第17話
それから1週間、対人間の風紀本部に帰ってきたツァルツェリヤは片時も螢丸を離さなかった。
食事も風呂も寝るのも一緒。食事のときは隣に座って、うっとおしくなった螢丸が席を立とうとすれば「え? どうしたの、みかちゃん」と泣きそうに紅梅色の目を潤ませる。小さい頃でさえこんなにひっつかれたことのなかった螢丸は若干うざい気がしなくもなかったが、ツァルツェリヤは自身の半身ともいうべき最後の家族だ。そんなこと言えるはずもなく。6年間という離れていた時を埋めているんだろうなと察して、螢丸はただごろごろと喉を鳴らさんばかりにくっついてくるツァルツェリヤの相手をしていた。
対人間の風紀の中はツァルツェリヤがいる時は自由に本部の中を出歩いてもいいと言われていて。人間であるという身の上で多少の危険な目は覚悟していた螢丸であったが、本当に自由に出歩いても笑顔であいさつされるのが不思議ではあったが。時には握手を求められるときすらある。何といっても影族に人間は恨まれているはずなのに。
そのことをツァルツェリヤに問えば。
「ああ、だってそういうのは全部殺したからね。ここにはぼくとみかちゃんに好意的なものしか残ってないよ。それに、影族は基本仲間意識ってものがないから。仲間が殺されてもなんとも思わないものも多いよ」
と平然と返ってきた。その答えにぞっとしないでもなかったが、螢丸のためにやってくれたのであろうことはわかるため、何も言わないでおいた。きっと螢丸がこの6年間の間に心を凍らせたように、ツァルツェリヤにもそういうことがあったのだろう。多少のやり過ぎ感は否めないが。その考え自体、ツァルツェリヤに毒されていることを螢丸は知らない。
しかし、その間にもツァルツェリヤはきちんと仕事をしているのだから優秀である。
出歩き続けても戦いに特化した風紀の本部であり当然のことながら特に面白いものはないので、自然とツァルツェリヤが帰ってくる時間になるとツァルツェリヤの部屋に戻っているのが普通になった。
ツァルツェリヤが暇だろうと置いていった本をぱらぱらと読みながら、広いベッドに横になり足をぱたぱたさせていると。
「みかちゃんただいまー」
「あ、エリおかえり。今日も仕事お疲れさん」
「うん、最近書類仕事ばっかりでつまんないよ。早く戦闘に出たいなぁ」
「それなら夕飯食ってから模擬戦しよーぜ! 俺も腕がなまっちゃうからさ!」
「そのままなまってくれても問題ないんだけど……うん、みかちゃんがしたいならしようか」
「問題なくねぇだろ。……もし、もしさ。人間と影族で仲良くなれたら、一緒に迷宮探究者になるんだから」
「……そっか、そうだね」
扉を後ろ手に閉め、帰ってきたツァルツェリヤがマントを脱ぎながら、クローゼットの前に行くと堅苦しい軍服を脱ぎ始める。それをちらりと横目で見てから意識を本へと戻す。ひとの、それも家族の着替えをじろじろと見る趣味はないのだ。
この話をすると、決まってツァルツェリヤは儚い笑みを見せる。それが、その夢があり得ないと知っているからだろう。今の現状で絵空事に近いと螢丸にだってわかるそれを、ツァルツェリヤがわからないはずがない。それでも頷いてくれるのは、螢丸の夢を否定したくないからだろうか。だから優しいのだ、ツァルツェリヤは。
白いシャツと白いズボン、膝丈のブーツだけというラフな格好になったツァルツェリヤが、ベッドで本を読んでいる螢丸のところに来る。床に膝をつきベッドの縁へと腕を置きその上に顔をのせると。ぽつりと呟いた。
「早く平和にならないかなぁ」
「なっ! そうしたらおおっぴらにずっと一緒にいられるもんな!」
「そうだね。ヒナゲシはそうなるように動いてるみたいだけど、何といっても人間の方が頷いてくれないみたいで困ってるみたいなんだよね」
「ヒナゲシ?」
「ああ、言ってなかったけ? 影族の新たな王だよ。平和主義……というか人間が好きみたいでね。風紀の中にも彼のおかげで元々ぼくの賛同者が多かったんだ」
影族に仲間意識はない。ただ、愛情というものはある。例えば敬愛、恋愛、友愛ただ同僚愛はないみたいだが。ヒナゲシは影族の中では特に、平和主義者の中で賢王と言われている。そのことからこの戦いがどれだけ不毛なのかわかるだろう。逆にタカ派の連中には腰抜けと揶揄されているようだが。
殺し殺されを繰り返している間に、どれだけの命が消えていったのであろうか。そのことを思うと、早く戦争を、この無意味な戦いを終わらせなければならないと思う。じゃないと、北見蓮や飯島和音まで。螢丸の大切だと思う人たちまで傷ついてしまう。
暗い顔で沈黙してしまった螢丸に、ツァルツェリヤはその左頬をむにっと左手でつまんで明るく言った。
「みかちゃん、ご飯食べに行こうよ」
「ん。……カズネとレンは大丈夫かな」
「……大丈夫だよ、きっと。あの2人だけは殺さないように命令だしておいたし」
「本当か? エリ、ありがとな!」
「うん、どういたしまして」
ばっと起き上がって抱きついてきた螢丸に後ろに倒れそうになったのをぐっと耐えながら、ツァルツェリヤは嬉しそうに笑ったのだった。
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