んだのか留まってない詰襟。スカートはぼろ布同然で、下に履いたスパッツが丸見えだった。そう、その女の名前は……。


「カズネ……? カズネ!」

「ミ……カ? ミカ逃げて、ここに風紀委員長が向かってるの。なんとかレンが引き留めてるけど、長くは持たないわ。早く逃げなさい!」

「どういうことだ、人間」


 思わず駆け寄って、抱き起こした螢丸に、閉じていた目を開けて、螢丸の顔を認識すると泣きそうに顔を歪めながら、螢丸の肩を力の入らない手で掴む。

 風紀委員長それは王と同義語で、それぞれの種族の王が風紀委員長となるのだ。

 固い声に振り向けば、瞳を光らせたツァルツェリヤが立っていた。がやがやと有象無象に集まっていた影族たちは皆一斉に敬礼をして道を開ける。

 その開けられた道を颯爽と歩きながら冷たい目で飯島和音を見下ろすツァルツェリヤ。


「そのままの意味よ。もう、無理だわ」

「ヒナゲシは……我らの王はどうした。対談でそちらに向かったはずだろう」

「委員長は対談なんて受ける気なかったのよ。影族の王を、風紀委員を引きつけている間にこっちを狙う気で」

「そこまでにしてもらおうか、裏切り者が!!」

「委員、長……」


 低くうなるような声が張り上げられる。黒馬に乗った黒い短髪の男にそれと同時になにかがおもむろに放り投げられて、思わずそれを受け取ると。螢丸は大きく目を見開いた。

 なにかは北見蓮であった。ぼろぼろに腫れた顔に剣で斬った傷がある全身。中でも四肢はすべてが関節とは反対方向に折られていて。生きているので精一杯、虫の息といった風体だった。

 そんな養父にざわりと体内の血が逆流するようなざわめきを覚えて、北見蓮を横に寝かすと腰にさした鍛を抜く。


「てめえ!!」

「美桜螢丸。やっぱり生きていたか、天使がそう簡単に死ぬわけないものな」

「ふざけんな! レンとカズネに何しやがった! 同じ人間だろうが、風紀の一員だろうが!」

「風紀の一員? 何を言っている。そいつらは大事な天使を、蛇神召喚のための贄を敵に渡した裏切り者だ」

「っ、俺もエリも贄なんかじゃねぇ!!」


 どくん。

 天使と言われた瞬間自分のものとは違う鼓動が跳ねる。でもそんなことはどうでもよかった。この人間は、仲間を仲間とも思わない男は。2人を傷つけたのだ。飯島和音と北見蓮、螢丸の大事な2人を。


 剣を抜いて向かっていこうとした螢丸の背後に速歩で立ったツァルツェリヤが肩に手をおいて止める。そうでもしなければすぐにでも向かっていってしまいそうな勢いであったからだ。


 ざわざわと内なるなにかが言う。殺してしまえと、力を貸してやろうかと嘲笑う。それを振り払うかのように首を振る。そんなことはしたくなかったから。この男と同じものに落ちるような真似だけはしたくなかったから。

 ふっと口もとだけで笑った男は、黒馬に乗ったまま螢丸を見下げた。

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