第6話

 影族の死体は、1日すると地に溶ける。黒い染みとなるが、それもまた1日すれば栄養となってしまうため、影族の死体は畑に埋めておくのが普通だ。そしてこの集落とも呼べない数人の人間のところも同じように自分たちの畑に埋めていた。

 浅ましいと思った。

 なんで自分たちを殺そうとした相手を養分にした野菜など食べられるのか、意味が分からなかった。それでも、それを食べるしかない自分も同罪なんだろうなと螢丸は唇を噛みしめる。


「ミカ? どうしたの、カレーまずいかしら?」

「……いや、別に」

「相変わらず不愛想ね。まあいいわ、本当にまずかったらあなたスプーンもつけないものね。でもダメよ、倒れるまで食べないなんて馬鹿なこと2度としちゃ」

「わかってる、影族を道連れに出来ないからな」

「そう言うことじゃないんだけど……」


 1度違う班に配属されたときに、そこの飯が相当にまずかったらしく戦闘中に空腹で倒れた経験のある螢丸は、当然だという風に頷いた。

 飯島和音はそういう意味ではなくただ単に仲間として心配しただけであるのだが。思い出したようにもふもふと口いっぱいにカレーを頬張り食べる螢丸にため息をつくと、「和ちゃーん、おかわりよそってェ」と甘えた声でいう北見蓮に「自分でよそりなさいな」と冷たく返しながらも下にスパッツのはいたスカートを翻してそっちにいってしまった。


 たき火の周りの明るいところでシチューを食べている2人から離れたところ、薄暗いそこで食事をとっていた螢丸はたいして味もないカレーをごくりと飲み込むと吐きそうになるのをぐっとこらえて黙々と食事を続けた。そう、別にまずいわけではないが美味しくもない。あの人類が選別された日以降、生き残ったのはごく少数のようで以前のような物流は途絶えてしまっていたから。


 ただ集落から分けてもらった野菜を煮込んだだけの中に一欠けらのカレールーを入れて作った味の薄いそれ。昔は教会で普通に食べていたそれが、そのカレールーを飯島和音が苦労して手に入れてくれているものだと知っているから文句は言わない、言えない。


「ミカくーん、こっちにおいでよォ」

「ちょっとレン、ミカはこっちには来ないわ。やめなさい」

「ええーそんな寂しいこと言わないでさァ。せっかくのスリーマンセルなのに」

「……行かない」

「だっていっつも1人でご飯食べてるじゃんかァ」

「1人が好きだって最初の自己紹介で言ってたでしょ。あなたの耳は何を聞いていたのかしら」


 呆れ返ったように肩を下げて息をつく和音だったがちらちらと螢丸を見るあたり、こちらに来てほしいと思っているのは北見蓮だけではないのだろう。

 スリーマンセル。それは対影族風紀防衛委員会略して風紀委員会または風紀の基本的な班形のことだ。特に第1班はエリートがなることが多くいままで実力でなおかつ4年前、風紀に入って1年で配属されたのは螢丸しかいない。史上最年少だ。そんな班にどうして入れたかというと、あの時。ツァルツェリヤが殺されてまた自身も殺されかけていた螢丸を救って引き取ったのがこの北見蓮であり、エリート中のエリートでもある北見家の当主だったからだ。つまり6歳違いの養父である。

 別に北見蓮の口添えがあったわけではなく、ただ単に特攻として相応しい戦闘能力を持っていたからこそ配属されたのだが螢丸は知らない。ただ陰口として「北見蓮のおかげで入れたんだろう」と言われていることを知っているから、その通りだなとは思っている。


「頼むからほっといてくれ」

「えー、ミカくーん。そんなこと言わずにィ。パパ寂しい」

「気持ち悪わよレン。いい加減やめておいた方が」

「だってさァ」

「……ごちそうさま」

「あ、ミカくーん! ……あんまり遠く行っちゃダメだよォ!」

「ほらみなさい、レンが余計なこと言うからよ」


 武器である早打刀と腰に佩いたきたと名付けられた螢丸専用の紅い刀を持って、後ろでごちゃごちゃと騒いでいる北見蓮と飯島和音を振り返らずに月夜にも目立つ白いマフラーをなびかせながら螢丸はまた岬へと向かった。

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